日本AMDの社長に、同社で20年にわたって実績をあげてきた吉沢俊介氏が就任した。吉沢氏は、IT業界で知らない人はいないほどの人物。今後、どのように日本AMDを成長させるかは気になるところだ。「自社の強みを発揮し、バリューを提供する」。このコンセプトのもとに、どのような戦略を描いているのか聞いた。
佐相彰彦●取材/文 大星直輝●写真
社員が能力引き出す環境へ 市場ではユニークな存在に
──(20年以上と)長く日本AMDに在籍し、マーケティング畑から社長に就任されたわけですが、心境の変化はありますか。
吉沢 当社でマーケティング職に長く従事していたため、戦略立案などには自信があるのですが、確かに社長職は違いますね。
──違うと感じていることは何ですか。
吉沢 ありきたりですが、やはりトップとしての責任感は大きなプレッシャーになりますよ(笑)。しかし、当社や業界でこれまで多くのことを学んできた。その経験を生かし、私の価値を発揮すれば上手くいくんじゃないかな。しかも、当社には優秀な社員が揃っている。そこで、私の役目は仕事を「こうやれ!」だの「ああやれ!」だのと、とやかく命令することではない。社員が力を存分に発揮できる環境を作っていくことなのです。これが会社自体の成長にもつながると確信しています。
──社員が力を発揮するために必要なことは何でしょう。
吉沢 二つあります。まず、米国本社と日本法人を一段と密接にすること。本社が、サポートを含めていかに日本に対して投資するかがカギになってくるといえます。
これは、結果的にお客様にバリューを提供することにつながります。必要なのは、当社がお客様に対して何ができるか。これまで以上に、当社を理解してもらうような取り組みに力を入れていきたいと考えています。
──顧客に対するバリューの提供とは、どのようなものですか。
吉沢 当社の特徴を最大限に生かしたビジネスを手がけていくということです。これまで、当社はCPUというイメージが強かった。もちろんCPU事業を今後も伸ばしていきますが、CPU中心のビジネスだけでなく、さまざまな角度から展開していきます。
──具体的には。
吉沢 当社は、ATIを買収したことでグラフィックス分野に参入しています。これにより、非常にユニークな存在になった。CPUとグラフィックスの両市場は特異で、CPUでインテルと当社、グラフィックスでエヌビディアと当社といった、いわゆる2社でシェアを確保している市場なのです。この二つの寡占市場で上位にいることは大きい。というのも、当社サイドからいえば、インテルはグラフィックスを持っておらず、一方でエヌビディアはCPUを持っていない。二つの技術を生かした総合力でお客さんに対してバリューを提供できるのです。
──統合した製品を提供すると?
吉沢 その通りです。CPU、グラフィックスの各領域で、差別化を図った製品を出すのもいいとは思いますが、一方で一つの分野での技術追求はコモディティ(日常品)化しやすい。実際、他社には真似できない統合製品で差別化を図りたいと話を持ちかけてくるベンダーは数多く存在します。当社は、ベンダーの差別化にも貢献できると確信しているのです。
──統合製品の具現化はいつですか。
吉沢 新しいプロセッサとしてコードネーム「Fusion(フュージョン)」を開発中で、2010年には市場投入できる計画です。
──インテルとエヌビディアが持っていないものを持っているということは、この2社との協業なども考えられる、と。
吉沢 直接的な協業は今後もないとは思いますが、ワークステーションでインテルのCPUと当社のグラフィックスを組み合わせた製品ニーズが実際にありました。そういった点では、製品面において競合であり協業であり、というケースも出てくるのではないでしょうか。
──サーバー向けの新プロセッサ「Shanghai(シャンハイ=コードネーム)」を出しました。これにはどのような期待をかけていますか。
吉沢 先進の45nm(ナノメートル)プロセスを採用したため、サーバーメーカー各社が非常に興味を持っている。そういった点では、大きな期待をかけています。目標に掲げるサーバー向けCPUでのシェア20%を来年には達成できると見込んでいます。
個人市場で映像との親和性を、パソコンの需要増につなげる
──コンシューマ向け事業の現状はいかがでしょう。
吉沢 この分野では、今まさに映像ニーズが高まっています。そこで、今年3月から当社のCPUで実現できるHD(ハイディフィニション:高精細)ソリューションとして「AMD HD! エクスペリエンス」を提供しています。
──“ソリューション”ですか。
吉沢 実際には、当社から提供するのはコンセプト的な意味合いが強いといえますが、要するにパソコンとHDをつなげるために打ち出しました。パソコンメーカーや周辺機器メーカー、AV(音響・映像)関連機器メーカーなどに賛同してもらい、ユーザーに対してパソコンで何ができるのかを提案していくというものです。協業パートナーは増えており、9月末時点で37社に達しました。
この取り組みによる効果については、個人向けパソコンの買い替え需要増が挙げられます。現段階では、映像関連でパソコンを活用しているユーザーは、まだまだ少ない。一方、デジタル映像は劇的に増えている。そのなかでパソコンのメリットを改めて訴えていく。これが、市場を活性化させると考えています。
──実際に、効果は出ていますか。
吉沢 効果については今年の冬商戦をみてからでしょうね。ただ、すでに家電量販店さんのなかには、ユーザーに分かりやすいようにデモコーナーを設置するケースも出てきています。
──これまで“テレパソ”などと称して、映像関連機能を搭載したパソコンがメーカーから出てきましたが、浸透したとはいえなかった。はたして、映像系でパソコンを使うということが一般的になるでしょうか?
