フロント機器を生み出す
──全国展開するカシオ情報機器のノウハウを生かし、中小・零細企業に対し、どのようにサービス化していきますか。
前田 そこは逆に、いままでわれわれがやってきたことをやればいいだけ。新たなことをやるわけではない。「楽一」が経産省に表彰された理由でもありますが、全国均一で「売り方の窓口」や「相談窓口」「インストールのやり方」などを長年展開してきました。そこがキーでしょう。経産省も「地域密着型」で「出前型」の仕組みが重要性を増すと見ています。
ですから、機器のネットワーク化が進めば進むほど、逆説的にIT導入に馴染みの薄い企業に対し、「使い方」などで「ヒト」が介在してあげられる部分が必要不可欠なことを、あえて言いたいんです。
──サービスが中小・零細企業にやってくるからといって、空からサービスが降ってくるわけではないということですね。
前田 そうなんです、そうなんです。「ヒト」がお邪魔して、ユーザー企業に対して“泥臭く”接することが必要。だからこそ「お客様の電算室」を肩代わりしましょうということなんです。実態としては、「楽一」を導入してネットワークをつなぐ作業などをしますが、経営者がITに関して求める部分はいっぱい出てくる。そこをお手伝いするんです。
──今後、どのようにサービスを提供していきますか。
前田 従来のITは「バックオフィス」を中心に、これが進化したITを含めたモノでした。これからは「フロントオフィス」に進むべきでしょう。経営者に投資対効果が見えやすいからです。とはいえ、われわれのスタンスとして「カシオ計算機」というブランドもあります。
格好良く言えば、「フロントオフィス」という表現ではなく、内心では、世界に冠たるカシオ計算機のデジタル技術をもっと生かしたビジネスをすべきとも考える。親会社の研究所で開発される新たな要素技術を使った端末の開発や、耐久性の高い腕時計「G─SHOCK」の技術を使ったビジネス用途の情報端末ができるはずです。こうした機器を使って、これにサービスを絡めて商品化できれば、というアイデアは生まれています。
──コンシューマ機器とビジネス機器の融合という点で、そうした展開はとても興味深いですね。
前田 カシオ計算機は、デジカメや時計などデジタル機器を製品化し、販売しています。これらの製品技術をうまく利用して「バックオフィス」から「フロントオフィス」に向けた「モバイル・ソリューション」といったことに使う情報端末を、親会社と一緒にやっています。
──その際にカシオ情報機器の全国網が生きてくるわけですね。
前田 その通りです。そういう新しい製品ができたとしても、使い方や運用、利用した場合の効果測定を含めると、より当社の全国網を使った人的な運用・サービスが不可欠になるんですよ。
──ところで、「楽一」はハード・ソフト一体型で筐体も独自のモノを採用していますが、パソコンが広く普及すればするほど、他システムとの連携性に気を配るべきではないでしょうか。
前田 中小・零細企業は、機器だけでなく運用なども含め、全部やってあげなければ満足しない。すでに、多くのユーザー企業にパソコンが入っていますから、これを否定して、何が何でも「楽一」の導入を勧めるのではなく、すでにあるパソコンを「楽一化しましょう」と提案する。
「楽一」でしか使えなかった元帳や帳票などの機能をリモートで使えるようにし、新たにパソコンを購入せず、既存パソコンをリモート端末として使う。「楽一」の長所を残しつつ、他システムとの連携する方法を考えていこうとしています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本の中小・零細企業は、世界に比べてIT化率が低い。この国家的な課題に真正面から取り組むのがカシオ情報機器といっても過言ではない。前田憲一社長は、企画、開発、営業のすべてを熟知しており、中小・零細企業の悩みを知る代表者として、先陣を切って「本当に使える道具(IT)」を探求し続けている。
そこで生まれたのが、自らも企画・開発に携わった独自製品「楽一」だ。「楽一」には「課題が山ほどある」と謙遜する。それでも、中小・零細企業に根づく業務フローを変えることなくIT化できるIT機器としてヒットした。「提案から運用、教育まで全国の営業網を生かしてサポートしてきた」と、“泥臭い”サポート活動こそがIT化率を上げる近道と言いたげだ。
受け答えは、軽妙だ。自らが率いる会社に絶対の自信をもっている心意気が伝わった。SaaS/ASPへの備えが今後の課題で、どう舵取りをするか注目したい。(吾)
プロフィール
前田 憲一
(まえだ けんいち)1948年12月、奈良県生まれ。71年、大阪電気通信大学卒業。同年、カシオ計算機に入社。92年4月、カシオ情報機器の設立に伴い、事務処理専用機器「楽一」事業の立ち上げに従事。企画、開発、営業のすべての担当部署で統轄責任者を歴任した。2002年4月に同社代表取締役社長に就任。
会社紹介
カシオ情報機器は1992年4月、カシオ計算機のグループ子会社として設立された。同年には、主力機器となる事務処理専用機器「楽一」を発売するなど、電子計算機や事務用機器、情報処理業務に関する消耗品などを販売展開している。全国13か所に販売・サポート網がある。中小・零細企業の一般オフィス向け「バックオフィス」機器販売・サポートに長けているほか、健康医療やフィットネス、健保組合、動物病院など特化分野を得意領域としている。公表されている業績は、2008年度(09年3月期)の売上高153億3100万円。