大規模なSI(システム構築)プロジェクトを手掛ける主要ITベンダーが、生成AIを活用した生産革新に取り組んでいる。NTTデータグループは全世界で約20万人の従業員を対象とした生成AI教育を実施し、日本IBMは生成AI活用プロジェクトの事例づくりを重視。野村総合研究所は100億円を投じてプログラムコード生成の精度を高めている。NECは生成AIの活用を前提とした開発フレームワーク全体の再構築を急ピッチで推し進め、伊藤忠テクノソリューションズは人とAIが協調してプロジェクトを遂行するAIエージェント開発に余念がない。主要各社の動きを追った。
(取材・文/安藤章司)
NTTデータグループ
高度AI人材を倍増、3万人体制へ
NTTデータグループは全世界およそ20万人のグループ全従業員を対象に生成AIの人材育成に取り組んでいる。2027年3月期までの2年余りでグループ全従業員を生成AIの基礎的な活用能力を備える「リテラシー保持者」に育てる。うち3万人をより専門性の高い高度AI人材に育成する計画だ。まずは25年3月期までに高度AI人材を1万5000人育成し、「向こう2年かけて倍増させる」(武田健太郎・Generative AI推進室部長)方針を示す。
武田健太郎部長(左)と海浦隆一部長
育成に当たっては座学とSIプロジェクトでの実践の両面を採用しており、実践では「コード生成とプロジェクトの品質管理の領域で生成AI活用が進んでいる」と、海浦隆一・技術革新統括本部Apps&Data技術部Apps&Data担当部長は話す。今後は上流の設計工程と下流のテスト工程に活用領域を広げていく。
実践的な訓練を経て育成する3万人の高度AI人材は、大きく3階層に分類している。高度人材の内訳は「基礎的知識・技能を持つ人材」をベースに、生成AI活用に当たっての「中核人材」を数千人規模で育成。トップ層である「リード人材」を数百人育成することを想定している(図参照)。
「中核人材」と「リード人材」に関しては、ユーザー企業のビジネスの成功に深く関わるコンサルタントや営業といった顧客接点タイプ、システム設計や開発、実装に長けた開発者タイプ、日々の業務に先進的な生成AIを難なく活用する利用者タイプの「職種に合わせて三つの人材像を育成していく」(武田部長)。顧客接点を担当する人材はコンサル・営業タイプ、SEは開発者タイプ、システム運用は利用者タイプに寄っていくことを想定している。
向こう2年で生成AIに関する高度人材を倍増させる意欲的な目標を掲げるNTTデータグループだが、「何人育てるのがゴールではなく、世界のライバル他社より質、量ともに勝る人材を育成し、世界中のユーザー企業からAI活用で真っ先に声をかけられる存在になることがゴール」(同)と位置づけ、スピード感をもって生成AI人材の育成に取り込む。
また、NTTデータグループでは生成AI活用などの自動化、効率化によってSIプロジェクトの工数を30年までに70%削減する計画を立てており、工数が最も多いプログラムコード作成に生成AI技術を積極的に投入している。生成AIによるコードの自動生成の割合が増えれば工数削減に大きな効果が期待できる。
プロジェクト品質管理では、不具合を発見したときに伴走するAIが「過去の類似の不具合ではこう修正した」「修正依頼をかける際に不具合箇所の管理番号が記されていない」「修正依頼の内容が不明瞭」などと指摘し、「修正依頼の工数や手戻りをなくすことで生産性を高めている」(海浦部長)という。現時点では過去のデータベースを参照するだけのAIだが、今後は汎用な大規模言語モデル(LLM)を組み合わせて、より表現力豊かなAIに発展させることを検討している。
日本IBM
五つの領域でAI活用を推進
日本IBMはSIプロジェクトでの生成AIの活用領域を▽AI戦略策定とガバナンス▽プログラムコードの生成▽品質テスト自動化▽IT運用の高度化▽プロジェクト管理―の5領域に分けて活用を進めている(図参照)。
SIプロジェクトはユーザー企業ごとに開発環境が異なるため、ユーザー企業が生成AI活用をどのように考えているのか、基本的な方針を策定するのが一つめの「AI戦略策定とガバナンス」だ。二上哲也・CTO執行役員IBMフェローは「ユーザー企業は生成AIの活用に当たって他社の実績や事例を求めることが多く、24年は国内事例を数多くユーザーに提示できた。25年は活用に弾みがつく見込み」と話す。
二上哲也 CTO執行役員
活用事例では、トヨタ自動車グループのトヨタシステムズが「IBM watsonx」を活用して、COBOLやJavaのコンピューター言語で書かれたプログラムを解析して仕様書を生成したり、逆に仕様書からソースコードを生成したりする取り組みを24年7月に発表している。
メインフレームの「IBM Zシリーズ」ではCOBOL資産が多く残っているものの、COBOLになじみが薄い若手技術者向けに分かりやすい仕様書を生成したり、仕様書からCOBOLを生成したりすることで「若手世代にCOBOL資産を継承するツールとして生成AIが役立つ」(前田幸一郎・ハイブリッド・クラウド・サービス事業部技術理事)と話している。
