情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)は、国内情報サービス産業の競争力を阻害する高コスト体質にメスを入れる。ソフトウェアの用途に合った品質をコントロールすることで、オーバークォリティ(過剰品質)に基因するコスト増を抑制。ITシステムへの信頼度を示す“ディペンダビリティ”を切り口とし、これにソフトウェアエンジニアリングの手法を用いてコストの適正化を図ろうというものだ。ITシステムの信頼性やベンダーの収益力を大きく左右する重要領域である。今年1月にSEC長に就任した松田晃一所長に話を聞いた。
安藤章司●取材/文 大星直輝●写真
日本の強みをより伸ばす
──今年からSEC所長に就任されたわけですが、ここでSECの実績を簡単に総括していただけますか。
松田 2004年10月にIPA内にSECが発足して5年目、いちばんの実績は、日本のソフトウェア工学における研究や意見交換の場を提供できたことだと思います。ソフトウェア工学は、学問的なイメージが強く、現業の方々との間に溝があったんですね。SECにはこれまで産学合わせてざっと500人余りの人が足を運び、さまざまな知見を共有してきました。学界と産業界の橋渡しができたと自負しています。
──技術面ではどうでしょう。
松田 定量マネジメント領域では一定の成果を得ることができたと思っています。ソフトウェア開発を定量的なデータに基づいて測定する仕組みです。何かを管理し、制御しようとしたら、まず全体像から把握しなければなりません。測れないものは制御できないですからね。昨年末までSEC長を務めた鶴保(征城)さんは、私と同じ電電公社(現NTT)出身で、古くからの仕事仲間です。だから、彼のやりたかったことも分かるし、SECがまだ道半ばであることも承知しています。昔の仕事仲間を贔屓(ひいき)するわけではないですが、それでも定量的な管理手法の基盤を確立できたことは、SECの技術的側面における成果の一つです。
──松田さんの代になって、最も力を入れていきたいことは何ですか。
松田 これまでの研究テーマを引き継ぎつつ、ソフトウェアの「ディペンダビリティ(信頼性)」についての領域をもっと掘り下げていきたい。社会インフラを支えるソフトの信頼性や安全性は、以前から唱えられてきましたが、これはシステムベンダーから見た視点なんですね。ディペンダビリティとは、ユーザーがソフトやシステムにどれだけディペンドできるかという観点。ユーザーは、あらかじめディペンダビリティの度合いを決めて、これに基づいた設計や対価をベンダーに支払う。信頼性ばかりを追求しすぎると、納期は長くなるし、コストもかかり、日本のITシステム開発は非常に効率の悪いものになってしまうんです。
──なぜ今、ディペンダビリティなのですか。
松田 日本の得意分野をより伸ばすのが狙いです。国際的に見て、日本のソフトウェアの品質は決して劣っていません。システムを新しくつくり、稼働後1年間でどれだけのバグが顕在化するかを追跡した調査があるのですが、米国ではプログラム1000行のうち0.4件の発現率、日本は同0.02件で、ざっと20分の1なんですね。
日本ではユーザーの目が厳しいし、「バグはないのがあたりまえ」という無謬(むびゅう)性をベンダーに求める傾向がとても強い。ベンダーもユーザーのこうした要望に必死で応えようとしますので、開発に時間とコストがかかりすぎて、採算性も悪くなる。人命に関わるような重要システムではバグの存在は許されませんが、世の中を見渡してみると実はそんな重要システムはそれほど多くないんです。過剰な品質を追い求めるあまり、逆に国際競争力を落としかねない。
だったら、ディペンダビリティをソフトウェア工学の切り口で研究し、必要に応じた適正な品質管理の手法を確立させようと考えたわけです。製造業を例に挙げるまでもなく、日本は品質管理でキラリと光るものをもっている。ソフト開発の領域においても、少し手を加えるだけで競争力が、ぐんと高まるはずです。
現状のオフショア開発は、人件費が低いから、安くできる。技術が優れているわけではない。ディペンダビリティでは、品質制御の技術でコストを下げる。
[次のページ]