2025年10月の「Windows 10」のサポート終了(EOS)を前に国内法人向けPC市場は活況が続く。このリプレース特需とは別に、急拡大したAIブームを背景に、AI処理に特化したプロセッサー「NPU(Neural Processing Unit)」を搭載する「AI PC」による新たな需要の創出も期待されている。ただ、大手ITディストリビューター3社のAI PCビジネスを見ると、現時点での市場へのインパクトは限定的なようにも映る。果たして、AI PCは大きな商機になりうるのだろうか。
(取材・文/堀 茜、岩田晃久、藤岡 堯)
ダイワボウ情報システム
将来の競争力確保へ「先行投資」を提案
ダイワボウ情報システム(DIS)は、AI PCを業務効率化や生産性向上を可能にする次世代のPCと位置付け、販売においても成長分野として重要視している。25年10月にWindows 10のEOSを迎え、26年以降PCの販売は冷え込むとの見通しもある中、単価が高いAI PCにフォーカスを当てることが必要になってくると分析。28年度までに法人市場のPCの3分の2がAI PCに置き換わることを想定しており、販売推進本部ITデバイス販売推進部エンドポイント1グループの近藤裕彦・マネージャーは「当社の販売もAI PCにできるだけ早く移行するのが命題になってくる」と話す。
ダイワボウ情報システムの宇佐美一男・部長(右)と近藤裕彦・マネージャー
一方で販売推進本部副本部長の宇佐美一男・ITデバイス販売推進部長は、「お客様に真っ先に提案する製品にはなっていない」と現状を明かす。EOSを機にAI PCを導入しようという動きは限定的で、コスト面もネックとなり、一般的なPCへの置き換えがほとんど。採用企業でも試験的に取り入れる程度にとどまっている。
拡販に向けた一番のポイントは「企業の競争力を確保するためにAI PCが必要で、数年後に大きく差が付くことを見通して先行投資をしていこうというメッセージを打ち出していく」(宇佐美部長)ことだ。
DISは、労働力の減少を踏まえ、3人で行っていた業務を1人で担わなくてはならない状況が近い将来訪れると想定。人の代わりにAI PCに任せる領域が増えると見越して、従来のPCとAI PCを2台持ちして業務効率化を図るといった提案を進める考えだ。
AI PCの活用事例は、「現状はまだ入門編の段階で、具体的に業務に使えるアプリケーションの登場が待たれる」(近藤マネージャー)。AI PCには単なる効率化にとどまらず、新しい価値を創出したり、データを活用して戦略を立案したりといった、競合他社との差別化につながる役割が期待されている。
AI PCの中でも最上位で高性能NPUを搭載した「Copilot+ PC」でないと稼働できないアプリケーションの登場が、大きく販売台数を伸ばす契機になるとみており、PCを単体で販売するだけでなく、ソフトウェアや周辺機器を組み合わせることで、顧客の課題解決につなげる。
AI PCの普及にあたって、もう一つの課題とみるのが、AIを活用したソリューションを使いこなせる人材の確保だ。AI PCを軸にしたDXを推進しようにも、何をするか、どう実行するかを理解している人材は少ないのが現状だという。
DISは人材育成のため、販売店向けにeラーニングでAIの基礎などを学ぶDX教育メニューを提供するほか、AI PCの導入事例を用いた動画コンテンツの発信、スタッフ向けの機能体験会なども実施している。今後はAI PC専用の販売インセンティブ提供や販促キャンペーンなどを強化する方針だ。
DISは全国各地の拠点を通じて各エリアの顧客の声を聞き、課題解決につなげられる点を強みとする。宇佐美部長は「メーカー側に顧客の声を伝えて製品に生かしてもらうなどして、市場活性化につなげたい」と展望し、「ディストリビューターもメーカーも一体となり、業界全体でAI PCの価値を広めていきたい」と期待を寄せる。
SB C&S
「AIアラウンド戦略」の重要な要素に
SB C&Sは企業がAIを活用しビジネス変革するために必要なソリューションを包括的に提供する「AIアラウンド戦略」を掲げており、AI PCを同戦略を推進する上で重要な要素の一つに位置付けて、拡販に取り組んでいる。現在は、販売パートナーへの情報発信などの支援の充実を図っている。
SB C&S
本美洋平 本部長
AI PCについて本美洋平・ICT事業本部システム基盤推進本部本部長兼エンドポイントデバイス推進本部本部長は「期待感は非常に高い。市場をつくっていく動きをしっかりとやらなければならない」と述べる。
現状では、情報収集にとどまる販売パートナーが多く、AI PCに対する理解が進むのはこれからとみて、24年から積極的な情報発信を進めている。ウェビナーでは、同社のエンジニアが中心となり、NPUの解説や、実機での検証などを行いカタログだけでは分からない情報を提供。また、米Microsoft(マイクロソフト)製品を扱う部門がリアルでのイベントを開き、「Copilot」の説明をしたり、実際のAI PCに触れる機会を設けたりもした。