前田幸一郎 技術理事
ほかにもSOMPOシステムズがプロジェクト管理のレポートを自動生成する用途で24年10月から生成AIの活用をスタート。複数のSIプロジェクトを横断的に管理するPMO(プロジェクト管理オフィス)業務に生成AIを活用するもので、日本IBMが独自に開発した。従来、手作業で行われていたレポートの作成を自動化するとともに、各プロジェクトの評価を均質化し、PMO担当者や経営層が不採算プロジェクトになる予兆を正しく判断するのに役立てている。
みずほフィナンシャルグループとはIBM watsonxを使ってシステム運用で起こるイベント検知、エラーメッセージへの対応の実証実験を行っており、最終的には運用の自動化を目指すと24年2月に発表している。
人材育成では日本IBM本体ならびにグループ中核SE会社の日本IBMデジタルサービスなどと歩調を合わせながら、各領域の生成AI活用の知見を持つ人材育成に取り組んでいる。
育成に当たっては大きく二つのステップがあり、座学の研修会で事例を踏まえた生成AIの基礎的な活用方法を学んだ上で、実際のSIプロジェクトで実践的な訓練を積むというもの。すでに国内数千人規模で研修や実践が行われている。研修に際しては「研修で生じた疑問や質問を生成AIがチャットで回答する」(前田技術理事)といった仕組みも整え、スピーディーで実践的な人材育成に取り組んでいる。
野村総合研究所(NRI)
コード自動生成で80%の精度出す
野村総合研究所(NRI)は25年3月期に、AI関連でおよそ100億円を投じてSIプロジェクトの生産性向上や、自社サービスの高度化、業務の効率化に取り組んでいる。すでにAI活用を前提とした開発手法を試験的に導入しており、詳細設計書から80%以上の精度でプログラムコードを自動生成する事例が出てくるなど成果が出始めている。自動生成の割合を高めていくことでSI業務の生産革新につなげていく。
稲葉貴彦 経営役
詳細設計書からコードを自動生成する取り組みでは、「精度にバラツキがある」(経営役AI担当の稲葉貴彦・生産革新センター副センター長兼AIソリューション推進部長)としつつも、一部では80%の精度で生成できることが分かっている。納品できるレベルにするには従来の開発を併走させて最終的に人手での確認、修正作業が必要となってコストもかかる。費用は研究開発の投資の一環としてAI関連の100億円の投資の中から割り当てつつ、将来の生産革新につなげる構え。
SIでは開発を請け負うパートナーの協力が欠かせないため、パートナー向けのAI活用支援プログラムも25年3月期内に取りまとめる予定だ。
NRIではSEをはじめとする技術職はもとより、営業、コンサルタント、スタッフ部門に至るまで全社で生成AIの活用を推進している。「日進月歩で進化する生成AI技術の特性を肌で感じて、業務に落とし込んでいくためには、まずは日常的に生成AIに触れることが大切」(同)とし、座学の研修メニューの充実と併せて、生成AIの利用に力を入れる。
例えば、メールや資料作成など日々の事務処理や、営業やコンサルタントが提案資料のアイデア探しに生成AIを活用。SI業務では詳細設計からコードを自動設計したり、要件定義や設計書などのドキュメント類を生成AIで生成、要約したりするといった用途に応用する取り組みを実践している。24年12月には全世界のNRIグループ社員を対象とした「第1回NRI生成AIコンテスト」を開催。国内外から170件の応募があり、生成AIを活用する優れたアイデアを表彰している。
SI業務の生産性向上に当たっては大手クラウドベンダーが開発する生成AIサービスを主に活用している。利用料金が変わらなければ、性能は日々向上するため、性能あたりのコストは相対的に安くなっているのに加え、生成AIサービスを開発するベンダーはソフト開発を主な業務としているだけあり、「生成AIサービスはプログラム開発との相性が非常によい」(同)。将来的には「NRIのSI開発に最適化した生成AIエンジンを独自につくる時期がくる」(同)としつつも、今は時期尚早と判断しているようだ。
NEC
開発フレームワークを“AIレディ”に
NECは設計から開発、試験、保守運用のSIの全工程で生成AIの活用を進めている。生成AIを効率よく活用するには「企画や設計の段階でAIを使うことを前提にした“AIレディ”のものに変えていかなければならない」(矢野尾一男・ソフトウェア&システムエンジニアリング統括部SIサービスアーキテクト)とし、NECグループが長年にわたって継承してきた開発フレームワークの見直しに着手している。
右から矢野尾一男・SIサービスアーキテクト、
塚原泰明・プロフェッショナル、曽小川貴裕氏
