家電量販大手のノジマによるVAIO買収から、半年を迎えた。約10年間にわたって、投資ファンドの下で再生に挑み、法人ビジネスに軸足を変えながら、着実に業績回復を遂げてきたVAIOは、現在では年間売上高を500億円規模にまで積み上げている。そうした中での買収は、VAIOにどのような影響を及ぼすのか。「VAIO第3章」と位置付けられた新たな取り組みが変えるもの、守るものとは。
(取材・文/大河原克行、編集/藤岡 堯)
ノジマグループ傘下となったVAIOの安曇野本社
市場超える成長率
2025年5月7日、ノジマが発表した24年度(24年4月~25年3月)の連結業績において、VAIOの24年度第4四半期(25年1月~3月)業績が、新たに設定された「プロダクト事業」セグメントとして明らかになった。
売上収益は176億9900万円、経常利益は8億5400万円。法人向けPC事業が約9割を占めるVAIOにとって、年度末需要が集中する3月を迎えていること、25年10月の「Windows 10」のサポート終了を受けた買い替え需要の本格化といった追い風が加わり、この3カ月間の業績は好調だ。
あくまでも机上の計算ではあるが、第4四半期の売上収益である約177億円を単純計算で4倍にすれば、売上収益は700億円にまで到達する。当初、25年5月期に見込んでいた500億円以上という計画値を踏まえると、VAIOの好調ぶりが分かる。
実際、VAIOは過去2年、売上高が過去最高を更新している。買収に伴う決算期変更により、24年度は24年6月~25年3月までの変則決算となったが、それでも前年実績を上回ったとみられる。ノジマは「PC市場が成長する中、VAIOは市場全体の成長率を上回るペースで販売が急伸している。法人PC向け事業の好調ぶりに加えて、ノジマ店舗での販売拡大や、グループ内の連携も開始している」と説明する。
決算短信では、24年10月に発表したハイエンド向けモバイルPC「VAIO Pro PK-R」で、1000台単位の一括商談が多くの企業で進んでいることを示し、販売に弾みがついている点を強調。ノジマでのVAIO取扱店は従来の約30店舗から国内230の全店舗に拡大し、ノジマ店舗用の専用器具も用意した。さらに、コネクシオやITXといったノジマのグループ会社との協業により、法人向けの提案でも成果が生まれつつある。
業績の低迷によって14年にソニーの手から離れて以降、投資ファンドである日本産業パートナーズ(JIP)の下で再建を図ってきた10年間で、VAIOは確かな事業基盤を築いたと言えるだろう。
経営体制、事業方針は維持
24年11月に発表されたノジマによるVAIOの買収は、大きな話題となった。家電量販店によるPCメーカーの買収は、他の家電量販店からの反発が想定されたほか、ノジマとVAIOの企業風土の相性に対する懸念、さらにはVAIOの事業戦略の転換の可能性などにも不安が及ぶなど、憶測が先行したことも耳目を集めた要因となった。
だが、両社は早い段階から、そうした見方を一掃するコメントを発信してきた。
VAIO
山野正樹 社長
VAIOの山野正樹社長は、「ノジマグループ入りしても、VAIOの独立性は尊重され、経営体制は維持し、事業方針やお客様との関係、人事制度や報酬制度も変えない。VAIOブランドが無くなったり、ノジマグループのオリジナル製品にVAIOブランドを付けたりすることもない」と説明。ノジマの野島廣司社長も「買収にあたり、JIPに申し入れたのは、山野社長の続投を条件とすること。経営体制は何も変わらず、目指す製品理念や行動理念も変わらない体制を敷いた。今の考え方や経営方針が揺れ動かない限りは、山野社長の体制で進め、基本的には口を出さない」と述べ、加えて「山野社長には80歳までVAIOの社長をやってもらいたいと言っている」とまで話していた。
野島社長と山野社長は、何度か面談を行い、意見を交換。野島社長は、「ノジマグループの考え方と共通点が多く、お互いの考え方にも共感するところがあった」とする。ノジマ傘下となることで懸念された量販店での取り扱いについても、現状では変化がなく、主要量販店で展開している全国10店舗のショップ・イン・ショップ「VAIOオーナーメードコーナー」も、そのまま継続している。山野社長は「VAIOの市場シェアは、モバイルノートPCに限定しても、わずか4%。市場での競合を懸念するよりも、露出や提案が増えることで、B2C、B2Bを問わず相乗効果が生まれる期待のほうが大きい」と説明する。
ノジマ
野島廣司 社長
ノジマにVAIO買収の打診が行われたのは、24年夏のことだ。野島社長は、「ノジマは14年に、JIPからITXを買収した経緯があった。その中で、VAIO再建に関する相談を受けたことが何度かあった。法人分野に特化したほうがいいとアドバイスしたこともある」と明かす。
