世界有数のPCメーカーでありながら、日本市場でのシェアはまだ低い。ボブ・セン社長は、日本エイサー在籍10年になるが、過去を「我慢の時代」とし、今年度(2008年12月期)を本格的な勝負の時と位置づけ、攻めの経営に転じた。昨年度に比べて約10倍の資金を投じ体制を整備。「3年以内にトップ5入り」と巻き返しを誓う。
要求水準が高い市場 戦略的投資が不可欠
──エイサーはグループ全体でグローバルでみれば5本の指に入るPCメーカーですが、日本での地位はまだそこには遠く及ばない印象を受けます。
セン 日本エイサーのシェアは、確かにワールドワイドのシェアに比べて低いかもしれません。私も今の日本エイサーのポジションを全く不満に思っている。今年度(2008年12月期)からが本番なんです。
私は03年に日本エイサーの社長に就任しましたが、入社したのは98年です。エイサーの在籍期間は今年で丸10年になりました。その間、もどかしさというか、はがゆい気持ちをずっともっていたんです。
00年頃から台湾本社はエイサーブランドを本格展開し始め、まず最初に動いたのが欧州市場でした。その後に米国、中国へと攻め入り、今年に入ってやっと日本に目を向けてくれた。08年になって、台湾本社は日本市場を重要視し、戦略的投資を約束してくれています。私にとっては、ようやく日本で戦える戦力を整えられる環境になったんです。
──シェアを獲得するにはカネが必要、もっと早くに投資できれば日本エイサーのポジションは変わっていた、と。
セン 日本は世界のどの国と比べても、多大な投資が必要な国です。その一方でリターン(利益)を得るのに最も時間がかかるビジネス環境でもあるんです。約20年間の日本市場でのビジネス経験からそれを痛感しました。これは何も私だけでなく、多くの外資系企業が感じているに違いありません。
──PC市場で日本が他国に比べて投資が必要な理由は具体的にどこにあるのでしょう。
セン 日本には他国にはない事情がたくさんあります。NECさん、富士通さんという“ローカルジャイアント”がいて、この両社が大きなシェアを握っている。こんな環境は日本以外にはない。品質に対するユーザーの要求も高く、海外で通用する仕様をそのまま日本に持ち込んで販売しても受け入れられません。サポートやマニュアルといったユーザーとの接点でも高いレベルを求められます。例えば、製品に同梱する取扱説明書を日本語化しただけではダメで、イラストや写真を使って丁寧に説明しないといけない。サポートの問い合わせも深夜対応しないと、「エイサーはサポートが悪い」と言われかねません。
そんな厳しい環境のなかでマーケットシェアを引き上げるためには、やはりそれなりの投資が必要なんです。
──これまでは我慢の時代だった。
セン そう。今、日本エイサーにとってチャンスは十分にある。ただ、その前にチャンスがなかったかといえばそうではなかった。確か00年だったと記憶していますが、ソーテックさんが独自のマーケティングプランでシェアを伸ばした時は、「エイサーもソーテックのようにやれれば、シェアは上がるのに何故やらないんだ!」と悔しい思いをしました。あの時が一番つらかった。これはあくまで一例ですがね。もっと早くに今のような投資できる環境を手に入れることができれば、日本エイサーのポジションはもっと上だったはずです。
──「ようやく投資できる」とは、どの程度の資金を投じる計画なのですか。
セン 具体的な金額は言えませんが、マーケティング費用や人材補強、インフラ整備、日本のニーズに応えるためのカスタマイズ費用など、すべて含めて今年度は昨年度に比べて約10倍は投資することになるでしょう。
──本社の戦略のなかで、投資先の順番が回ってきたという理由もあるのでしょうが、それだけの投資を本社から引っ張り出すのは並大抵のことではないですよね。
セン 私が重視している経営指標はシェア、それと「赤字は絶対に出さない」ことです。シェアは思うように上がっていませんが、社長に就任した02年度を除き、03年度以降から今に至るまで日本エイサーは一貫して黒字を維持してきました。03年度から07年度まで増収増益を続けています。日本を投資先として認めてもらえるよう、小規模ながらも社員とともに懸命に頑張ってきたつもりです。その実績が評価された点もあるのかなと。
パートナーとの関係を密に 未開拓の法人市場にも挑戦
──戦える環境になって、経営の目標としてまず何を追いかけますか。
セン やはりシェアです。現在のエイサーブランドのシェアは、残念ながらトップ10にも入っていません。今年度中にまずは通年でトップ10に入り、3年以内にコンシューマ向けPC市場でトップ5には入りたい。
──日本はメーカー数が多く、それだけで市場環境は厳しい。独特の事情があるならば、グローバル戦略を推進しながらも日本法人独自の販売戦略を講じなければシェア獲りも難しいはず。何に力を注いでいますか。
