自前主義ではなく協業を
──ミクシィは今年度(2011年3月期)、三つの新施策を推進し始めました。その一つに「mixi」のサービスを第三者が活用できるようにする新プラットフォーム「mixi Plugin」「mixi Graph API」の提供がありますね。
笠原 04年にサービスを開始して以来、われわれはすべて自前でサービスを開発してきました。そして08年から他の企業や個人の開発者を巻き込んでサービスをつくり込んでいく方針を打ち出しました。09年に提供を始めた「mixiアプリ」はその代表例です。
──自前主義から一転、アライアンス重視の戦略に方針転換した、と。
笠原 いや、転換ではありません。他社のサービスとの融合は、前々から考えていたので、今それが実現できる時期にきたということです。「mixiアプリ」では、アプリだけでしたが、今回の新プラットフォームでは、個人であっても、企業であっても、「mixi」の機能を活用したウェブサービスを容易に組み込むことができるようになります。ユーザーにとっても、またパートナーにとっても、そしてミクシィにとってもメリットがある仕組みだと考えています。
──重点施策に位置づけた残り二つ、「新広告サービス」と「グローバル展開」について聞かせてください。
笠原 まず広告について。われわれが力を注がなければならないのはサービスの充実であって、あまり言い過ぎてはいけないのですが、現段階では収益化は二の次なんですね。今後本格的にライバル関係になるとみている「Facebook」などの海外ベンダーも、今は積極的に投資している時期です。われわれもサービス強化を先行させていきます。
ただ、そうは言っても、上場会社ですからね、着実に成長しなければなりません。今、ミクシィの全売上高のうち約90%は広告が占めており、広告サービスは直近で進化させなければならないと思っています。
──現状の広告商品には課題があるということですか。
笠原 今、われわれが提供している広告サービスは旧来型の広告だと私は思っています。SNSの特性にマッチしていない……。「mixi」の利用者は、友人や知人とのコミュニケーションを図るためにアクセスします。友達の日記を読みたいとか、知人に情報を発信したいとか。しかし、表示される広告はそのモチベーションに合っていない。要するに、ユーザーを無視しているのです。
具体的なサービスの中身は話せないのですが、イメージをいえば、コミュニケーションのネタとして広告が使えるような、また、広告主にとってはユーザー同士がコミュニケーションしているなかで自然とマーケティングができてしまうような広告を企画している段階です。今年度内には発表するつもりです。
──海外市場での事業展開については? 08年に中国に現地法人を設立していますが、成果はどうですか。
笠原 中国進出のタイミングは遅かったと思います。中国でのSNSの勝者がまだ現れていなかった時で、参入の余地はあったはずなのですが、結果的に競争には勝てませんでした。現地の同業会社に比べると、ユーザーの塊を掴むマーケティングが弱かった。
それでも、「mixi」の影響力を海外でも示したいという気持ちは変わらずにもっていました。そこで、単独ではなく他社との協業を行い、中国のSNS最大手「Renren」、韓国SNS最大手の「Cyword」との提携に踏み切りました。今回の提携では、3社間で共通のソーシャルアプリプラットフォームを開発して、アプリケーションプロバイダが3社のSNSで容易に事業展開するようにします。まずは3社で強い連合体をつくり、その後は他国のSNSとも連携していくつもりです。もし、その地域・国で有力なSNSがない場合は、単独で乗り込むこともあり得ます。いずれにせよ、海外戦略はアジアとか中国とか、地域にこだわってはいません。チャンスがあれば、どこへでも出て行くつもりです。
──中期的な目標を教えてください。
笠原 3~5年後には国内だけでユーザー数を5000万人にまで増やしたいと思っています。日本人のほぼ二人に一人が「mixi」を使ってくれている環境にしたい。そのために、親しい友達とのコミュニケーションスペースとしてだけでなく、家族や職場の同僚とのコミュニケーションの場にもならなければなりません。コミュニケーションをとる人によって提供するサービスも変える必要があるでしょう。そのインフラを、ミクシィだけでなくパートナーと一緒につくるつもりです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
こちらの質問に対して回答までの時間が長く、独特の間で答える。表情は一切変えないし、誇張した表現も使わない。不思議なまでに自然体。それが笠原社長が放つ雰囲気だ。
海外事業について「海外市場での目標ユーザー数は?」と尋ねたら、きっぱりと「わからない」。事業や業績について質問した時、「わからない」と回える経営者は少ない。たとえ明確な答えをもっていなくても、言葉を濁しながら何かしら発言するのが普通だ。笠原社長は違う。あまりにもはっきりそう答えるので、記者は面食らって二の句が告げられなかった。
そんな笠原社長が国内の中期目標については5000万人と言い切った。日本国民のほぼ二人に一人が使う勘定になる、やや無謀ともいえる計画を、飄々として言ってのけた。達成への道のりがみえている証か、それとも記者が勘ぐっているだけか。中期経営計画の最終段階でその達成度合いを取材してみたい。(鈎)
プロフィール
笠原 健治
(かさはら けんじ)1975年大阪府生まれ。東京大学経済学部経営学科卒業。97年に求人情報サイト「Find Job!」を開設し、99年にイー・マーキュリー(06年2月にミクシィに社名変更)を設立。代表取締役に就任する。
会社紹介
1999年6月、イー・マーキュリーを設立し、プレスリリースの配信代行サービスなどを手がけた後、04年2月にSNS「mixi」を開始した。06年2月、ミクシィに社名変更し、同年9月に東京証券取引所マザーズへ株式を上場。10年7月末時点での登録ユーザー数は2102万人で、7月の月間ページビューは297億7000万(PCとモバイルサイトの合計)。08年に中国に現地法人を設立したほか、10年9月10日には中国と韓国の有力SNS運営会社と戦略提携した。