中期計画の完遂が仕事
──IPAは、2008年3月に定めた第二期の5か年計画を進めている最中ですね。この内容について、藤江理事長はどう捉えておられますか。
藤江 いま推進している中期計画は、その当時の幹部が真剣に議論して決めた内容。就任して間もない私が、とやかく口を挟むことではありません。ただ、一つ申し上げるとしたら、この内容は非常によくできているといいますか、どれも必要な事業であるということです。私のミッションは、この計画を完遂するために必要な環境を職員に用意すること、そして広く国民に知ってもらうことだと思っています。
──では、例えば今、中期計画を立案する立場にあるとしたら、藤江さんはどのような内容を盛り込みたいと考えますか?
藤江 “ジャストアイデア”ですが、日本がもつヘルスケア関連や環境関連のIT技術は、世界でもりっぱに通用するものだと確信しています。中期計画で定めた内容は大切ですが、5年間という長期スパンのなかでは、フレキシブルに対応しなければならないものも出てくると思います。ですから、政府と歩調を合わせながら、こうした新たな成長分野に対する支援もできればと思っています。
──IPAが定める三つのミッションの一つに「国際競争力の強化」があります。中国やインドが猛烈な勢いでITスキルを高めている印象があるなかで、日本のソフト開発会社は、現状のままで大丈夫なのか、という不安を感じます。一方で、地方のソフト開発会社が育たないという問題もあります。
藤江 日本の国際競争力は十分にあると認識しており、悲観する必要はまったくないと思います。また、日本の通信環境は主要商圏だけでなく、全国を網羅する形で整備されています。ソフト産業は、ネット越しに仕事できますから、他業界よりも、むしろ地方での産業活性化を図りやすいはずです。大切なことは、「世界がどう、地方だからどう」というのではなく、自分たちがどの領域で勝つか、そのために必要なITスキルは何かを定め、育成することです。それがない企業は淘汰されるはずです。
──IPAとしては、IT人材の育成を支援する体制ができている、と。
藤江 さまざまな形で支援プログラムを用意していますよ。基本的なIT技術を、よりたくさんの人に身につけてもらうものとして「ITパスポート試験」がありますし、少し高度な知識を身につけたい人向けには、「情報処理技術者試験」がある。そして、スーパークリエイターというか、超優秀なIT技術者を発掘するための「未踏IT人材発掘・育成事業」もあります。
全体のスキルを高めながら、優秀なIT技術者には英才教育を施す。どちらも欠けてはまずいですから、この事業は継続・強化していきたいと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
このインタビューを行ったのは8月4日。藤江一正氏が理事長に就任してまだ1か月程度で、しかも急遽決まったにもかかわらず、IPAが手がける事業を熟知されていることに驚いた。大所帯のNECとは異なり、200人弱の中規模な組織を束ねることを楽しんでいるようにもみえた。
物腰が柔らかく気さくで、前任の西垣浩司氏とはひと味違う雰囲気を漂わせる藤江理事長。まずは「5か年の中期経営計画で定めた内容を完遂することが私の仕事」と強調したが、自身がやりたいことやアイデアがあるようにも感じとれた。
初の民間企業出身者として西垣前理事長は「ITパスポート試験」と呼ばれる新資格制度を立ち上げた。藤江理事長はきっと、現在の中期計画の遂行だけでは満足しないはず。早々とIPAを理解し、アイデアマンの藤江理事長が新たに立案する施策が楽しみだ。(鈎)
プロフィール
藤江 一正
1944年7月18日生まれ、67年3月、慶應義塾大学商学部卒業。同年4月、日本電気入社。89年3月、防衛システム営業部長。91年7月、第三防衛営業部長。93年6月、第一官庁営業部長。94年7月、官公企画室長。98年6月、取締役。00年4月、執行役員常務。02年4月、執行役員常務兼NECネットワークス・カンパニー副社長。05年3月、取締役執行役員常務。06年4月、代表取締役執行役員副社長。08年6月、特別顧問。2010年7月1日、独立行政法人の情報処理推進機構(IPA)理事長に就任。
会社紹介
情報処理推進機構(IPA)は経済産業省の外郭団体として誕生し、2004年1月に独立行政法人化された。「ITの安全性・信頼性確保」「国際競争力の強化」「高度IT人材の育成」を事業目的に据え、情報セキュリティ対策やIT人材育成制度の推進、オープンソースソフトウェア(OSS)やソフトウェアエンジニアリング関連の調査・研究を進める。