セン 日本エイサーはデルさんなどの外資系メーカーとは違って、家電量販店やPCショップ、そこに商品を卸すディストリビュータを経由したインダイレクトビジネス(間接販売)が販売戦略の基本方針です。となると、ユーザーにさらに深く広くアプローチするためには、これらの販売パートナーとの協業体制を強固にすることがもっとも大切になる。
昨年から日本の有力ディストリビュータの丸紅インフォテックさんとダイワボウ情報システムさんの2社と友好な関係づくりに力を注いでいます。昨年度から連携はとり始めましたが、準備期間の位置づけでしたので、今年度から本格展開です。
──エイサーブランドのPCを販売する家電量販店が増えてきたということですか。
セン いや、取扱店舗数は昨年度とはあまり変わらないでしょう。変化したのはむしろ量販店の方々のエイサーに対する意識。販売パートナーは、エイサーブランドのPCを昨年度は“おつき合い”程度な感じで、本気で担いでいるパートナーはチラホラでした。ただ、今年度は「エイサーは本気だ!」という認識をたくさんの量販店にもってもらえ、取扱量を増やしてくれている状況です。
──製品開発についてテコ入れは。日本人のニーズにマッチしたモデルを投入する必要性もあるのではないでしょうか。
セン 「シンプルなPCを提供する」という点はこの先も徹底していきたい。それを続けながら、トレンドに合った新モデルを投入していきます。最近の日本のユーザーのトレンドを意識したモデルの投入ももちろん考えていますよ。今社内で議論が進んでいるのは、軽くて安いPCです。アスーステックコンピュータさんが市場投入している領域の、超小型軽量でしかも価格が安いモデルを年内の後半に投入する予定です。日本のユーザーニーズも少しずつ変化しています。日本の方々に合ったモデルを随時投入していきます。
──あまり取り組んでいない印象がある法人市場については、今年度、動きはありませんか。
セン 昨年度の売上高で言えば、コンシューマ向け製品の売上高が全体の92%を占め、残りのわずか8%が法人向け製品。法人市場はまだまだ未開拓の領域と言ってよいでしょう。
ただ、法人市場についても今年度から本格的にチャレンジします。今年度に全売上高のうち法人向けビジネスが占める比率を30%にする目標を掲げています。この市場についても、個人向けの商流づくりで協力している2社と販売戦略を練っている最中です。個人、法人問わず、今年度から本格的に日本エイサーは動き出します。
My favorite 2000年に友人からもらった掛け軸。それ以来職場に必ず飾っている。「困難を恐れずに常に高い志をもって挑戦する」という意味。作者は不明という
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本エイサーに籍を移したのは1998年だが、日本でのビジネスキャリアは90年から。約20年間日本で仕事している。「商売が一番難しい日本で成功すれば、その後はどこでもやっていけるはず」と考えたからだった。その当時、日本は開拓が困難な市場とみられていたようで、友人からは「日本市場にチャレンジするなんてとんでもない」と言われたとか。
ただ、「厳しい市場で自分を試したい」という気持ちのほかに、日本で働く理由は日本人の性格に魅せられた部分も影響したようだ。「映画のラストサムライで描かれているような、日本人の勤勉で誠実な姿勢がすごく好き。自分の性格に合っているのかな。だから長くやれている気もする」。
エイサーでの在籍期間は10年。乏しい投資と人員ながらも黒字化を続けてきたその実績と姿勢は、セン社長が語る日本人の特徴と酷似する。(鈎)
プロフィール
ボブ・セン
(ボブ・セン)1968年9月4日、台湾生まれ。90年にビジネスマンとして来日し、95年に専修大学商学部商業学科を卒業。日系企業でプロダクトマネジメント業務に従事した後、98年に日本エイサー入社。02年、事業本部長。03年2月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
日本エイサーは台湾に本社を置くエイサーの日本法人で1988年2月に設立された。デスクトップおよびノートPCと、液晶およびCRTモニタの販売を手がける。ノートPCでは自動車メーカーのフェラーリと共同でデザインした「Ferrari1005」をリリースするなどデザイン性にこだわったモデルが特徴。
台湾エイサーは07年12月、PCメーカーの米ゲートウェイ買収を完了。米デルや米ヒューレット・パッカード(HP)、中国レノボに匹敵するPCメーカーに変貌した。
調査会社の米IDCが4月下旬に発表したレポートによると、台湾エイサーの08年1-3月(欧州、中東、アフリカ地域)のシェアは、15.4%で米HPに次いで2位となっている。昨年同期と比較したエイサーの成長率は55.1%であり、同業他社と比較して最も高くなっている。