ノーカスタマイズの大企業向け人事給与システムで急成長したワークスアプリケーションズは、国内トップシェアを足場に、今後10年で世界大手ERPベンダーと互角に戦う目標を掲げる。フルラインアップのERPで国内トップシェアを獲り、オラクル、SAPなど欧米ERPの巨人を抑え込むという。大手企業市場を舞台に国内ERPベンダーで誰も成し遂げたことのない高い目標だ。その先にはアジアトップの座を視野に入れる野心を抱く。
オラクル、SAPと競う 国内に競合は存在しない
──「フルラインアップのERPで国内トップを獲る」と宣言していますね。しかし、人事給与ソフトの成功をそのままERP全体の成功に結びつけられるものですか。
牧野 財務会計でも、あと2─3年で国内トップのシェアを獲ってみせますよ。それだけの手応えはあります。考えてみてください。大手企業向けのパッケージ型ERPベンダーで、国内に競合会社は存在しないんです。欧米のERPベンダーのオラクル、SAPが唯一の競争相手です。
人事給与システムの2倍の市場規模があると見られる財務会計システムに加えて、今後4年間にCRM(顧客情報管理)やSFA(営業支援)、ワークフロー、インターネット通販などのシステムを揃えます。その後、販売、生産管理などSCM(サプライチェーンマネジメント)などを製品化して総合ERPベンダーになる。10年以内にはすべての分野で国内トップシェアを目指します。
──国内では依然として基幹業務システムを手組みで開発する需要があります。大手国内ベンダーは大量のSE・プログラマを動員して個別開発を行っていますが…
牧野 大企業のバックエンドは開発コストを削減すれば、もっと大きなIT投資のリターンを得られるはずです。当社の人事給与はノーカスタマイズでリターンを最大化できることが評価されて、大企業市場でトップシェアを獲得しました。こうした売り方が戦略的に優れているからという問題ではなく、ノーカスタマイズのパッケージのほうが確実にコストを下げられるから、大企業に売れるだけのことです。財務会計も同じ考え方で展開しますから、いずれトップになると考えています。次のCRMやSFA、SCMも、今からトップを狙うつもりで、単体売上高の3割近くを研究開発費に投入しています。
──ITに対する考え方自体が、欧米と日本では違うんだという話をされていますね。
牧野 基本的に欧米の場合はリターンを求める“IT投資”で、日本はゼネコン型の“ITコスト”になっています。欧米は経済の絶不調期のコスト削減需要でIT産業が伸び、日本は高度成長期を支え、業務を効率化する需要でITが伸びた。歴史的経緯が違うことが背景にあると考えています。
投資には必ずリターンが求められます。5000万円投資するなら、それ以上のリターンがなければ意味がない。そのITをつくるのにいくらかかるかは重要ではないんです。仮に5億円のリターンがあるとすれば、5億円未満の投資なら買いだが、それ以上なら手を出さない。欧米の考え方は、投資額が正しいのか、正しくないのかという判断基準が明確です。
ところが日本の場合は、5億円の是非の判断は、単なるコストの妥当性でしか語られない。どのくらいの開発期間で延べ何人のSE・プログラマを投入したかといったコストを積算して「5億円は妥当ではないでしょうか」となるケースが多い。つまり、コストを積み上げて妥当性を主張するゼネコン方式が受け入れられてきたわけです。
──コスト積み上げ方式はいずれ見直されると思いますか。
牧野 そうならざるを得ないでしょうね。日本の顧客はバックオフィスの個別開発にめいっぱい支払っているので、もうこれ以上戦略的な開発にコストを払えないというのが今の状態です。これはユーザー企業にとっても不合理だし、SIerにとっても本来得意とする付加価値の高いプロジェクトで収益をあげることができません。とはいえ、パッケージを本業とするわれわれと、個別開発を主力とする大手SIerが、市場を食い合うわけではありません。定型業務部分にコストの低いパッケージを導入して、バックオフィスの投資を抑えられれば、余ったお金は戦略的な個別開発に回せる。日本でもいずれ欧米式の“IT投資”の考え方が定着していくと思います。
日本発の業務管理方式をソフトとして世界に発信
──大企業にこだわっておられますが、中堅企業には進出しないのですか。
牧野 中堅企業にもシステムを提供したいが、まずは大企業です。大企業は利益が大きいだけに、その分コストがかかるのは仕方ないと言われてきました。ある意味、投資対効果が低いんですよ。この点、中堅向けは住商情報システムやオービックなど、いい国産パッケージがあるので、今慌ててやらなくてもいい。だったらどの国産ベンダーも参入していない大企業向けに全力を尽くすべきです。