吉沢 だからこそ、今後は映像編集の容易性や映像コンテンツの保存にパソコンが適しているという、本来の機能を訴えていくことがリプレースを促すカギと考えています。当社がHDとの協調性を実現できるのも、グラフィックス関連のATIを買収したからです。当社のビジネス拡大のためといえば、その通りですが、ユーザーが抱えるデジタル映像のデータ量が増え続けるなかで、パソコンと映像の親和性が高いことを再認識してもらわなければなりません。
今、市場ではシンプルな機能のUMPC(ウルトラモバイルPC)が登場して買い増し需要が増えていますよね。実は、注目しているんです。これに、もう一つの用途として映像編集が加われば、一段と盛り上がるのではないでしょうか。
──コンシューマ市場ではパソコン需要を掘り起こせる可能性が出てきていますが、法人向けパソコンについてはどのように捉えていますか。
吉沢 パソコンメーカーさんから厳しい状況という話を聞いています。ただ、その代わり、仮想化やグリーンITという観点でニーズが高まっている。現段階ではシステム面が中心ですが、いずれクライアント端末でも、とくにグリーンIT化の傾向が高まってきます。需要掘り起こしの可能性が出てくると確信しています。
My favorite イベントなどで着用したシャツをピックアップした。「Am386」など、長く業界に携わっていれば懐かしさがこみ上げてくる。それにしても、10年以上も前のシャツなのに綺麗なまま。「妻に見つかると捨てられてしまうので、分からないように、これまで隠しておいた(笑)」のだとか
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本AMDのマーケティング担当だった時代は、記者会見で登壇すると必ずと言っていいほど競合他社であるインテルに対する優位性をアピールしていた。「うちのほうが優れている」と。まるで“火事と喧嘩は江戸の華”。記者会見は、常に記者たちにとって興味ある内容だったと記憶している。
日本AMDはCPU市場でインテルよりもシェアが低いのが実状だ。にもかかわらず、競合と比較できるのは自社の製品に絶対の自信を持っているからといえよう。「AMDとともにIT業界を歩いてきた」。この言葉に吉沢氏の長年培った経験の“重み”が伝わってくる。AMDを支えてきた“女房役”が、今後は“大黒柱”としてどのような戦略を立てていくのか、注目を集める。
「マーケティングと社長職は異なるね」という。そうであっても、記者を楽しませる会見を続けていって欲しい。(郁)
プロフィール
吉沢 俊介
(よしざわ しゅんすけ)1956年3月13日生まれ。79年3月、一橋大学商学部卒業後、同年4月に三菱石油入社。86年1月、マーケティングサービス課長として日本AMDに入社。<P>代理店営業やチャネルマーケティングなどを経て、99年に取締役、06年に取締役マーケティング本部長を歴任。08年7月、代表取締役副社長、08年10月に代表取締役社長に就任する。
会社紹介
国内CPU市場でインテルとの競争を続ける日本AMDは、2006年にグラフィックス関連メーカーのATIを買収し、大きな転換を果たした。CPUだけでなく、グラフィックスを組み合わせたビジネスで他社との差別化を図っている。2010年には、CPUとグラフィックスの統合製品を発売する計画だ。
このほど発売した業界初となる45nmのCPU(Shanghai=コードネーム)は、複数のOSと高い処理能力を要求されるアプリケーションに対応している点で注目を集めている。当面は、サーバーのリプレースが進むデータセンター市場で、同CPUを搭載したサーバーのニーズが高まる可能性が高いといえそうだ。