NEC本体やグループ中核SE会社のNECソリューションイノベータ、開発に協力するビジネスパートナーのSEなど4万人余りがSIプロジェクトで使う独自の開発フレームワークを活用しており、生成AIを効果的に使うためにフレームワーク全体の再設計を進めている。例えば、要件定義から詳細設計を作成する支援や、プログラム開発を支援するAIアシスタントの「GitHub Copilot」の活用、品質テストの仕様を生成し、そこで見つかった不具合の分析をAIで支援するといった各パートで生成AIの活用を進めるとともに、フレームワーク全体で整合性を高めてQCD(品質・費用・納期)の向上につなげる。
とはいえ、仮に生成AIによってプログラムコードの自動生成や品質テストの自動化を実現し、人件費削減につなげたとしても、ユーザー企業に提供する価値を高める効果は限定的だとNECでは見ている。コスト削減は重要だが、「従来にはない新しい価値をどうつくり出していくのかがSIプロジェクトで生成AIを効果的に使うためのかぎになる」(塚原泰明・同統括部プロフェッショナル)とし、SIの開発フレームワーク全体を見直して、生成AI活用によるユーザー企業への価値提供の最大化を追求していく。
現状を見渡せば、国内のレガシーシステムの刷新や先進的なデジタル技術を駆使したDX投資などIT投資は堅調に推移しており、SE人材は慢性的に不足している。ユーザー企業が要望する期限内で人員をそろえるのが難しいケースが散見される中、生成AIを効果的に使えば「SE人材の不足をカバーし、ユーザー企業の望む期間内にSIプロジェクトを完遂できる割合が増える」(同統括部デジタル開発標準グループの曽小川貴裕氏)と、QCDのうち「D(納期)」領域で価値を生み出せるとしている。
ほかにもNECは自社で開発した業種・業務パッケージソフトを使ったSIプロジェクトも多く、「比較的自由度の高い自社パッケージ開発のQCDを高める」(曽小川氏)ことで、SIプロジェクト全体の品質やコスト低減、納期短縮につなげられると見ている。
SIや自社パッケージソフトの開発フレームワーク全体の見直しを進めるのと並行して、営業やコンサルタント、SEなどを対象に生成AIやLLMに関する講座を開講し、人材育成を行っている。24年10月までに約450人が受講しており、今後も受講者を増やしていく予定だ。
伊藤忠テクノソリューションズ
人とAIが協働する「協調型AI」を主軸に
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)はSI業務のさまざまな領域で生成AIの活用を推進している。プログラム作成やソースコードに間違いがないかレビューする作業はもとより、ユーザー企業から受け取った提案依頼書をAIで分析し、最適な提案書の作成を支援。ネットワークやサーバー機器を入れ替えするときの設定が正しいかどうかをAIとともに検証するといった業務に応用を進めている。
有馬正行 アソシエイトプリンシパル
CTCの生成AI活用の特色は「AIエージェントと作業者が協調して、生産性や品質を高めていく」(有馬正行・CTOグループ技術戦略本部テクノロジーリサーチ第1部アソシエイトプリンシパル)手法を重視している点だ。生成AIが導き出す結果は100%正しいとは限らないため、最終的には人の目で確認する作業が発生する。であれば、最初から「AIエージェントが人と協調して、互いを補完し合いながら効率よく作業を進めていく」(藤澤好民・データビジネス企画・推進本部AI・先端技術部長代行)設計にしたほうが効果的だと見ている。
藤澤好民 部長代行
プログラム作成では、例えばGitHub Copilotのようなツールを活用したり、LLMを開発しているベンダーなどと協業したりして、人とAIが協調できる独自のAIエージェントを開発する。RFPの分析を通じた提案書の作成や、レガシーシステムのプログラムコードの分析を通じた仕様書の作成、ネットワークやサーバー機器の入れ替え時の設定作業の支援といった分野に応用していく。
次のフェーズとして、ユーザー企業に生成AIのよる生産革新や業務効率化の価値をどう訴求していくかが課題として挙げられる。SIプロジェクトの納期短縮や人件費削減の側面だけでなく、AIを組み入れることによって新しい価値を生み出し、ユーザー企業にその価値を認めてもらう必要がある。
価値創出の一例として、CTC社内で実績を積んだAIエージェントをSaaS方式でユーザー企業に提供することを視野に入れる。AIエージェントはユーザー企業の情報システム部門を補佐する役割を担い、「情報システム部員を1人雇う」(寺澤豊・データビジネス企画・推進本部AI・先端技術部長)のと同等の効果を想定している。
寺澤 豊 部長
CTCの生成AIの活用コンセプトはAIエージェントに代表される協調型AIであり、CTC社内で蓄積した活用ノウハウと組み合わせてユーザー企業先でも活用できるよう仕立てる。こうすることでユーザー企業にも生成AI活用の価値を認めてもらいやすくなり、SIプロジェクトにおいてもCTCとユーザー企業の双方がAIを駆使して生産性を高め合う将来像を描く。