日立グループの保守サービス中核会社である日立電子サービスは10月1日、オープン系システム構築に強い日立オープンプラットフォームソリューションズ(日立OPSS)と合併する。収益が安定的なビジネスと言われた保守サービス事業も、今やサービス単価の下落やオープン化の進展により、決して楽観できる市場環境にはない。そうしたなか、百瀬次生社長率いる日立電子サービスは、保守サービスベンダーの枠を超えた「情報システムの上流から下流まで面倒をみる体制」を築き、新たな保守サポートベンダーの在り方を追求し始めた。
上流工程に強い日立OPSSと合併、トータルソリューション提供へ
──日立オープンプラットフォームソリューションズ(日立OPSS)と合併することで、顧客はどんなメリットを得ることができますか。
百瀬 情報システムは、企画に始まり設計、構築、そして導入、運用、保守、撤去という複数の分野が連鎖して成り立っており、1つのカテゴリーも外せません。今の日立電子サービスは、ライフサイクルの下流工程にあたる導入、運用、保守、撤去という部分にどちらかと言えばフォーカスを当てています。一方、日立OPSSは、上流工程に当たる企画、設計、構築が強い。この両社が一緒になることで、情報システムのライフサイクル全体を手がけることが可能となり、トータルソリューションを提供できるようになります。これが一番大きなメリットです。
情報セキュリティの重要性が高まっている今、顧客は情報システムのライフサイクルすべてを1社に任せたいという要望を持っています。貴重な情報資産が詰まったシステムの面倒をみるITベンダーがたくさんいては安心できませんし、混乱してしまいますから。そうしたニーズのなかで、日立電子サービスは保守、運用の分野では40年以上の歴史と実績があり、高い信頼を得ています。顧客先にお邪魔しても、私は(セキュリティ上の問題から)簡単には社内に入れてもらえませんが、担当のCE(カスタマーエンジニア)は堂々と入れますし、顧客の幹部とも仲良く親密に接している。それだけ評価は高い。しかし、ニーズが変わった今、保守、運用分野だけではダメです。顧客はすべてを任せても良いと思える、信じられる1社に全部を任せたいわけですから。 現場では顧客から、「なぜ日立電子サービスは保守サポートだけにこだわっているんだ。保守サポートの領域だけでは不満だ」という意見が出ています。「次の情報化投資に向けて提案をして欲しい」という声もあります。期待は大きいんです。
日立OPSSと合併することで、この要望に応えられる基盤ができたわけです。日立OPSSは、日立電子サービスが掲げる「顧客の飛躍を支えるベストソリューションパートナーになる」という経営ビジョンに近づくための大きな材料になります。
──具体的な相乗効果を出すための施策は。
百瀬 まずは人材育成です。「プラットフォームシステムエンジニア(SE)」という新たな職種を設けて、顧客への提案力を高めます。プラットフォームSEは、情報システムのプラットフォーム作りに精通したSEを指し、システムの基盤作りと提案のプロフェッショナル集団へと成長させます。このプラットフォームSEを今年度(2006年3月期)に50人育て、来年度(07年3月期)には2倍の100人体制にします。まずはこのプラットフォームSEが両社の強みを併せ持つ象徴的な存在となり、上流工程のビジネスを引っぱることになるでしょう。
ソフトの保守サービスも強化、全国の顧客に均等なサービスを
──保守サポートビジネスの比率は当然下がってきますね。
百瀬 保守サポート事業を縮小させていくつもりは全くありません。「国内ナンバーワンの統合サポートサービス会社になる」という目標を掲げておりますし、手を抜くつもりはありません。
ただ、保守サポートのサービス単価は下がり続けており、今後も下がるとみています。顧客も、同じサービスに対して同じ金額を払い続けるつもりはないでしょうから、当然低価格化要求は強まってきます。上流工程も強くなることと、保守サービス単価の下落が要因となり、結果的に保守サービス事業の比率は下がっていくでしょう。売上高3000億円を見込む08年度(09年3月期)には、保守サービス事業の比率は全体の半分になっているでしょうね。
──上流工程も強くなれば、保守サービスを提供する範疇も広がりますね。CEの育成は重要なポイントになります。
百瀬 ハードの保守サービスだけを提供する従来のCEが活躍できる時代は終わりました。これからは、ハードのマルチベンダー対応は当たり前であり、加えてソフトウェアの保守サポートも提供する必要があります。古厩賢一前社長は、この部分に早くから着目し、ソフトの保守サポートも提供できる「アドバンストCE」の育成に力を入れ、そうした人材が順調に育っています。この方向性は変わりません。日立OPSSは、ソフトの保守サポートでも実績があり、日立OPSSの社員が加わることにより、アドバンストCEの育成がさらに加速すると感じています。合併効果は、上流工程の強化だけではありません。サポート事業にも相乗効果は期待できます。
