米Microsoft(マイクロソフト)は米国時間の11月18~21日、米サンフランシスコで年次カンファレンス「Microsoft Ignite 2025」を開催した。開幕の基調講演では、同社が提唱する「フロンティア組織」への変革の基盤が「知性」と「信頼」であるとした上で、この二つを支える新ソリューションとして「Work IQ」「Fabric IQ」「Foundry IQ」「Agent 365」などが打ち出された。知性と信頼に基づくAIは、どのような“フロンティア”を切り開くのだろうか。
(構成/藤岡 堯)
「フロンティアトランスフォーメーションは、AIトランスフォーメーションとは本質的に異なる」
基調講演の冒頭、ジャドソン・アルソフ・コマーシャルビジネスCEOはこう切り出し、既存のプロセスをAIで置き換えるだけでは、フロンティア組織たり得ないことを強調した。
ジャドソン・アルソフ コマーシャルビジネスCEO
マイクロソフトはかねてより、フロンティア組織への変革について、(1)「Copilot」やAIエージェントによる「従業員エクスペリエンスの強化」(2)生成AIを活用して顧客体験の差別化を図り、ビジネスを拡大する「顧客エンゲージメントの改革」(3)AIエージェント活用を前提とした業務改革を行う「ビジネスプロセスの再構築」(4)生成AIを組み込んだ新機軸のユーザー体験を生み出す「イノベーションの加速」─という四つの項目を重視している。
フロンティア組織を具体化するアプローチには三つの特性があるとアルソフコマーシャルビジネスCEOは指摘する。まずは「AIを人間のAmbition(大志・野心)の流れに置く」ことだ。組織や人間が真に実現したい思いや行動の意味を正しく理解し、業務の中にAIを組み入れる。これが単なる自動化を超えるインパクトを生み出す。
さらに「ユビキタスなイベノーション」も求められる。業務の中にAIを通じて成果物を生み出せる環境を整え、現場の問題に最も近い人間が最適な解決策を創出できるようにする。つまり、組織内の隅々にイノベーションが遍在することになる。
導入したAIを管理・統制することも必須だ。どのエージェントが存在し、何人がアクセスし、どのワークフローに割り当てられ、どんな結果を出しているのか。AIを統治し、セキュアに保ち、最適化を図るには「スタックのあらゆる層での可観測性」が必要と言える。
この三つの特性を支える基盤が「知性」と「信頼」だという。AIが適切な知性を有し、信頼できる存在にならなければ、三つの特性は担保されないからだ。
三つのIQ
そして、知性を強化するソリューションとなるのが、Work IQ、Fabric IQ、Foundry IQである。
Work IQは「Microsoft 365」向けのインテリジェンスレイヤーとなる。「Word」「Excel」「PowerPoint」「Outlook」「Teams」といった業務ツールを通じて、ユーザーとその仕事、組織全体を理解する。
Work IQは「データ」「メモリー」「推論」の三要素で構成される。組織内のメール、ドキュメント、チャット、会議記録などのデータを統合するとともに、ユーザーの働き方や習慣、好みを記憶する。ワークフローの追跡により、人・タスク・ツールの連携関係も理解した上で、推論によって文脈を理解し、意味を見出す。リアルタイムでMicrosoft 365内のデータを横断し、完全な文脈を把握した結果を提供できる点が特徴だとする。
デモンストレーションでは、架空のアパレル企業が2万枚のTシャツの調達計画を6分以内に展開する様子が披露された。Copilotが顧客情報などを自動で要約し、Teamsでチームメンバーと共有。ExcelやWord内のエージェントがそれぞれ生産能力の確認や見積書作成を処理した。Work IQが組織内のデータを統合して理解することで、複数の担当者が異なるアプリケーション上で協働しながら、わずか数分で複雑な業務を完遂できたのである。Work IQを基盤にアプリやエージェントを構築し、エンドツーエンドのワークフロー、アクションを実行することも可能だという。
続いて紹介されたFabric IQはデータ分析プラットフォームである「Microsoft Fabric」を拡張する技術要素である。「Power BI」における2000万のセマンティックモデルを基盤とし、組織固有のビジネスロジックをAIが理解できるようにする。
