トレンドマイクロは、ソフト業界で加速するM&A(企業の合併・買収)戦略には目もくれない。幅広いセキュリティジャンルをカバーする競合他社の戦略にも一線を画す。ひたすら自社技術にこだわり、目指すは「ウイルス対策とコンテンツセキュリティ市場でのナンバーワン」。97年から同社の技術・製品開発を担当してきた新トップ、エバ・チェン社長兼CEOは、意外にも「サービスの強化」を掲げる。
ソフトの提供だけでは不十分
サービスメニューをさらに増強
──社長兼CEOに就任して2か月近くが経とうとしています。その間、チェン社長兼CEOは「サービスの強化」を強調されています。ソフトメーカーであるトレンドマイクロが「サービス」に焦点を当てる狙いは何ですか。
チェン そもそも、トレンドマイクロは創業当時から、ソフトというよりもサービスを提供している企業だと考えています。
ユーザーにはソフトを販売していますが、提供しているのはそれだけではありません。ウイルス対策は、ソフトだけあっても意味はなく、定義ファイルを更新して初めてウイルスの発見・駆除が施せるわけです。つまり、定義ファイルを即時に作成してユーザーに届けるという最も重要なことはサービスであり、ソフトだけではユーザーの要望を満たせないということです。
定義ファイルの配信は、当社の提供するサービスの代表的な例ですが、ウイルス対策やコンテンツセキュリティ分野は、ソフトを提供するだけでは不十分な点が多いわけです。ソフトに加え、さまざまなサービスをユーザーに届けていくことは、セキュリティ対策の利便性を高めるうえで、ますます重要性が高まると思いますし、それが他社との差別化ポイントにもなります。今後は、ソフト開発とともに、サービスメニューをさらに増強していくつもりです。
──ライバルの米シマンテックは、今年6月をめどに米ベリタスソフトウェアとの合併を完了します。ストレージやバックアップ関連ソフトとベリタスのチャネルを手に入れたシマンテックは、これまで以上に脅威となりませんか。
チェン いいえ、むしろチャンスだと思っています。「情報資産を守る」という観点から見ると、確かにセキュリティとストレージ・バックアップソリューションを連携させる必要はあるでしょう。しかし、企業同士が一緒になり、相乗効果を発揮して今以上の成長を遂げるためには、さまざまな課題を克服しなければなりません。
企業文化の違いをどのように埋めていくか、どうやってお互いの技術を融合させていくかなど、社内向けにやらなければならないことがたくさんある。そうすると、統合関連業務にリソースを取られ、「顧客のニーズを把握する」、「顧客の課題を迅速に解決する」という、最も重要視しなければならない仕事が疎かになってしまい、顧客やパートナーの信頼を損ねる可能性があります。過去の例から見ても、シマンテックとベリタスのような大企業同士が合併し、成功しているケースはほとんど皆無に等しいですよね。
トレンドマイクロは、シマンテックよりもカバーする領域は小さいですが、ウイルス対策とコンテンツセキュリティ分野で、ニーズに合った製品・サービスを作り、しっかりと届けることを進めていきますから、今以上に幅広いユーザーから信頼を勝ち取れると考えています。
──シマンテックに限らず、ファイアウォールやIDS(不正侵入検知システム)を専門としてきたセキュリティメーカーは、他ジャンルのセキュリティ機能も取り込むため、M&Aに積極的です。トレンドマイクロは、この戦略とは一線を画しているように思います。
チェン セキュリティの範囲は広く、ユーザーは複数のセキュリティ対策を施す必要性があります。ですが、トレンドマイクロは自社技術にこだわり、ウイルス対策とコンテンツセキュリティに引き続き焦点を当てており、この領域で強くユーザーにアプローチしています。今後もその姿勢は変わりません。この分野でのナンバーワンの地位を確立することに集中します。
また、M&A戦略を否定するつもりはありませんが、企業を買ってその技術と自社の技術を完全に融合させるには相当の時間が必要であり、得策とはいえないと思います。トレンドマイクロが進める戦略としては、M&Aよりも他社とのアライアンスを進める方が先決です。
米シスコシステムズとアライアンス
製品と販売の両面で市場開拓に寄与
──アライアンスでは、米シスコシステムズとの協業によるビジネス展開が活発ですね。
チェン シスコシステムズとは、製品開発と販売の両面で大きな意味を持ちます。製品開発では、シスコシステムズのルータにウイルス対策機能を組み込んだ製品を現在共同開発しています。この製品は、ルータレベルでウイルスの駆除が行え、クライアントにソフトをインストールする必要がなく、ユーザーの利便性はさらに高まる製品であり、非常に期待しています。
