4期連続の増収増益を果たしたキヤノンソフトウェア。一時は不採算案件に苦しんだが、オリジナルのパッケージソフトや組み込みソフト開発は好調で強気の成長戦略を打ち出す。グループ外に向けたビジネスの拡大も進めることでグループ連結業績への貢献度を高める。中期経営計画では連結売上高ベースで100億円強の上乗せを目指す。新規事業の立ち上げやM&Aも行う。4月には中堅SIerの買収も計画している。
連結貢献度の拡大目指す 外販ビジネスで苦戦も
──キヤノングループ向けのビジネスの比率が高いせいか、連結業績に対する貢献度が低いという指摘もあります。
実松 業績について言えば、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)などグループ全体でのITソリューション事業を2009年度までにざっくり3000億円規模に伸ばすことをイメージしています。当社の昨年度(06年12月期)の連結売上高は191億円。うち約7割がグループ企業向けですので、今後どう貢献するのか重要な課題です。
こうした流れを受けて今年度から始まった経営計画では09年度の当社連結売上高の目標を300億円に設定。昨年度の実績に100億円あまり上乗せする計画です。
実はこの会社が本格的な成長路線を歩み始めたのは03年頃から。それまではソフト開発会社でありながらハードウェア販売やコールセンター事業など他の領域の仕事も手がけていました。中核事業にリソースを集中させようということで、収益性の低い分野から手を引きました。この影響で02年度は売り上げが10億円ほどすとんと落ちた。その後、組み込みソフト開発やソリューションビジネスに集中し、昨年度は4期連続で増収増益を達成。今回の100億上乗せする経営計画を立てる基盤ができたのです。
──一般顧客向けの外販ビジネスで苦戦が続いています。ビジネスモデルのより一層の変革も必要なのでは。
実松 昨年度は05年度に発生した不採算案件の影響が残り、ソリューション事業で赤字になった。組み込みソフトなどエンジニアリング事業で大幅な黒字だったのとは対照的です。ソリューション事業を拡大させるうえでまだスキルが足らなかったことが不採算化の原因。最初の受注契約の段階でミスが発生していました。一般顧客向けの案件ということもあり、改めて“外界”の厳しさを痛感しました。
キヤノン本体やグループ会社の指示通りにコツコツとソフトウェアを開発するだけなら営業利益率ベースで10-20%を達成することはそれほど高い指標ではありません。ですがこれではキヤノングループ全体で見た連結業績に対する貢献度は低い。多少の先行投資がかかっても提案型のSIビジネスなどで外販ビジネスを拡大させていく必要があります。
経営計画では外販ビジネスの比率を今の約3割から4割まで拡大させる考えです。成長を持続させるには競争力を高める技術の蓄積や切り札となる自社商材の開発が不可欠。利益率が若干下がったとしても研究開発や人材育成への投資を拡大させていく方針です。
──経営計画での経常利益率の目標を7%に設定しておられますが、昨年度が約6.7%だったことを考えると少し消極的すぎるような気がします。
実松 本来は経常利益率10%と言いたいところですが、差額の3%分は人材教育や研究開発に投じる予定です。4期連続の増収増益を果たし、この先さらに伸ばしていくためには投資が必要だと判断したからです。
今年の採用人数も昨年度の約1・5倍の180人に増えていますし、新規商材の開発費にともなう先行投資も行わなければなりません。ソフト開発で手っ取り早く売り上げを伸ばすには人手を増やすことです。ですが、人材のスキルアップが十分でなければ利益の確保が難しくなる。不採算案件の誘発要因にもなりますし、実際、苦い経験もしています。これから外販を拡大していくうえで人材教育は最も優先すべき投資です。今年度は基盤技術やプロジェクト管理の強化などの教育投資の金額を前年度比3倍に増やします。
新規事業立ち上げ急ぐ 欠かせない存在になる
──事業拡大に向けて具体的にどのような取り組みを行うつもりですか。好調だった過去4期を見ても売上高ベースでは40億円弱しか伸びていません。
実松 既存事業はおおむね好調ですので、この延長線上で09年度までに約50億円上乗せる手応えはあります。ただ、これでは単純計算で250億円にしかなりません。足りない50億円は今年度から本格的に立ち上がる新規事業の伸びやM&Aで補います。
新規事業の詳細はまだ言えませんが、たとえば需要が急拡大している内部統制強化のコンサルティングサービスや文書管理システムの拡販などに力を入れます。内部統制関連では米国企業改革法(SOX法)に詳しいコンサルティング会社のプロティビティジャパンと提携していますし、文書管理では同分野に強いEMCのシステムを拡販する体制を今年半ばまでには整える予定です。