──今後10年で世界大手ERPベンダーと互角に渡り合うと。
牧野 オラクル、SAPなど世界のERPベンダーと伍していくにはアジアで勝たなければなりません。中国をはじめとするアジアの国々は成長しており、最終的なアジア全領域のIT投資額は欧州や北米とほぼ同じ規模になると予測しています。
アジアでトップになれば、北米を基盤とするオラクル、欧州のSAPと対等に戦えることになります。営業所を開設した中国ではこれまで約3000社にアプローチをかけ、うち約300社を訪問しました。世界の生産工場と言われるように、短期的に見れば中国のビジネスはシンプルなものが多い。複雑なERPというよりは、簡単なパソコンソフトで十分という印象を受けます。つまり中国などアジア市場ではオラクルやSAPと同じスタートラインに立てるということを意味しているのです。
──列強ERPベンダーには、これまで蓄積してきた資本力があります。
牧野 だからこそ早急に日本のERP市場でトップにならなければならない。アジアのERP市場が本格的に立ち上がる前にです。彼らの圧倒的なパワーに対抗する体力を身につける必要があります。われわれは日本の企業ですから、日本で強いのは当たり前。ここでしっかり基盤をつくらないとアジア向けの製品開発に投資できません。
幸い日本には自動車や電機など世界で認められる産業がいくつかあります。カンバン方式やQCを例にあげるまでもなく、世界に誇れる業務管理方式をERPに反映させて、グローバルスタンダードとして世界に提供する義務がわたしたちにはあります。もちろん欧米流の合理主義、世界同時オペレーションに対する評価も一方にはあるわけで、アジアを舞台にがっぷり四つに組み合う瞬間がいずれやってきます。
──創業して10年が過ぎました。次の10年を見据えた課題は。
牧野 創業11年目になる今年度(07年6月期)を“第二創業期”の元年だと位置づけています。創業時のメンバーはわずか6人で、お金もない、実績もない状態でした。「あれもあったらいいな、これもあったら、こんなこともできるのに…」と毎日のように思っていました。つまり何もなかったのです。
それが今は700人近くの優秀な社員がいて、業界トップシェアの製品も持っている。こんな恵まれた環境なら誰が経営をしてもうまくいくんじゃないかと思えるほどです。課題はどこまで伸ばせるかです。日本だけでトップを獲るのか、世界でトップになるのか。第二創業期の目標は当然アジアでトップ、世界でトップになることです。
My favorite トライアスロンを始めた2年ほど前にタバコをやめてシガーに切り替えた。ヘビースモーカーで息切れしてしまうからだという。シガーは口の中だけでくゆらせてスローな時間を楽しむ
眼光紙背 ~取材を終えて~
「フルラインアップのERPでトップを獲る──」。この言葉が社員を奮い立たせ、1万人もの採用希望が殺到。人手不足に悩む大手SIerからは「牧野さんはうまい」との声が漏れる。
人事給与はバックエンドのなかで最もカスタマイズが少ない。しかも数に限りがある大企業をターゲットにすることで販管費を抑制。その分を研究開発費につぎ込む。
牧野代表は「バックエンドはパッケージを使い、SIerはもっと戦略的で付加価値の高いプロジェクトにシフトしている」と、棲み分けが可能と話す。
「真の競合はERP世界大手のオラクルとSAPのみ」とし、正面から果敢に挑む。
実はこれが牧野流“逆転の発想”なのだ。明確に「トップを狙う」ことで、数ある国産ベンダーのなかへの埋没を避ける。誰も足を踏み入れたがらないところにこそビジネスチャンスはある。(寶)
プロフィール
牧野 正幸
(まきの まさゆき)1963年、兵庫県生まれ。83年、大手建設会社入社。システム開発に従事。85年、ソフト開発会社の取締役。94年、システムコンサルタントとして独立。96年、ワークスアプリケーションズを設立。00年、大企業向け人事給与システムでトップシェアに。01年、設立5年目でジャスダック市場に株式上場を果たす。
会社紹介
昨年度(06年6月期)の連結売上高は前年度比22.2%増の141億円、経常利益は同23.9%減の13億円。成長に向けて人的投資、研究開発費を増やしたことが利益率を一時的に引き下げた。昨年度の納入件数は過去最高の292件に達し、うち人事給与システムが240件を占めた。財務会計の納入実績はまだ少ないが、早ければ3年後には人事給与の売り上げをしのぐ収益の柱になる見通し。今後4年間でCRMやSFA、インターネット通販、購買管理システムなどの新製品投入を計画している。中期経営計画では2010年6月期の連結売上高で223億円、経常利益27億円を目指す。この中期経営計画では投入予定製品の開発コストは計上しているものの、売上高は織り込まないという手堅い計画値になっている。