一方、シスコシステムズの販売チャネルを活用できることも大きいです。ネットワーク機器におけるシスコシステムズの北米地域でのシェアは圧倒的に高いですから、今回のアライアンスによって、「シスコ製品は使っているけど、トレンドマイクロの製品は扱っていない」というユーザーにアプローチでき、北米のマーケット開拓に大きく寄与すると期待しています。
──ネットワーク機器メーカー以外にもこのようなアライアンスの可能性はありますか。
チェン もちろんあります。たとえば、ATM(現金自動預払機)やPOS(販売時点管理)システムなどは今後セキュリティ対策が迫られる分野でしょうし、ストレージとの連携も必要になります。したがって、各分野で実績のあるメーカーと組み、新たなソリューションを共同開発していく可能性は十分にあります。
──昨年度の売上高のうち各地域別の比率をみると、日本市場が約40%と依然大きな比重を占めています。この比率は一昨年度と比べても変わっていません。日本市場中心の事業体質から抜け出せていない印象を受けます。
チェン 決して日本市場に頼っているわけではありません。今は日本の比重が大きいですが、昨年度の売上伸長率をみると、日本よりも北米、欧州の伸び率の方が高い。日本市場は今後も引き続き成長していくと思いますが、北米や欧州に比べて伸び率は鈍化するとみており、近い将来、日本、欧州、北米の3地域でそれぞれ均等に3分の1ずつを占めるようにします。
──R&D(研究開発)において、今後強化していく分野は。
チェン 具体的なことは話せませんが、技術・製品開発のポリシーとしては“使われる”技術の創出を最も重視していきます。どんなに先進的な技術があっても、使われなければ意味がありません。技術者・開発者には「良い製品を作れば必ず売れる」という概念を捨てさせ、「顧客に使ってもらえる製品とサービス」、「顧客が喜ぶ技術」を生み出すことにリソースを集中していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
普段は米国法人で指揮を執る。そのためか、決算説明会のわずか数日の訪日期間のなかでパートナー向けイベント、プレス向け懇親会、取引先への挨拶回りと、過酷なスケジュールをこなした。それにも関わらず、終始明るい表情で対応する姿は印象的。柔らかい雰囲気は、前社長兼CEOのスティーブ・チャン会長にはないチェン氏の持ち味だろう。
一方、決算発表では、身振り手振りで新製品の機能を力説。その姿はスティーブ・チャン氏と瓜二つ。情熱的な面も併せ持つ。競合のシマンテックやマカフィーの戦略を堂々と批判するほどのアグレッシブさもみせる。
「スティーブのような個性的な人の後任だから不安」と話していたが、柔らかさと力強さを兼ね備える新社長からは、不安どころかトップとしての自覚と自信があふれていた。(鈎)
プロフィール
エバ・チェン
(エバ・チェン)1959年2月生まれ、台湾出身。88年、米テキサス大学でMBAおよびMISを取得。同年5月、トレンドマイクロ台湾法人に入社。94年12月、トレンドマイクロ米国法人の業務執行役員に就任。96年12月、日本本社に移り監査役を務める。97年8月、取締役技術開発部門統括責任者を経て、02年3月に取締役CTO。05年1月1日付で社長兼CEOに就任。スティーブ・チャン代表取締役会長(前社長兼CEO)の義妹。
会社紹介
トレンドマイクロは、法人、一般消費者向けの両市場でセキュリティ対策製品の開発・販売を手がけるセキュリティベンダー大手。ウイルス対策とコンテンツセキュリティ分野に特化して、製品開発を進める。競合メーカーは、複数のセキュリティ機能を取り込んだ統合型セキュリティ製品に注力しているが、その戦略とは一線を画す。最近では、パソコンやサーバー向け製品のほか、POS(販売時点管理)システムや携帯電話向けのセキュリティ製品の開発にも力を入れている。
日本のほか、米国や台湾など世界30か国以上に拠点を置き、グローバルでビジネスを手がける。2004年度( 04年12月期)の連結業績は、売上高620億4900万円(前年度比29.0%増)、営業利益260億7800万円(同72.1%)と、いずれも創業以来過去最高を記録した。エバ・チェン社長兼CEOは当面の目標として、3年後に売上高1000億円を掲げる。世界全体に占める地域別売上比率は日本が約40%で、続いて欧州の29%、北米の19%など。中長期的には、日本、欧州、北米の各地域でそれぞれ3分の1とすることを目標にしている。
設立は89年。社員数はワールドワイドで約2500人。00年8月、東京証券取引所第1部に上場した。