M&Aについてはどのような案件があるのか日常的に見ています。昨年7月には専任部門を新設して、より戦略的に進められる体制をつくりました。4月には中堅SIerの蝶理情報システムを連結子会社化する予定です。新規事業の立ち上げに加えてM&Aも行っていくことで目標に迫っていく考えです。
──同じグループ企業のキヤノンシステムソリューションズなどとどう連携し、相乗効果を出していくお考えですか。
実松 よく比較対象にされますが、事業領域が異なります。彼らはもともと大規模な基幹業務システムの構築に強い住友金属システムソリューションズで、03年にキヤノングループに入りました。今はキヤノンMJと連携して動くSE会社という色彩が濃い。当社は組み込みソフトをメインとするエンジニアリング事業が売り上げの約半分を占めていますし、ソリューション事業はどちらかというとITツールの開発が得意です。
彼らのSEはキヤノンMJと連携してソリューションの答えを導き出す。当社は組み込みソフトなどキヤノン本体の仕事で培ったノウハウをベースに商材を揃えています。オリジナルで開発したJavaウェブアプリケーションを自動的に生成する開発ツールやワークフローシステムなどパッケージソフトの販売は好調です。事業領域は違うもののグループ企業としてのシナジーをどう出すかについてはよく話し合いをしています。
──キヤノンソフトウェアに来て1年が立ちますが、振り返ってどうですか。
実松 率直に“思ったよりいい会社”という印象を受けました。親会社への依存度は高いですが、よくよくみると外販ビジネスの拡大につながる優れた技術やアイデアが意外に多くある会社です。会社全体が若さであふれていて、わいわいがやがやと本音で議論できる企業文化を持っています。
組み込みソフトや独自のパッケージソフトなど強みの領域をさらに伸ばし、事業拡大に努めることは言うまでもありません。同時にキヤノングループの精密機器事業の競争力を高める組み込みソフト開発で“欠かせない存在”であることも大切です。ただ、そこに親会社への甘えの構造はないのか。自身のノウハウをもっと多くの顧客のために役立てられないかを、常に探求していく必要があります。
My favorite 普段から持ち歩くデジタルカメラと、撮影した梅や柿の写真。夫人が被写体になることもしばしばあるとか。デジタル写真は加工や手直しが容易。納得の色合いが出るまでパソコンと向き合う。若いときは白黒写真の焼き付けに凝ったそうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
あるSIerに神業的な技術を持ったSEがいる。こんがらかったスパゲッティ状態のプログラムをストレートヘアのように修正する技量を持つ。顧客企業から見ればそういうSEに担当してもらいたいし、一度担当になったら外れてほしくない。
キヤノンMJの情報システム部門で多くのSIerと取り引きしていた経験から、こうした顧客の心情は「よく理解できる」。しかし、多様なプロジェクトを経験してこそ、SEのスキルアップが図れる。「仕事の内容がいつも同じでは経験値は高まらない」。
実際には“あいつを抜かれると困る”と客に強く言われ、配置換えもままならないことがある。他のSEに替えて問題が起きるのを嫌う“事なかれ主義”も見え隠れする。実松社長は「それではダメだ」と叱る。
顧客に理解してもらったうえでローテーションを組み、教育時間も仕事の稼働率として換算させる。「優れたSEの育成こそ収益の源」と断言する。(寶)
プロフィール
実松 利幸
(さねまつ としゆき)1948年、島根県生まれ。70年、同志社大学商学部卒業。同年、キヤノン入社。93年、キヤノンU.S.A.出向。財務部門を担当。94年、同社副社長。97年、キヤノンB製品事業本部B製品事業本部長室担当部長。00年、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)に移籍、IT本部長。01年、同社取締役IT本部長。06年3月、キヤノンソフトウェア社長に就任。
会社紹介
昨年度(2006年12月期)の連結売上高は前年度比12.5%増の191億円、営業利益は同20.7%増の12億円、経常利益は同21.1%増の12億円。05年度に発生した不採算案件が足を引っ張り、ソリューション事業は赤字だったが、組み込みソフトなどエンジニアリング事業が好調だった。今年度は3か年中期経営計画の初年度で、09年度には連結売上高300億円、経常利益21億円を目指す。年平均約17%で売り上げを伸ばすという強気の計画だ。