本美本部長は「1回のイベントでは情報は浸透しないため、今期も継続して取り組んでいく」と展望。加えて「各メーカーの製品比較といった情報を提供するなどディストリビューターの強みを生かして、販売パートナーをリードしていきたい」と力を込める。
同社が推進するAIアラウンド戦略では、GPUサーバーをはじめ仮想化ハイパーバイザーやネットワーク、ストレージ、クラウドサービス、ファシリティー、セキュリティーといったAIを活用するために必要となるソリューションを提供している。AI PCに関しては「GPUサーバーの導入が増えれば、消費電力の増大や、熱処理といった課題が発生する。その中では、少しでもデバイス側で処理を増やしていくという流れが加速する」(本美本部長)とし、AIの活用が進むことで、AI PCの果たす役割が高まるとみる。
現時点でエンドユーザーにはAI PCの利用のメリットが浸透しきっていない面は否めない。本美本部長は「AI PCと国産の大規模言語モデルを組み合わせてソリューションとして提供し、『こういったかたちで利用できます』といったように具体例を示した提案をできるようにしたい。何を実現したいのかが先に来なければ、AI PCを導入する動機にならない」と述べる。また、AI PCの普及に向けては、市場に多くの事例が出てくることも重要だとする。
同社では、AI PCを検証するプログラムを用意するなど支援体制の拡充を進めていくという。現在はアプリケーションなどにAIが実装され機能が大幅に進化しているため、本美本部長は「それらを利活用していくには、高機能なPCが必要になる。販売パートナーと一緒に検証を行い、エンドユーザーに提案したい。当社はPCだけではなくサーバーをはじめAIを利用するのに必要な製品をそろえ、支援の面でも充実している。いろいろと相談してほしい」と呼び掛ける。
TD SYNNEX
先の需要拡大見据え最新情報のキャッチを
「市場が盛り上がっているという感覚はないというのが正直なところ」。TD SYNNEX執行役員の安部正則・エンドポイントソリューション部門部門長はこう話す。
TD SYNNEX
安部正則 執行役員
WindowsのEOSでPC販売自体は伸びており、AI PCもそれに伴う動きは見える。TD SYNNEXでも勉強会などを通じて周知を図っているものの、「高スペックなPCを選ぶと自然とAI PCになり、『AI PCが欲しい』というユーザーは少ない」(安部部門長)との見方だ。
背景について安部部門長は「一般的なPCと比較して『AI PCのここが違う』という点がはっきりしない」と分析する。ただ、ユーザーのAI活用への意欲は強く、AIソリューションと、それを動かすためのAI PCをセットで提案することが購買意欲を刺激する一つの手段だとみる。
一方で安部部門長はAI PCにおける「象徴的なキラーコンテンツ」が存在していないとも指摘し、AI PCだからこそ可能になるユーザー体験の登場がかぎをにぎると推測する。
TD SYNNEX
山之上満久 本部長
この観点ではAI PCの中でもよりハイエンドなCopilot+ PCへの期待は大きい。OSに備わる各種機能のほか、PCメーカーやISVらが連携して、Copilot+ PCに対応するアプリケーションを開発する動きも進んでおり、ソリューションの具体化によって、市場は活性化していくと見込む。同部門の山之上満久・エンドポイントプロダクト本部本部長は「ソリューションが投入される動きに合わせ、ユーザーに対して、ビジネスでどのような恩恵が受けられるかを伝えていくことが重要だ」と語る。
近い将来では技術革新によって、市場に流通するPCの多くがAI PCに該当する可能性が高い。AI PCがスタンダードになれば、より付加価値の高い商材としてCopilot+ PCの存在感は強まるとも考えられる。
TD SYNNEX
山崎 優 部長
足元では「AI PCとCopilot+ PCで、AIを動かした場合に、どれだけ処理の速さに差が出るかを示せる事例が少なく、(メリットを)見せにくい面はある」(同部門の山崎優・エンドポイントプロダクト本部PC部部長)。とはいえ、この先のリプレースのタイミングで、AI活用の意欲がさらに高まっていれば、ユーザーのCopilot+ PCへの優先度は高まるかもしれない。
TD SYNNEXは25年4月から、パートナーやユーザーがCopilot+ PCと「Microsoft 365 Copilot」についてハンズオンで学べる場となる「Copilot CLUB」を展開し、活用シナリオの作成・発信に取り組んでいる。パートナーにとっては早い段階で実機に触れ、ユーザーへの訴求点をキャッチアップする意義は大きいだろう。
最新の知識やトレンドを押さえていれば、提案にも幅が生まれる。現時点でも単純にユーザーの要望に沿う機種を選定するだけでなく「2年先、3年先のAIの潮流を踏まえ、今買い替えるならAI PCが良い、また、将来的にCopilotの活用を想定するのであれば、Copilot+ PCが良いといったように、選択肢をお見せできる」(安部部門長)。TD SYNNEXでは今後もセミナーなどを通じて、この先のAI需要の本格化を見越した情報発信に努める構えだ。