Fabric IQによって、これまで分析に用いられていたセマンティックモデルは、リアルタイムの業務遂行に活用可能となる。組織内の構造化・非構造化データ、マイクロソフト以外のデータベースやデータウェアハウスのデータなどを仮想的に統合するデータレイク「OneLake」を通じて、データに対しビジネスにおける概念・意味を付与し、それぞれの関係を学ぶことで、人間と同じ認識に立ってビジネス上の意思決定を支援できる。
基調講演では、先述した架空のアパレル企業が新たなポップアップストアを開設すべきか判断するケースがデモとして示された。担当者がエージェントに対して、需要シグナル(顧客が特定の製品やサービスに興味や購買意欲を示していることを示す行動や兆候)が高い市場を探すよう指示したが、エージェントはどのような要素が需要シグナルに該当するかを理解できず、明確に回答できなかった。ここにFabric IQを導入すると、データに需要シグナルに関係する意味・概念が与えられ、AIが適切に回答を返すことができた。同じ質問、エージェントであっても前提となる知識が追加されることで、より汎用的な応答が可能となるわけだ。
Foundry IQは、マイクロソフトのプラットフォーム上で稼働するエージェントの統合的なインテリジェンスレイヤーとして機能する。「SharePoint」やオブジェクトストレージの「Azure Blob Storage」「Azure AI Search」内のインデックス、Webなど幅広いソースを横断し、Work IQやFabric IQといった他のインテリジェンスレイヤーと連携することで、人間からのクエリーに対して、検索計画を立て、推論・評価し、必要に応じて検索を反復して、より精度の高い出力を返す。
組織内のエージェントが増えるに従って、RAGパイプラインやベクトルデータベースの乱立、アクセス制御の複雑さ、ガバナンスといった課題が浮上する。Foundry IQは統合ナレッジレイヤーというかたちで、ナレッジへのアクセスを一元化し、これらの問題を解消する。エージェントごとにデータパイプラインを構築するケースは抑えられ、ユーザーのIDに応じて出力内容に制限をかけることでガバナンスも維持される。
この三つのIQを活用したAIエージェントを単一の従量制プランで利用できるプログラムが「Microsoft Agent Factory」だ。AI開発基盤の「Microsoft Foundry」(「Azure AI Foundry」から改称)や、会話型AIを実装できる「Copilot Studio」の両方にアクセスが行え、あらゆる場所にエージェントの展開が可能だという。実践的なサポートやAIスキルを向上するためのトレーニングも盛り込まれている。
エージェントにIDを付与
知性を拡張する三つのIQに対して、信頼を担保するための新要素が「Agent 365」である。Agent 365は、企業全体のエージェントを安全にスケールさせるための「コントロールプレーン」だ。マイクロソフト製、自社開発、外部製品を問わず、あらゆるエージェントを一元管理できる。
各エージェントには「Entra Agent ID」が付与され、アイデンティティーとライフサイクルを管理する。単一のレジストリで組織内の全エージェントを可視化し、アクセス制御とコンプライアンスを維持しながら、脅威検知とデータ保護を実現する。
さらに、エージェントのパフォーマンス、利用状況、節約時間をリアルタイムで追跡し、ROIを測定できる。マイクロソフトのセキュリティー製品とも連携し、エージェントに対するサイバー攻撃から守り、インシデントを抑止する。
パートナーは「カスタマーゼロ」に
フロンティア組織の実現において、パートナーは重要な役割を担う。パートナービジネスに関する基調講演で、アルソフコマーシャルビジネスCEOは「知性と信頼という(オープニング基調講演の)主要なメッセージを考えれば、私たちのパートナーは今日、世界中のあらゆる業界のお客様にそれを具現化している」と述べた上で、「Work IQ、Fabric IQ、Foundry IQはパートナーエコシステムを通じて実現しなければならない。可観測性の面ではAgent 365を使ったマネージドサービスに期待している」と呼び掛けた。
パートナーには「カスタマーゼロ」であることも求める。AIを顧客に届けるだけでなく、パートナー自ら社内に取り込み、活用することで実践的な経験とインサイトを蓄え、顧客に対する説得力や専門知識による差別化につながるとマイクロソフトは説明する。パートナーもまたフロンティア組織に変革し、その実践を基に顧客のフロンティア改革を支援することで、大きなビジネス成長につながると言えるだろう。