米ベリサインは昨年11月に「原点回帰」の戦略を発表した。SSLサーバ証明書事業、DNS(ドメイン ネーム サービス)事業、ID保護サービスであるVIP(ベリサイン アイデンティティ プロテクション)事業の3事業に集約を掲げ、グローバルで変革期を迎えている。一方、日本法人でも今年3月に代表取締役が交代し、本社のジェームズ・ビゾス会長が日本で会長職を兼務。社長職が空席となっていた。そんななか、今年6月、古市克典氏が社長兼COOに就任した。古市氏抜擢の意図、そして日本ベリサインが目指す方向について聞いた。
変革期に適した人材抜擢「特別な3資質」がキーに
──今回の来日の目的を。
ビゾス これまで8か月の間に6回、日本に来ています。今回は新社長が就任したタイミングですので、取締役会にも参加しますし、日本法人の社員の皆さんとも直接お話しする機会も設けています。社員やお客様と緊密なコミュニケーションをとって、現状を直接レビューしたいと思い、来日しました。
──6月に古市新社長が就任されました。新社長を選定されたのはビゾス会長ご自身ですね。社長のどんな能力を評価しての抜擢だったのでしょうか。
ビゾス さっき、8か月間で6回来日したと言いましたが、そのうち4回の来日機会に面接を行いました。選考過程では100枚以上、いや数百枚といっていい候補者のレジュメに目を通しました。最終的に面接しただけでも30人にのぼります。ベリサインジャパンが発展するためのアイデアや考え方に基づいて、ふさわしい人物像を描き出し、選考を続けてきました。時間は少しかかってしまいましたが、最終的に本当にこの人なら、という方を採用することができた。「社長」なので、当然ながら経営やビジネスの基本的な能力がなければなりませんが、古市さんは要求レベルを備えていました。例えば、ロンドン大学経営大学院でMBAを取得したこと。また職歴で言うと、NTTに約10年、日本ルーセント・テクノロジー(現日本アルカテル・ルーセント)も経験しています。ただ、こうした背景を持っている方はたくさんいるでしょう。結局、私が望む特別な能力を持っているかどうかが焦点になりました。
──特別な能力といいますと。
ビゾス それを聞いてくれると思っていました(笑)。持っていてほしい特別な資質は3つです。1つ目は著名なコンサルティング企業のパートナー職としての経歴があること。ベリサインジャパンは次の大きなステップを踏み出す入口にあり、会社全体の仕組みを構築していくことを考えると、多岐にわたる企業へのコンサルティング実績が生きてきます。
2つ目はベリサインジャパンのビジョンですね。選考過程でさまざまな方とお会いして私がこの会社のビジョンをお話しすると「なるほど、すばらしいですね。私も賛同します」というふうに、受け入れる「だけ」の人はたくさんいた。そうではなくて、ビジョンを積極的に受け入れて、さらに大きく成長させることのできる人材を求めていました。
最後は理念です。企業が成功するための重要な鍵は、勤務している社員をしっかりとリスペクトして、仕事する環境を構築できるかということです。それらに加えて私と波長が合ったということもあります。基本能力、特別な資質を踏まえ、古市さんが適材でした。
生まれ変わる「日本の会社」他社との戦略的提携体制を
──日本法人のトップとして旗振りをされた、ここ2─3か月を振り返ってみていかがでしたか。
ビゾス グローバルでの課題でいえば、いろいろな観点から取り組んでいかないといけないと思う。とりわけ顧客、事業環境はしっかり観察し研究しないといけない。日本市場だけで言うと……そうですね、イーコマースを例にとってみると、ハンドヘルド型(携帯型)のデバイスでイーコマースを展開しているのが特徴だと思います。で、こういった日本特有の特徴をとらえるためには「日本企業」にならねばならない。そこで日本市場のことが分かる日本人社長を迎えて、ベリサインジャパンは「日本企業」にならないと、ニーズが取り込めないと考えたのです。
──ビゾス会長の考える新しいベリサインジャパン像とは。
ビゾス ベリサインジャパンは大きな変革の岐路に立っています。以前は米国ベリサインインクの製品の、いわゆる「リセラー」としての意味合いが強かった。今後は「日本の会社」として生まれ変わり、より戦略的な視点を持って活動していくことが必要になります。とくに対応しなければならないのはサイバーソサイエティです。これは急激に変化している社会と考えていいでしょう。そのなかで、ベリサインジャパン自身が持っているテクノロジーを独自に提供していくのではなく、他のベンダーなどのテクノロジーや製品、サービスと統合して展開するような、戦略的なアライアンスを組める体制を敷き、推進していくことは不可欠です。そうなると市場に対してこれまで以上に調査、分析が要求されます。
──以前、別のインタビューの際には、確か日本の通信事業者、メーカーの名前を出し、認証の技術を製品などに組み込んでもらいたいという話を聞きました。
