日本マイクロソフトが、中堅・中小企業向け戦略を強化している。AIを軸とするデジタル化支援を取り組みの中心に置き、生成AIサービス「Copilot」をはじめとした最新ソリューションの提案、パートナーと共に運営する全国各地の「Microsoft Base」を拠点とした活用サポートやパートナーとの連携充実などを積極的に進め、日本全体の競争力向上に貢献したい考えだ。
(取材・文/大河原克行、編集/藤岡 堯)
同社で中堅・中小企業、地方自治体向けのビジネスを担当しているのは、コーポレートソリューション事業本部だ。2024年1月に事業本部長に就任した小林治郎氏は、米Dell(デル)=現Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)=日本法人で中堅・中小企業ビジネスを統括した後、Webマーケティングのリードプラスで社長、会長を歴任し、中堅・中小企業向けインターネット広告運用サービスを手掛けてきた。「日本のすべての中堅・中小企業、地方自治体がAIの力で、より多くのことを達成できるようにする」をミッションに掲げており、小林事業本部長は、「長年にわたり、中堅・中小企業のデジタル化の支援をしてきたが、今こそ、これを加速できる最大のタイミングが訪れている」と断言する。
小林治郎
執行役員常務 コーポレートソリューション事業本部長
その背景にあるのが、AIの登場だ。「AIによって、中堅・中小企業のデジタル化のハードルは下がる」と小林事業本部長は語る。
現在、同社では、AIの活用提案において、「AIを使う」と「AIを創る」という二つのアプローチを進めている。
「AIを使う」では、「Microsoft 365 Copilot」を活用することで、AIをすぐに利用できる提案を行っている。情報共有および情報の理解の促進だけでなく、業務効率の大幅な向上などにより、人材不足の課題解決や、煩雑な業務の効率化を進め、より付加価値が高い作業に人をシフトできるよう支援している。
「AIを創る」では、「Microsoft Copilot Studio」や「Azure AI Foundry」「Azure OpenAI Service」を通じて、顧客ニーズに合わせて、自社システム内にAIを組み込んだり、業種に特化したAIモデルにカスタムしたり、自社で利用しているアプリケーションに統合して利活用したり、といったことが可能になる。
Copilotの浸透に注力
中堅・中小企業向けで、とりわけ重要な施策はCopilotによる個人・チームの生産性向上や業務改革の支援だという。
小林事業本部長は、「日本における中堅・中小企業のCopilotの活用は、この1年で2倍に増加している。だが、まだ緒に就いたばかりだ」と前置きし、「大企業では、AIの利活用を促進するために関連部門が主導し、現場にAIを浸透させることができている。だが、中堅・中小企業ではそれが難しい。当社はそうした仕組みづくりも支援したい。AIのメリットや活用できる領域が明確になれば、中堅・中小企業のIT活用そのものを、もう一つ高い次元に引き上げられる」とする。
中小企業などでのAIの活用方法を見ると、検索の延長線上での利用が多い。文書の作成を支援したり、海外取引先とのメールや書類を翻訳したり、議事録を要約したりといった作業での利用はまだ少なく、顧客情報を分析して、戦略を立案するような活用はほとんど行われていないのが現状だ。
小林事業本部長は「どのワークロードにAIを適用すれば、業務に対してより大きなインパクトをもたらせるのかを考える必要がある。経営層や現場に対して、AI導入の価値を示し、AIを導入できれば、これまでできなかったことができるようになり、中堅・中小企業のデジタル化を次のステージに進めることができる」と語る。
同社は、CopilotをはじめとしたAIの活用方法を訴求するために、最新事例を積極的に公開していく考えも示す。
一方でCopilotの使用には追加料金が生じるため、中堅・中小企業にとってはコスト面での不安もあり、本格的な利用になかなか踏み出せない状況があるのも事実だ。現時点では、AIによる生産性向上や、新たな業務利用の効果が社会全体でも広まっておらず、メリットを感じにくいことは否定できない。
ただ、小林事業本部長は、「中堅・中小企業では、仕事ができる人に仕事が集中する傾向がある。そうした人にCopilotを利用してもらうことで、生産性を高め、付加価値が高い仕事に時間を割いてもらえる環境をつくるべきである。Copilotを導入することで作業を効率化し、作業時間を短縮できる。細かいメリットの積み重ねが大きなバリューにつながる」と指摘する。
