いまは、何をやっている会社なのか分からない――。アスキーの現業を、他のIT業界関係者に訊ねてもこんな答えしか帰ってこない。パソコンの黎明期から産業のけん引役を担ってきたアスキーが、こんなイメージになるとは誰が想像しただろうか。これに対して、経営再建に取り組む小森哲郎社長は、「以前のような派手さはない。だが、それがいまのアスキーの姿だ」と話す。アスキーの「いま」とは…。
3つの問題を克服へ 専門分野で強みを発揮
──アスキーの社長に就任してから約半年が経過しました。経営再建はどこまで進みましたか。
小森 社長に就任した時に、アスキーには3つの問題がありました。1つは財務的な問題。今年4月の段階で、債務超過は40億円、借金は130億円。しかも来年には転換社債の償還などもある。一言でいえば、経営が破綻しているのです。
2つ目の問題は、経営の舵取り機能が整っていない。前任の鈴木憲一社長は、約25社を閉めるという大改革を行った。だが、それだけで精一杯で、経営改革の次の一手を打つところまではいかなかった。これは当然のことです。ですから、今度は経営改革の舵取りをやる必要があった。
そして、3つ目には、編集部自体にもともと同好会的な雰囲気がありましたから、なかなか改革が進まず、これが生産性の低さにつながった。この3点を解決することが求められていたわけです。
──それぞれの課題は解決の方向に進んでいるのですか。
小森 1点目に関していえば、11月中旬にバランスシートに関するリストラを実施したところです。これには、日本では過去に例がない画期的なファイナンス手法を使いました。
通常、資金の調達には不動産などを担保にするものですが、アスキーには担保になるような資産がない。そこで、キャッシュフロー経営による再建計画を担保に、資金を調達しました。誓約事項という言い方をしますが、利益率などの目標数字を毎月報告して、一定のレベルを維持することが条件となっています。これを25の金融機関による7年間の協調融資という形で135億円の資金を調達し、40億円の債務超過を一気に解消したのです。
──出版事業で一定の利益率を維持することは可能ですか。
小森 出版事業というのは、実は儲かる仕組みになっているんです。確かに出版の世界は競争が激しい。しかし構造不況というわけではない。とくにアスキーの場合は、明らかに強い分野がある。その分野に専門特化することで収益構造ができあがる。この考え方が、2つ目の舵取りにつながってきます。いま、アスキーが目指しているのは、「専門特化した分野におけるパプリッシング事業に絞り込む」という点です。ですから、ソフトやサービスといった事業は、別会社としてアスキー本体から完全に独立させましたし、連結対象にもなっていません。
さらに、出版の分野でも、IT専門分野以外の一般書の事業は同様に独立させました。タレント本のような一般書は、ギャンブルと一緒で、当たれば大きい。しかし、いまのアスキーの経営体質には合いませんからね。その一方で、ゲームソフトなどに特化している関連会社のエンターブレインとは協力できる体制を構築しました。
「3倍成長を3年間続ける」、100個のアクションをやる
──もう1つ、課題がありましたね。生産性の問題。
小森 固定費の削減という点では、本店を初台(東京都渋谷区)から信濃町(同新宿区)に移転しただけで数億円の削減ができました。初台は700人体制の「器」でしたが、いまは契約社員などを含めて450人です。
さらに、在庫の圧縮も行っています。在庫は5分の1程度の削減ができました。大きな問題は編集部の生産性ですね。これまでスタッフライティング制にしていましたが、アウトソーシングをもっと上手く活用していこうと考えています。これによって固定費を変動費へと変えられる。
私は「3倍成長を3年間続けるんだ」と社内で言っています。これを3×3(スリー・バイ・スリー)と呼ぶんですが、売り上げでも、生産性でも、品質でも、とにかく3倍にする。これを3年間続ければ、ケタが1つ上がる。いま、そのために100ほどの具体的なテーマを掲げて取り組んでいます。
──100個のアクションというのは、社長就任直後に明確にしていましたね。
小森 企業改革はセメントと一緒なんです。セメントと石と水は、早いうちにかき回して使わなくちゃいけない。少しでも時間が経つと固まってしまう。4月1日に顧問に就任して、1か月半ぐらい社内を徹底的に見回して、すぐに100個のアクションを決めました。
──具体的にどんなことをやりましたか。
小森 年2回、社長、編集長、編集部員問わずに全員で書店を回るんです。実際に書店はどんなことを思っているのか、何を求めているのか、アスキーに対する要望はないのか。これを直接聞いてくる。そして改善に生かす。