ビゾス 96年に私がRSAジャパン(現RSAセキュリティ)を立ち上げた時にも、上場企業でありませんでしたので、今と置かれている立場は違いますが、日本のいくつかのベンダーさんと出資を含めたアライアンスを組みました。米国では、ツールを提供し、マイクロソフト、ネットスケープなどの製品に組み込んでもらうという戦略的提携は成功しました。今回はRSAではなく、ベリサインのブランドで同じことを展開していこうとしています。
──技術を各製品、サービスなどに組み込んでいくとなると、ベリサインは完全にバックヤードになるのでしょうか。
ビゾス 基本的なテクノロジーは見えませんが、ブランド自体は前面に出していくことになるでしょう。なぜかというと「必要だから」。インターネットショッピングの例を見てみると、じゃあこれを買おうか、とショッピングカートに入れる。いざ実際に決済する時に、決済画面にセキュアドシール(シールをクリックするとサイト運営者の実在やSSL暗号化による情報保護を証明する)が表示されているか、されていないかで、実際に決済に行くパーセンテージがまったく違います。シールを出すことによって、決済途中でドロップアウトする確率を激減させる効力がありますから。組み込まれるとテクノロジーは見えませんが、ブランドについては前面に出して展開していきたい。
──今年から1─2年程度での短期的な動きについて教えてください。
ビゾス これは日本法人が上場企業ですから、証券取引上の問題に抵触する可能性もあるので言えません。(古市社長のように)非常に優秀な人材にも恵まれたので、今後順調に成長できるでしょう。「もし変革をしていきたければ、今ある自分を忘れなければいけない」という言葉があります。日本法人が「変革期」であることは間違いありません。目下の課題はこの大きな岐路に立つ日本法人をスムーズに新しい体制に移行させていくこと。これに集中する必要があります。
──今後会長の日本法人における役割は。
ビゾス 代表取締役については古市さんに委譲するようになるでしょう。それでも取締役の一人として、取締役会や毎年の株主総会には参加します。また、週次で古市さんとは会社の問題についてレビューを行っていきたいと考えています。これには私自身の思惑もあります。日本の通信インフラの現状は新興国も含め、他の国の5年から10年先行しています。日本で発生していることをつぶさに解析していけば、今後世界の国々で発生することを先読みできるのです。日本との関わりを持ちながら、勉強し続けていきたい。
──そうなると、日本法人はグローバルで最も重要な拠点になりそうですね。
ビゾス そうなってほしいし、必ずそうなってくれると信じています。
My favorite 万年筆も時計もたくさん持っているが、メモ帳はこれ一筋。同じタイプの予備も持っている。メモ帳2冊と中身のノートも合わせて10ドルしなかった。スピーチの時も、ビル・クリントン元大統領との面会でも活躍した、どんなものにも勝る「ブレーン」だ
眼光紙背 ~取材を終えて~
実は今春、米国へ出張した際に1度お目にかかっている。他媒体の記者も一緒のグループインタビューで、その時には一言も言葉を交わさなかった。今回の「KEY PERSON」インタビュー当日、ビゾス会長が部屋に入ってきた際に、これしか英語のフレーズが話せないというのも実はあるのだが、名刺を差し出し、「Nice to meet you」と挨拶した。ところが「以前お会いしましたよね、あの時は部屋の左隅に座っていた…」と座っていた場所までずばり言い当てられてしまい、驚嘆した。
日本法人の社長人事について、「妥協したくなかった」と数百のレジュメに目を通し、自ら候補者に会って選考する姿勢。また、「日本の会社」として市場を理解している日本人社長でなければニーズを汲み取ることができないというスタンスには、並々ならぬ日本への熱い思いを感じることができた。(環)
プロフィール
ジェームズ・ビゾス
(ジェームズ ビゾス)1955年3月21日、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国出身。1986年2月米RSAデータ・セキュリティ(現米RSAセキュリティ)社長兼CEO。95年4月、米ベリサイン創業、初代社長兼CEOおよび会長に就任。97年3月日本ベリサイン取締役。99年RSAセキュリティ副会長。07年8月米ベリサイン会長を経て、08年3月より日本ベリサイン会長を兼務する。
会社紹介
米ベリサインは1995年4月の創業。電子証明書発行サービス、認証局構築のアウトソーシングサービス、ドメイン名登録サービスなどを手がけている。世界に13台あるルートサーバのうちの2台を運用し、「.com」「.net」「.tv」のドメインを管理している。グローバルで約4000人の従業員を抱える。近年は事業の多角化をすすめ、のべ48社ほどの買収を行ってきたが、昨年11月に「原点回帰」の戦略を発表し、本業であるセキュリティ・インフラに軌道修正した。事業をSSLサーバー証明書事業、ドメインを管理するDNS(ドメイン ネーム サービス)事業、ID保護サービスであるVIP(ベリサイン アイデンティティ プロテクション)事業の3つに集約するなど変革期を迎えている。売上高は約15億ドル(07年12月期)。日本法人は米ベリサインの子会社として96年に設立され、03年11月に東証マザーズに上場。売上高は84億4400万円(07年12月期)。