同社はCopilotを使用することを、「コパる」と表現し、イベントなどでもこの言葉を活用している。小林事業本部長は、「日本は世界的に見ても『Office』の利用率が高い国だ。つまり、日本はCopilotを導入しやすく、活用しやすい環境にある。中堅・中小企業にはOfficeの環境でCopilotを利用し、日常の仕事で『コパって』もらい、生産性を向上してほしい」と呼びかける。
Microsoft Baseを拠点に
中堅・中小企業のAI活用において、戦略的拠点に位置づけられるのが、パートナーと共に全国展開しているMicrosoft Baseである。
もともとMicrosoft Baseは、地域におけるDXの支援拠点や情報発信拠点としての役割を担ってきた。Azureビジネス本部が統括するかたちで、19年から「Azure Base」の名称でスタート。徐々に拠点を全国に拡大し、21年7月から現行名となった。
24年7月には、コーポレートソリューション事業本部が、Microsoft Baseを統括する体制へと移行。それに伴い、「DXを加速するための拠点」から、「全国AIよろず相談所」へと役割を変化させた。中堅・中小企業や地方自治体を対象に、全国のあらゆる地域で最新のAIを体験でき、AI導入を促進する拠点に再定義している。これにより、日本マイクロソフトとパートナー企業が、中堅・中小企業のAI活用支援を、地域に根ざしたかたちで推進する体制が整った。
同社は「Microsoft Base第2章」と位置づけており、「よりお客様に近づいたかたちで、AIを体験できる場を用意し、それをパートナー各社が先導役となって推進することになる」(小林事業本部長)と説明する。
すでに、Microsoft Baseでは、中堅・中小企業を対象にした新たな取り組みもスタートしている。中堅・中小企業向けに約15種類のAI関連トレーニングプログラムを用意。AIの導入を検討したいと考えている企業などを対象にした「Microsoft 365 Copilotハンズオンセミナー」のほか、「企業ITインフラのクラウド移行支援セミナー」「生成AIとAzure AIの基礎」といったメニューや、開発者向けプログラムもそろえている。今後は顧客やパートナーの声を聞きながら、トレーニングプログラムを増やしていくという。
地場パートナーを対象にした新たなトレーニングメニューも用意するほか、Microsoft Baseを運営する地場パートナーが得意とする領域や、地域特性を生かした提案活動を加速。AIを活用したパッケージ提案も共同で進める。Azure OpenAI Serviceなどを通じたアプリケーション開発の支援といった、パートナーとの連携を強化する施策も広げており、引き続き、各種支援メニューを拡大する計画だ。
小林事業本部長は、「それぞれのMicrosoft Baseの強みを生かしながら、AIを付加価値としたソリューション提案を行う体制を構築する。パートナーとの連携によって、Microsoft Baseを全国各地に拡大していきたい」とも語る。
EOSは大きなチャンス
25年10月14日に迎えるWindows 10のサポート終了(EOS)を受けた最新OSへの移行提案も重要な要素となってくる。調査会社の調べや関係者の声をまとめると、25年3月末時点で国内法人市場では、800~900万台前後のPCが、新たなOSへの入れ替え対象として残っているとみられる。特に中小企業では、新たなOSへの移行率が50%程度にとどまっているとの指摘もあり、小林事業本部長は、「今後、パートナーとともに、プロモーションを加速することになる」と話す。
見方を変えれば、EOSは中堅・中小企業にとって、デジタル化やAI活用を促進するチャンスとも言える。同時に、「Office 2016」「Office 2019」もサポート終了を迎えることになり、これも新たなOfficeへの移行によってAI活用が増えるきっかけになりうる。
同社は拡大しているAI関連製品の提案に加えて、全国各地に展開しているMicrosoft Baseというリアル拠点の活用、パートナー向け支援体制の推進、最新事例の紹介などを通じて、中堅・中小企業のAI活用支援を強化する。これが今後の基本戦略だ。ここに、EOSのタイミングが加わることで、中堅・中小企業のデジタル化を促進するきっかけづくりも生まれる。今後の課題は、各種施策を通じて、AIの具体的な価値やメリットを、中堅・中小企業にどこまで理解してもらえるかという点になるだろう。