編集部は、物づくりには興味があるが、その反面、オフィスのなかにこもってしまう傾向がある。優れた会社というのは市場に近い。出版社も一緒です。先日も、本の背表紙にアスキーの統一ロゴを入れたんです。これまでバラバラだったのですが、誰もそれに慣れているから気がつかなかった。だけど、背表紙にロゴを入れたら、縦置きされても、アスキーの本だというのが一目で分かる。これも、実際に書店の現場にいってわかったことなんです。
そのほかにも、社員と話す機会を増やすことに力を注いでいますね。四半期に1回、全社員を集めてメッセージを投げています。それと並行して4月から、1人1時間ずつぐらいの時間をとって、思っていることを話してもらう機会をつくっています。いま、200人ぐらいが終わったところです。全員との面接が終わるにはあと半年ぐらいかかりますね(笑)。でも、それが終わったら、二廻り目をやろうかと(笑)。
──アスキーの再建が成功したという判断はどこでしますか。
小森 最大のポイントは、すべての赤字を解消することでしょうね。ただ、それ以外にも、いくつかの指針があります。例えば、出版社としての高い評価を得るということが必要です。
出版社にはいくつかの評価のされ方がある。1つは作家などの名前を使って評価を得るという方法。次にメディアとしての評価が高まるという方法。そして、3つ目には、あのメディアが言っているというだけで、世の中のデファクトスタンダードの意見になるという影響力をもつこと。これを「梅」、「竹」、「松」という言い方をしていますが、早く「松」の力をもった媒体を出したい。
それと、もう1つの「梅」、「竹」、「松」があるんです。梅は紙媒体だけでやっていく方法。そして竹は、特化分野において、紙以外のデータベースや映像などのコンテンツも同時に提供すること。そして松は、これをサービス事業として提供すること。松と松の組み合わせが最もいいんですが、まだ、多くの媒体が梅の段階ですね。
いずれにしろ、改革は4年も5年もやっていては駄目です。2年間で結果がでない企業や経営者は、何年やっても駄目です。これまで、自身で企業再生のコンサルティングを手がけてきて、それを感じています。ですから、アスキーの再建も2年で結果を出さなくてはと思っていますよ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
なぜ、アスキーの社長になったのかを聞いてみた。すると即答で、「直接、再建をやってみたかったから」と返ってきた。これまで多くの企業再生をコンサルタントとして手がけてきた。どんな困難な再建でも、後方支援の立場であることに変わりはない。
「40歳を越えて、自分でやってみるにはいいチャンスだ」と、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社を退職。再生を求める企業を探し歩いた。
たどり着いたのがアスキーだ。アスキーの再建に乗り出したユニゾン・キャピタルは、小森氏とアスキーの“お見合い”に時間を割いた。その時の印象は、「知的センスをもった社員が多い。十分、再建できると思った」。
自らを再建屋という小森氏の本領はこれからだ。(君)
プロフィール
小森 哲郎
(こもり てつお)1958年12月、神奈川県横浜市出身。早稲田大学大学院理工学研究科生産工学修士課程修了。84年4月、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社入社。93年12月、同パートナー。02年4月、アスキー(現メディアリーヴス)顧問就任。同年6月、アスキー社長就任。同年11月、アストロアーツ(現アスキー)代表取締役社長およびメディアリーヴス代表取締役に就任。
会社紹介
設立25周年の今年、アスキーはまた新たな転換期を迎えた。小森新体制における大幅刷新の“肝”の1つともいえるこの取り組みでは、11月18日付でアスキーの社名を「メディアリーヴス」に変更。そして、メディアリーヴスの代表取締役には、小森社長とエンターブレインの浜村弘一社長が就任。小森社長がいう兄弟会社の関係が成立した。
さらに、子会社の「アストロアーツ」の社名を「アスキー」に変更し、旧アスキーの出版事業および社員は、同社に引き継いだ。
アスキーにとって、過去にはいくつもの試練があった。だが、原点復帰を目指すいまの試練は、これまで以上に厳しい。この大きな試練と同時に、小森社長は次期経営層を担う人材および社員の育成にも余念がない。「社員に対して、いくつも課題を与えている。これをこなすことで次代の経営を担う人材が育つ」。
アスキーが“大人の会社”に脱皮しようとしている。