──拠点や人員の最適化計画は。
百瀬 両社の拠点を合わせて、最も一体感が出る体制は何かを、各地域の事業所レベルで探ってもらうよう指示しています。拠点は統合した方が良い場合もあれば、一緒にしない方がやりやすいケースもあるでしょう。各地域ごとにニーズや特性は違うので、現場を熟知する担当者に任せるのが一番です。基本的には事業領域が重複している部分は少なく、大きな拠点と人員の最適化はありません。
──上流工程のシステム構築やソリューション提案のなかで、今後どの分野に注目していますか。
百瀬 企業の経営は、もはやITインフラがなくては成り立たない時代になりました。パソコン1台にしても、たとえば「修理に1週間かかる」と言われて、おとなしく待っている人はいないでしょう。それだけ、ビジネスにおいてコンピュータや情報システムへの依存度は高まっているのです。ここに大きなビジネスチャンスがあると感じています。
万一のトラブルに備えてITベンダーが提案できることは、復旧サービス、バックアップシステムの提供、監視サービスなどたくさんあります。また、地震などに備えた災害対策も必要になるでしょう。この領域は、日立OPSSを加え、また全国どの顧客にも均等なサービスを提供できる拠点数を誇る日立電子サービスの強みを発揮できる分野だと考えており、強化する必要性を感じています。
──ユビキタス、ブロードバンドもキーワードに挙げていますね。
百瀬 ブロードバンドの進展により、インターネットは人と人とをつなぐツールから、モノとモノもつなぐ道具へと進化するでしょう。色々な機器がIPアドレスを持つようになり、それが無線でつながる世界がすぐそこに来ています。ユビキタス社会が実現されれば、これまでITに全く関係のなかった分野に、私たちITベンダーが入り込めるのです。
ブロードバンド時代、ユビキタス社会に合ったベストソリューションは何か。また、統合サポートサービス会社として提供すべきサービスは何か。具体的なソリューション作りはこれからですが、ブロードバンド、ユビキタスは大きなキーワードです。08年度に売上高3000億円を突破した後、日立電子サービスがさらに成長するために追い求めなければならない次の重要なテーマとなるでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日立電子サービスは、「信頼・スピード・チャレンジ」を行動方針に掲げる。百瀬社長は、これを「チャレンジ・スピード・信頼」に順番を変更したいという。
「新しいことにどんどんチャレンジして、決めたらすぐに行動する。そのような文化を根付かせたい」という思いからだ。日立OPSSとの合併により、事業領域は広がった。相乗効果を発揮するためには、「チャレンジ」と「スピード」がさらに重要になるとみる。
日立OPSSとの合併後は、社員数約4500人、今年度の売上高見込みは2500億円と、国内最大規模の保守サポート会社になる。母体が大きくなった日立電子サービスの社員が、俊敏に動ける体制をどう作るかがまずは重要なポイントになる。
保守サービス事業が安定的な収益を見込める時代は終わった。厳しい環境のもと、保守サービスベンダーからの脱皮に、本格的に取り組み始めた。(鈎)
プロフィール
百瀬 次生
(ももせ つぎお)1945年6月30日生まれ、長野県松本市出身。名古屋工業大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了。70年3月、日立製作所入社。88年8月、神奈川工場超大型設計部長。92年8月、汎用コンピュータ事業部開発本部開発第一部長。98年12月、PC事業部長。01年4月、デジタルメディアグループ長&CEO。03年4月、執行役ユビキタスプラットフォームグループ長&CEO。04年4月、日立電子サービス専務取締役。05年4月1日、取締役社長に就任。
会社紹介
日立電子サービスは、日立グループの保守サービスの中核会社として1962年に設立された。全国をカバーする保守サービス体制を築き、日本国内310か所にサービス拠点をもつ。約3000人のカスタマーエンジニア(CE)を有する。現在は、保守サービス事業のほか、運用サービス、情報システム構築、eラーニング事業なども手がける。
昨年度(05年3月期)の売上高は、前年度比3.4%増の約1700億円。売上全体の約62%を保守サービス事業が占めた。
今年10月1日には、オープン系システム構築を得意とする日立オープンプラットフォームソリューションズ(日立OPSS)と合併する。マルチベンダーの情報システム構築やITサービス事業を強化する計画。日立OPSSとの合併などにより、今年度(06年3月期)は売上高2500億円を見込み、08年度(09年3月期)には売上高3000億円の突破を目標に掲げる。