カネも出すが、ヒトも出す─。ITXは情報技術を基盤に、60社を超える投資先の育成に力を入れる。1980年代、ニフティを米国から日本に持ち込んだ日商岩井情報産業本部が、2年前に独立したのがITXだ。投資効率だけを追うのではなく、人材育成、事業創出を重視。第2、第3のニフティ創出を狙う。
ITを基盤に新規事業を立ち上げ企業への投資と育成が使命
――「純粋な投資会社ではない」とは、どういう意味ですか。
横尾 基本的には、投資した企業の株式を売却することで得たキャピタルゲインを、次の投資に当てる投資行為を行っています。しかし、金融事業としての投資効率だけを追求しているのではありません。IT(情報技術)を基盤に、新しい事業を興し、人材を育成する側面に力を入れています。新規事業の立ち上げ・経営を担う人材は、当社ITX本体に30人、グループ会社に70人在籍しています。当社は、一般的な業務を請け負う従業員を派遣するのではなく、あくまでも経営者を派遣しています。20代、30代の若手経営者も排出していますし、なかには、事業に失敗してITXに出戻ってきた経営者もいます。出戻ってきても、また再教育して、外に出します。
――1973年に日商岩井に入社してから、情報産業部門に来るまでの20年余り、鉄鋼一筋の商社マンでしたが、今のIT産業をどう見ていますか。
横尾 当時、「鉄は産業の米」と言われてきました。鉄と並び、繊維や化学薬品も日本の産業を支えていた時代です。鉄や繊維、化学薬品は、ともに“素材”に過ぎません。これが近年では、半導体が産業の米と呼ばれるようになり、素材から“部品”へと変わりました。しかし、これから産業を支える“米”となるのは、従来のような素材や部品ではなく、人類全体の経済活動を支えるITであると考えています。ITが「産業の米」と言われても、漠然としてピンと来ないのは、まだITが始まったばかりであり、産業の土台として盤石になっていないからです。しかし、人類は本来、双方向にコミュニケーションする生き物です。自分の考えていることを表現し、他人の考えていることを理解する情報活動は、経済の基盤であるばかりか、生活の基盤でもあります。ITXでは、産業の米となるITを切り口に、社会を支える基盤をつくる企業群を投資・育成するのが使命だと認識しています。
――ITXによる投資の代表例がIPネットワーク事業者のフュージョン・コミュニケーションズです。フュージョンは昨年度(02年3月期)、売上高113億円に対し経常損失109億円を出しました。
横尾 フュージョンの早期の単月黒字化は、最も重要な目標です。第3四半期(02年10―12月期)の間に、単月黒字化を達成する計画です。フュージョンは、6月18日に累計加入回線数が150万回線に達しました。今年度(03年3月期)の目標加入数が累計200万回線であり、今のところ、予想の2倍のペースで増えています。昨年度の赤字は、この利用者増に対応するため、01年秋に計300万回線まで耐えられる設備投資を行ったためであり、「嬉しい悲鳴」に属します。また、事業収益的な側面だけでなく、フュージョンには、重要な要素が2つあります。1つは、フュージョンは当社連結子会社の日商エレクトロニクス(日商エレ)が企画立案し、ITXと日商エレが共同投資する形で、役員をはじめとする人材を派遣しました。その後、成長段階ではグループ会社のアイ・ティー・テレコムが回線販売を担当し、インフォコムが課金システムを構築。日本アウトソーシングが販売員を派遣し、アトラクスがマーケティングを支援するなど、グループ全体で支えてきました。
当社は、ITを基盤に、グループ企業群全体で、新しい事業を創出することを目指していることから、フュージョンは、グループ全体にとって模範的な新規事業の育成モデルなのです。もう1つは、フュージョンが単なる長距離電話会社ではなく、ITインフラを支える企業であるという点です。ニフティもそうでしたが、フュージョンを情報基盤のプラットフォームにする。基盤となる企業のうえに、基盤を利用したサービスや、上層部に位置するコンテンツ企業を育成する。フュージョンが構築するIPネットワークは、グループ全体を支える事業収益の基盤になるという意味で、非常に重要です。
良い案件には投資を年間数百億円規模へ
――IT・通信以外に注力する分野は。
