リコーと東芝テックの合弁会社であるエトリア(登記名。通称はETRIA)が、2024年7月1日に事業をスタートした。ETRIAはMFP(複合機)の共通エンジンの開発・生産を手掛け、25年度以降に両社に供給する。成熟し、縮小傾向にあるMFP市場において、競合メーカーが協業する取り組みは注目を集めている。国内企業の新たなロールモデルとしても期待されるETRIAは、どのような青写真を描いてるのか。
(取材・文/大河原克行、編集/藤岡 堯)
社名の由来
ETRIAの社名には複数の要素がある。社名の中心は「Try」、先頭に「Eternal」、Tryの後は「Innovation」、末尾には「Alliance」からそぞれ採用している。中田克典社長は、「トライを続け、イノベーションを起こし続ける役割を担う企業だ。そのために業界の垣根を超え、競合とも手を取り合って、アライアンスを行うことが重要であるという思いを込めた社名」と説明する。
ETRIAは、MFPなどの開発・生産に関する事業を統合するとともに、新たにA3MFP向け共通エンジンの開発・生産・供給を目的に設立した合弁企業となる。資本金は5億円。リコーが85%、東芝テックが15%を出資する。従業員数は約3200人で、海外の生産拠点を含むグループ全体では約1万1400人の規模になる。リコーからは約8400人、東芝テックからは約3000人が異動。社長には、リコーのコーポレート専務執行役員である中田克典・リコーデジタルプロダクツビジネスユニットプレジデントが就いた。中田社長は、「MFPという成熟した業界において革命を起こし、未踏の領域に挑戦することで他業界のロールモデルとなり、新たな歴史を創造したい」と抱負を述べている。
中田克典 社長
中田社長が指摘するように、MFPは成熟市場であり、規模は縮小傾向にある。今回の新会社設立には、こうした市場動向の変化が大きく影響している。ビジネス機械・情報システム産業協会(JBMIA)によると、23年のMFPの出荷台数実績は、国内が前年比7.1%減の44万8636台、海外は同2.4%減の314万8305台、国内外全体で同3.5%減の359万6941台となった。15年には488万9044台の出荷規模を誇ったが、ペーパーレス化が進展した影響を受けたのに加えて、コロナ禍ではオフィスへの出社が減少するとともに、デジタル化が一気に加速。これに伴って、MFPの出荷台数は大幅に減少。現在でも、コロナ禍前の水準には戻らず、15年比で約4分の3の市場規模にまで縮小している。
日本のMFPメーカーは、市場規模の縮小という課題に直面しているだけではない。中国政府によるMFP国産化施策の推進を受け、中国メーカーがグローバルで台頭し、世界市場の勢力図にも変化が起き始めている。世界のMFP市場の約8割は日本のメーカーが占めており、日本の重要産業の一つとなっている。経済産業省も「MFPは、メカトロニクスをはじめ、光学や化学、ソフトウェアなどの広い技術のすり合わせが必要なハイテク産業であり、日本企業が高い競争力を有している。産業政策上、重要な分野」と位置づける。
すみ分けで両社のシェア拡大
ETRIAは、こうした市場変化のなかで、日本のMFPメーカーが世界で存在感を維持するための施策の一つとして、「呉越同舟」のビジネスモデルになるとも言え、両社は最終製品のすみ分けによって、互いにシェア拡大が可能になるとみている(図参照)
ETRIAの資料を基に『週刊BCN』編集部で作成
25年度以降に開発する共通エンジンは、両社のMFPに搭載されるが、それぞれに独自コントローラーを備え、最終製品は異なる特徴を持つことになるからだ。中田社長は、「東芝テックはPOSやラベルプリンターをはじめとして、小売分野で数多くの製品を持ち、それらの各種デバイスと連携するMFPを提案している。リコーのMFPとはコントローラーとユーザーインターフェースがまったく異なり、東芝テックのお客様にリコーのMFPを提案しても満足してもらえない」と説明する。
東芝テックは、全世界で約140万台のMFPを稼働させている実績を持ち、小売店に導入されているPOSは約314万台に達している。日本でのPOS導入シェアは約5割に達しており圧倒的だ。また、オフィス領域においては「e-BRIDGE Cloud Services」を通じて、エッジデバイスとさまざまなアプリケーションやサービスと連携して、DXを支援している。
東芝テックの差別化策の一つが「Auto-ID」である。自動的にバーコードやICタグなどのデータを取り込み、内容を識別して管理するソリューションで、MFPとの連携が強みとなっている。最近では業界初となるカラー印刷とRFIDデータの同時書き込みが可能なMFPを投入。商品管理ではタグ付きカラー印刷を用い、データでも目視でも見つけやすくするといった提案を開始。製造現場から店舗のバックヤードまでをカバーする提案を行っている。
