2010年10月1日、富士通ビジネスシステム(FJB)は富士通マーケティング(FJM)に社名を変え、新たなスタートを切る。富士通グループの中堅企業向けビジネスをけん引する企業として生まれ変わるのだ。パートナーとの連携が至上命題だが、そのパートナーからの反発にあい、当初の計画通りに話が進まなかった。紆余曲折を経てたどりついた10月1日。今年4月に社長に就任した古川章氏が、FJMの誕生直前に現在の状況を語った。
新生FJM、10月1日に誕生
──新社名「株式会社富士通マーケティング(通称:FJM)」として、いよいよ2010年10月1日から新たなスタートです。準備は万端ですか?
古川 富士通がグループ全体で中堅企業向けビジネスを伸ばす方針を固め、富士通ビジネスシステム(FJB)にその中核的役割を担わせると発表したのは09年5月のことでした。準備は1年半ほど前から進めていましたからね。
──発表時点ではもう少し早く動き出す計画だったと記憶していますが…。
古川 「新生FJMが中心となって、パートナーとともに中堅企業市場を攻める」。このイメージはあったものの、具体的な方法がなかなか決まらなかった。
──原因はどこにあったのですか?
古川 富士通の既存パートナーとの関係です。従来、パートナーは、富士通と直接連携をとっていました。FJBも富士通のパートナーの1社ですから、他のパートナーと位置づけは同じです。
ですが、今回FJMが誕生することで、中堅企業市場に限っていえば、富士通の下にFJMがいて、その下に富士通の既存パートナーがいる形になります。パートナーからみれば、これまで横並びで火花を散らして戦っていたFJBが、FJMになったら一転、「上に立って支援します」と言ってきたわけです。当然、「本当にできるのか?」という疑心暗鬼の目が強く向けられることになった。これを払しょくするのが大変でした。
──現段階でそれが解決した、と。
古川 方針を発表してから、もう1年半近くが経ちました。ある程度は理解してもらえたと思っています。ただ、FJMが、富士通のパートナー企業の中堅企業向けビジネスをどのようにサポートしていくのかは、実際に行動してパートナーにメリットを感じてもらい、一つひとつステップを踏んでいくしかありません。
パートナーは、企業規模や得意とする分野、強いユーザーの業種などはさまざまです。ひと括りにはできません。それぞれに適合する協業の形があるはずです。「これが支援策です」と提案して、すべてのパートナーに受け入れられるとは思っていません。
私は富士通に籍を置いていた時、地域ビジネスを担当し、鹿児島や静岡、仙台など地方勤務の経験をしています。中堅企業向けビジネスの推進にも携わりました。地方と中堅企業の市場をターゲットに置くパートナーの気持ちや不満、要望は理解しているつもりです。パートナーとのチャネルもある。パートナーの声に応え、丁寧に進めていくしかありません。
富士通の冠が社名に付くか付かないかなんて関係なく、すべての富士通パートナー企業と一緒になって、強い富士通陣営をつくりたいのです。
──「そもそも論」になってしまいますが、FJBを生まれ変わらせるのではなく、富士通の本体に、今回FJMが手がけることになったパートナー支援機能をもたせる選択肢はなかったのですか?
古川 富士通が、自ら中堅企業向けビジネスを強化していたことが過去に何度かありました。ただ、大手企業のユーザーを抱えながら、中堅企業向けビジネスも手がけるのは限界がありました。案件が増えてリソースの取り合いになると、どうしても大手企業に傾いてしまう。これは仕方がない。ですから、ヘッドクォーターの役割を担う組織は富士通とは切り離すことが最適と判断したのです。
FJMに疑心暗鬼なのは分かっている。ただ、協業に近道はない。
丁寧に実績を積み上げて、パートナーの信頼を勝ち取る。
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