横尾 医療を中心としたライフサイエンス(生命科学)です。この分野はいくつかの方向性を打ち出していますが、まだ手がけ始めたばかりで、実際の成果が上がってくる段階には至っていません。しかし、今後の潜在力を考えれば、グループ内でIT・通信と並ぶ有力分野になることは間違いないでしょう。倉庫業の寺田倉庫と共同で今年4月に設立したデジタルアークスは、病院のカルテを保管するサービスを始めました。多くの病院では、患者の診断結果を紙のカルテに記録して保存しています。将来的には、電子的な記録に切り替える方向で進んでいるのですが、現段階では圧倒的に紙が多い。デジタルアークスでは、まず、膨大な紙の山となっているカルテの保存を代行します。その次の段階で、預かったカルテを順次電子化する。さらに、電子カルテ化が進んだ段階で、病院とオンラインの回線で結び、電子カルテのデータをデジタルアークスのデータセンターで保管するというビジネスモデルを描いています。
――病院の基幹系を支える事業ですね。
横尾 そうです。非常にインフラ寄りの事業内容で、いわばフュージョンの医療版とも呼べる存在です。基盤を構築することで、今後、この上にサービスやコンテンツなど上位アプリケーションに相当する企業育成に力を入れます。デジタルアークスだけで、病院の基幹系を支えられる巨大なプラットフォームになり得るかどうかは、やってみなければ分かりませんが、1つの重要な切り口です。一方、デジタルアークスのような基盤分野に対して、非常に上位の階層に属す企業も、すでに育ち始めています。昨年6月に設立したバイオックスは、「非侵襲型」の医療用測定装置を開発しています。「非侵襲型」とは、身体を傷つけなくても、血液などの測定ができる医療技術を指します。
――今後の投資計画は。
横尾 年間数百億円規模の投資を予定しています。良い案件があれば、投資額を増やし、なければ減らします。これまで累計で60社余りに投資してきましたが、実際に当社が役員を出して主導的に手がけているのは数十社程度に過ぎません。1社当たり3人の役員を派遣すると計算すれば、資金があっても人材育成が追い付かない。すると、当社の基本路線である「カネも出すが、ヒトも出す」という育成型の投資は、年間5―10社が限界です。投資効率から見れば、必ずしも良くないのかも知れませんが、目先のキャピタルゲインよりも、新しい事業を創出することに重点を置く姿勢は変えません。
眼光紙背 ~取材を終えて~
鉄鋼商社マンとして20年余り。「鉄も半導体も同じで、余ったら叩き売りし、足りなければ暴騰する。われわれ商社マンは、まずマクロの視点で世界の需給バランスを見る」そうだ。同時にミクロの視点も忘れない。スクラップ業者のところへ出向き、鉄屑流通量の情報を集める。「鉄屑を扱う業者からの情報は、鉄鋼メーカーの決算書なんかより断然信頼できる」。
「ITを基盤とする企業を育成する場合でも、この商社マンの嗅覚は生きる」と断言する。世界の需給バランスというマクロと、このなかで自分の顧客の状況というミクロの情報を丁寧に調べあげる。鉄や半導体、ITに関わらず、「どこに投資すれば伸びるのか自ずと分かる」。元商社マンとしての嗅覚がモノを言う。(寶)
プロフィール
(よこお あきのぶ)1948年、佐賀県生まれ。73年、神戸大学経済学部卒業。同年、日商岩井に入社し、東京特殊鋼部配属。91年、ニューヨーク支店。94年、東京薄板部薄板第二課長。95年、東京薄板部副部長。96年、経営企画部副部長。98年、情報産業事業支援室長。00年、ITX取締役。02年5月、ITX代表取締役社長に就任。
会社紹介
日商エレクトロニクスやフュージョン・コミュニケーションズ、テクマトリックス(旧ニチメンデータシステム)などネットワークサービス分野をはじめ、医療、モバイル、放送コンテンツ、電子機器など5つの分野で、新しい事業創出に向けた投資活動を手がける。
日商岩井情報産業本部時代からの投資育成先を含め60社以上、独立後の2年間に合計524億円、44件の新規投資を実施した。昨年度(02年3月期)のグループ連結決算では、売上高3506億円、売上総利益576億円。売上総利益に占める株式売却益(キャピタルゲイン)が283億円、子会社の事業収益の堅実さが目立つ。
今年度(03年3月期)の見通しは、売上高3700億円、売上総利益615億円、キャピタルゲイン143億円、事業収益482億円、投資損失10億円と、やはり各子会社の事業収益を重視した方針を打ち出している。