一方、リコーは独自のエッジデバイスやPFUのスキャナーなどとMFPを連携。サービス提供基盤「RSI (RICOH Smart Integration)」プラットフォームを通じて、デジタルワークフローによる価値を提供している。リコーはOAメーカーからデジタルサービスの会社への変革を掲げており、ITサービス、BPA(Business Process Automation)、CS(Communication Services)の3領域に注力し、ワークプレイスサービスプロバイダーを目指している。幅広い業種に展開しているのがリコーのMFP事業の特徴だ。
このように異なる特徴を持ったMFPにおいて、共通エンジンを利用しながら、コントローラーやアプリケーション、ワークフローの構築においては差別化。それぞれの販売チャネルを通じて、それぞれの顧客にMFPを提供するという体制はこれまでと変わらない。リコーが持つ中小企業からグローバル大手顧客までのオフィス用途の強みと、東芝テックが持つ流通業や製造業などの特定業種での強みを生かすことができるため、それぞれに補完できる関係があるという。
ものづくりを抜本的に変革
両社が持つ技術を組み合わせたシナジー効果のほか、開発コストの低減、生産拠点の最適活用が可能になる。中田社長は市場環境の変化を受け、エンジンやトナーなどの開発に向けた新規投資は単独では難しいとし、共通化や協業の必要性を強調。その上で「安定した製品供給、製品安全基準に適合したものづくり、不燃材や難燃剤を最適に利用した環境配慮型のものづくりも可能になる」とみる。調達面では共通化のコストメリット以外に、地政学リスクへの準備、環境規制によって既存部品が使用不可となる事態にも備えられるとする。
特筆できる取り組みの一つが、共通エンジンに、LC(Linear Economy to Circular Economy)変換の手法を採用し、ものづくりを抜本的に転換するという点だ。LC変換は、これまでの消費だけを前提にしたリニアエコノミーから、完全リサイクルを意識したサーキュラーエコノミーへと移行させる考え方である。
中田社長は、「従来のものづくりは、つくやすさを追求することがコストダウンにつながり、競争力を高めてきた。だが、ETRIAが目指すのは、いかに分解しやすいかという設計手法。修理可能なレベルを明確化し、耐久性と信頼性を高めるものづくりを行う」とする。
また、ETRIAのエンジンを活用したMFPは、中古市場を強く意識したものになるという。これも新たな取り組みだ。「今後は、再生ビジネスも重要になってくる。純正部品を使ってもらいながら、パートナーが再生ビジネスを行えるように情報公開も行っていく計画だ。業界全体を巻き込んだ循環型エコシステムの構築にも取り組みたい」と新たな姿勢を示してみせた。
他業界にもプラス効果を
ETRIAは、具体的な売上目標については明らかにはしていないが、24年度(24年7月~25年3月までの9カ月間)は4000億円弱の規模を想定。25年度(25年4月~26年3月)は4000億円を突破する計画で、26年度も増収を見込む。
中田社長は、「最も重視するのは、利益を出し続けること。この2年間で利益体質を確実なものにし、営業利益率5%を目指す。それ以上の利益が出たときにはブランドオーナー(リコー、東芝テック)に還元する」と語る。
ETRIAでは、共通エンジンの開発とは別に、リコーが開発したA4カラーエンジンを、ETRIAの製品として量産を開始することを発表している。31ppm(page per minute)以上のA4カラーMFPでは、最小設置面積を実現し、環境性能や高度なセキュリティー基準にも対応したものになる。
中田社長は、「紙によるコミュニケーション手段がなくなることはない」としながらも、「プリンティング業界は、市場規模の縮小とペーパーレス化の加速により、消耗品ビジネスが減少して、利益率が悪化している状況にある。また、情報の安全性や環境規制への対応、サーキュラーエコノミーへの移行も意識しなくてはならない。日本の技術力が生かせる市場において、その強みを維持することが、ETRIA設立の狙い」とする。
そして、「家電のような成熟市場でも、2万円のトースターが売れたり、外出している間にロボットが掃除をしたりといった新たな提案によって、ビジネスチャンスが生まれている。イノベーションに対する投資を続けないと、新たなものは生まれない。イノベーションを起こすのはハードウェアである。志を同じくするメーカーから投資を集めて、開発、生産技術を融合することでイノベーションを起こしたい。この取り組みの成果は、成功モデルとして、ほかの業界にもプラスの効果をもたらすだろう」と自信をのぞかせる。
ETRIAは、ビジョンとして、「世界に必要とされるモノづくりのリーディングカンパニーを目指す」を掲げている。ここには、成熟した業界におけるイノベーションを創出する新たなロールモデルになるという志も含まれている。MFP業界にとどまらない影響を与える企業になれるかという点にも期待したい。