市場の変化はチャンスの宝庫
――業界再編のあおりで独立系SIerが少なくなるなか、“独立系SIerの雄”と位置づけられてきた御社の企業文化は、創業者である野澤宏会長のリーダーシップもあって、たしかに特色があります。
坂下 特色に関してもう一ついわせてもらえれば、当社の俊敏性に言及すべきでしょう。すべての事業部門において現場スタッフの士気が高く、フットワークが非常に軽い。事業改革はしんどい面もありましたが、ここまでかたちにできたのは当社の変化適応能力と、これを実行するスピード感があったからこそです。私はこれまでもある程度会社全体を俯瞰できるポジションにいましたから、身にしみてよくわかります。収益力が高まってきたら、ダウントレンドで切り詰めなければならなかった社員の処遇を改善したいと思っています。また、私自身、50歳でのトップ就任で、少なくとも若さからくるパワーをいかんなく発揮できるという面で、ライバル大手SIerの経営者に負ける気がしません。
――情報サービス市場が大きく様変わりするなか、多様性はひときわ大切なポイントであるように思います。
坂下 変化はチャンスの宝庫です。例えば、クラウドやスマートデバイスが注目を集めていますが、当社は業界に先駆けてGoogle、Microsoft Azure、Amazon、Salesforceの4大パブリッククラウドベンダーと密接な関係を構築してきました。同時に当社グループが運営している東京2か所、横浜、大阪、福岡の計5か所のデータセンター(DC)を活用したプライベートクラウドサービスを拡充するなどして業界をリードしています。スマートデバイスでは、RT(ロボットテクノロジー)をベースとした知能化技術の研究開発で先行しています。
ほかにも再生医療分野では、耳の軟骨からの移植用再生軟骨を長期間保存することに世界で初めて成功し、鼻の再生治療の実用化に見通しをつけることを昨年12月に発表しました。東京・秋葉原の事業所では最新鋭のデジタル映像スタジオとDCを備え、インターネットを通じた映像配信システムやサービスの開発に取り組んでいます。医療分野では、バイオインフォマティクス領域でのビジネス拡大も期待できます。
――先述の組み込み領域がそうであるように、経営戦略上、グローバル対応はもはや欠かすことができない状況にあるわけですが、御社はどう取り組みますか。
坂下 直近では中国有力SIerの東忠集団や、ネット通販システム開発大手の上海商派網絡科技と業務提携を行ったり、組み込みソフト関連で台湾EMSベンダーとの関係を強化するなど、まずは中国を中心とするアジアの成長国でのビジネス拡大を目指します。
中期目標では、2016年3月期に連結売上高を1800億円に拡大し、うち海外関連の売上高は10%へ伸ばすことを想定しています。今期(12年3月期)連結売上高はほぼ前年並の1340億円と底打ちの見込みですので、先ほどの事業構造改革の柱としてお話しした元請け案件(プライム)、プロダクト強化、グローバル展開に加え、グループ間連携による相乗効果の頭文字を合わせた“PPGG”の成長エンジンをフル回転させて、ビジネスを大きく伸ばす考えです。
・お気に入りのビジネスツール 坂下智保社長のお気に入りツールはVERSACE(ヴェルサーチ)のシステム手帳。スマートフォンはもちろん使っているが、「組織図を手書きしたり、ビジネスのアイデアをチャート化することが多い」ので、気軽に書き込むことができる手帳は、いまだに手放せないそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
坂下智保社長が指揮を執る富士ソフトは、俊敏性と多様性を生かしたビジネスを展開していく。創業者としてのカリスマ性を放つ野澤宏会長、百戦錬磨の戦略家である白石晴久前社長から大きく若返ったトップは、「パワーとスピードでPPGGエンジンをフル回転させる」と、成長への強い意志を示す。
“PPGGエンジン”とは、白石前社長が推し進めてきた構造改革の成長軸であるプライムとプロダクト強化、グローバル展開、グループの相乗効果のそれぞれの頭文字をとったものだ。坂下社長は構造改革の成果を業績に結びつける役割を担う。
同社が手がける幅広い事業ポートフォリオは、ややもすれば過去の「頼まれればなんでもやる“頼まれ屋”」(坂下社長)の名残を引きずりがち。だが、これを多様性と捉えて磨き上げれば、他に類をみない強力な競争力を発揮する可能性がある。“独立系SIerの雄”と称されてきた底力が試されている。(寶)
プロフィール
坂下 智保
坂下 智保(さかした さとやす)
1961年、大阪府生まれ。85年、神戸大学経営学部卒業。同年、野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)入社。04年、富士ソフト入社。ソリューション事業本部副本部長。05年、取締役IT事業本部副本部長。06年、取締役IT事業本部長。07年、常務取締役IT事業本部長。10年、常務取締役。11年10月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
富士ソフトの今年度(2012年3月期)の連結売上高は前年度比0.6%減の1340億円、営業利益は同18.6%増の45億円を見込む。ここ4~5年続くダウントレンドに終止符を打ち、業績回復に向けた動きに拍車をかける。中期経営計画では2016年3月期に連結売上高1800億円、営業利益162億円を目指している。