当時のVAIOはコンシューマー比率が高く、市場環境の影響を受けやすかった。そこで、法人向け比率の増加が経営の安定化につながると提案したという。実際、VAIOではこの数年で法人向けビジネスの比重を拡大してきた。こうした経緯もノジマに対してVAIOの買収提案が行われた理由の一つだったといえそうだ。
ノジマにとってのメリットは、シナジーを生みやすいということだ。これはノジマによるPCの販売を意味するわけではない。ノジマグループは、積極的な買収による事業の多角化を進めており、3月31日時点での連結子会社は36社に上る。携帯キャリアショップのITXやコネクシオ、インターネット事業のニフティ、ECサイトのセシール、ダイレクトマーケティング事業のストリートホールディングス、金融事業のマネースクエアのほか、シンガポールおよびマレーシアでの海外事業にも乗り出し、量販店事業は売り上げ全体の約35%にとどまる。
VAIOの買収もこの文脈に沿った流れにあり、野島社長は、「VAIOとグループ各社とのシナジーはこれから積極化していくことになる。特に国内トップクラスの実績を持つ法人向け通信機器販売と連携させるなど、法人分野でのシナジーを期待している」と語る。
「日本企業」の優位性
山野社長は、ソニー時代を「VAIO第1章」、JIPによって再生を進めた時期を「VAIO第2章」と位置付け、今回のノジマ傘下での事業運営を「VAIO第3章」と呼んでいる。
山野社長は、「長年にわたって働いている社員は、ノジマグループ入りを前向きに受け取っている。10年前にソニーから切り離され、不安の中で再スタートを切ったVAIOは、ようやく成長へとかじを切る環境が整ってきた。だが、投資ファンドの下では、いずれはどこかに売却されることを覚悟していなくてはならなかった」とし、「社員が前向きに受け取っている理由の一つに、売却先が外資系企業ではなかったことがある。ノジマは国内資本の企業であり、右肩上がりで成長し、約10年で時価総額は約10倍に増加している。勢いがある企業グループに入ったことで、VAIOの成長にも弾みがつく」と語る。
国内資本のノジマ傘下となったことで、追い風が生まれている。それは経済安全保障の観点からVAIOを選ぶ機運が高まろうとしている点だ。かつてのグローバリズムの時代には、モノを最も安くつくれるところでつくり、自由貿易によって輸出入することが前提であり、規模の追求が差別化ポイントになっていた。それに合わせ、国内PCメーカーは相次ぎ事業売却を進めてきた経緯がある。だが、社会情勢の変化や地政学的問題、昨今の関税措置などの動きによって、状況は大きく変化し、改めて日本企業への関心が高まっている。
VAIOは、国内資本、国内開発、国内生産、国内サポートの体制を敷く数少ないPCメーカーの1社であり、そこに強みがあるとみる。山野社長は、「例えば、AIのパーソナライズが進展すると、ローカルPCにさまざまな個人情報を蓄積することになる。これらの情報をしっかりと守れるセキュリティーを確保し、安全に利用できることがますます重要になる。日本の企業であることが優位性になる」とする。
また、山野社長は、こうも指摘する。
「企業のPC調達担当者に聞くと、機種選定時にVAIOを想起する比率はわずか4%。しかし、顧客満足度を測るNPS(Net Promoter Score)では、VAIOがWindows PCとしては1位であり、VAIOを使った多くの人が、ほかの人に薦めたいと回答している。VAIOには魅力があるのに知られていない。言い換えれば、VAIOの良さを知ってもらい、使ってもらえれば、VAIOのシェアは上昇する。VAIOには成長の伸びしろがある」
現在、VAIOのPCは、プレミアムモデルの出荷比率が大きく、エントリーモデルの構成比が低い「逆三角形」の出荷構造となっている。同社では、製品レンジを上から順にハイエンド、アドバンスト、スタンダードに区分けしているが、24年度の実績では、ハイエンドの比率が最も多く、普及モデルであるスタンダードの構成比は約23%にとどまる。
「コストももっと下げていかなくてはならない。VAIOの認知度を高めて良さを知ってもらい、販売が増えればシェアが上がり、より良いものをより低コストで提供できるという循環がつくれる。事業会社であるノジマ傘下に入ったことで、より積極的な投資も可能になる」(山野社長)。
ファンド傘下では、LBO(レバレッジド・バイアウト)ローンを組み、厳しい条件をもとに、高い金利で借り入れていた。これが、ノジマの力を活用することで、財務面での支援が期待でき、設備投資や開発投資がしやすくなる。
6月3日に発表した新製品は、VAIOらしさを備えながらも、リーズナブルな価格設定で、スタンダードラインを拡大するものになる。また、25年度後半以降、VAIO自らが再整備したリファービッシュPCの事業を本格化させる考えを示しており、これもVAIOユーザーのすそ野拡大につながる施策になる。
VAIO第3章の成長戦略が、ノジマ傘下でどう加速するのか。不安材料は今のところ見当たらない。