日本のビジネス規模は突出
──ホワイトハースト社長は、日本国内のプライベートイベントなどに合わせて定期的に来日しておられます。日本のユーザーやパートナーに直接触れて、OSSに対する熱をどう感じていらっしゃいますか。 ホワイトハースト 日本市場はグローバルのIT市場のなかでも、とくに高品質を追求する市場です。そういう土台があるがゆえに、OSSのポテンシャルは非常に高いといえます。というのも、ITベンダーが独自の製品を開発するのと比べて、OSSはより幅広い英知を集積した成果になるわけですから、もともと開発段階から品質が担保されているという見方ができます。例えば、1000コードあたりのバグ数を抽出してみると、通常の開発と比べて、OSSで開発したソフトはずっと少ないという結果が出ています。クラウドなど、開発競争が激しい分野では、OSSであることがより生きてくると思います。
──なるほど。レッドハット製品に対する期待ということではどうでしょう。 ホワイトハースト グローバルでも、日本でのビジネス規模は突出しています。米国は、レッドハットの全世界の売り上げの10%強を占めますが、日本もほぼ近い水準に達しています。
──2ケタということですか。一般的な外資系ベンダーに比べて、日本の売上比率がずいぶん高いですね。 ホワイトハースト 品質へのこだわりが強い日本の市場だからこそ、レッドハット製品を採用するユーザーが多いということでしょう。当社は、Linuxでは最も高品質なソリューションを提供していると自負していますが、グローバルのシェアが65%であるのに対し、日本では85%のシェアを獲得しています。非常に象徴的な数字だと思います。
──日本はチャネルパートナー経由のビジネスの割合も高いですね。 ホワイトハースト グローバルでも70%は間接販売ですが、日本は90%以上です。当社の製品は、コスト面でも競争力が高く、ユーザーに提供するソリューションの価格を下げられますので、売りやすいと評価されています。
パートナーは、OSSがどれだけの可能性を秘めているのかを理解されていますが、必ずしも自身でOSSプロジェクトに深く参画できるわけではない。そうなると、さまざまな要望を反映するためにも、レッドハットを頼ることになります。一方で当社は、あくまでもOSSの技術を追求するテクノロジー企業です。ユーザーにOSSを提供する際にビジネスの要素を足してくれるのはパートナーですから、Win-Winの関係にあると考えています。
クラウドの環境に依存しない世界を広げる
──最近はOpenStackディストリビューションへの注力も目立ちます。 ホワイトハースト とくに日本では、ほかの国に比べてOpenStack上で実際に使えるソリューションをすでにつくっているケースが増えています。OpenStackの技術はまだ発展途上ですが、OpenStackが約束している世界観、すなわちベンダーロックインを避けることへの期待が大きいのではないでしょうか。これは、ユーザーだけでなくITベンダーも同じで、成長市場を特定の会社が牛耳るという状況を避けたいと考えているでしょう。
──OpenStackが有望なIaaS基盤であることは確かだと思いますが、IaaS市場はすでにさまざまなサービスが一定のシェアを獲得しています。共存のための方法を考える必要はありませんか。 ホワイトハースト もちろん、あります。そこで重要になるのが、どのインフラ上でもアプリケーションをきちんと活用できる世界を広げることです。その解になるとレッドハットが考えているのが、OpenShiftです。OpenShift上で書いたアプリケーションは、どのインフラでも動きますし、クラウド下にあるアプリケーションをインフラに関係なく一貫して管理できるツールとして、「CloudForms」もすでに提供しています。
──有力なOSSのPaaSには「Cloud Foundry」もありますね。IBMの「Bluemix」など、Cloud FoundryベースのPaaSも注目を集めています。彼らとはどう差異化しますか。 ホワイトハースト Cloud Foundryを主導するEMCやヴイエムウェアをはじめ、このプロジェクトに参画しているのは、独自技術を囲い込みのかたちで販売しているベンダーがほとんどです。そういうベンダーがOSSのプロダクトを提供するという場合に、そこには何らかの意図があるということを忘れてはならないと思います。
レッドハットがやろうとしていることは、OSSのプロジェクトのなかでも、独立系で、成功を収めていて、けん引力があり、支持層が厚いものを発掘して、エンタープライズITに落とし込むことです。だから、OpenShiftのコンテナ技術にはOSSの「Docker」を採用しました。これは非常に多くの開発者が支持・サポートしている技術です。一方で、Cloud Foundryは独自技術の「Warden」を採用しています。
従来のプロプライエタリ企業とはまったく違うコンセプトで、OSSを活用することによって、真の意味でユーザーをベンダーロックインから解放する。それこそが、レッドハットが市場に問うている価値なのです。

‘OSSのプロジェクトのなかでも独立系で、成功を収めていてけん引力があり、支持層が厚いものを発掘していく。’<“KEY PERSON”の愛用品>目指せノーベル賞? スタイラスペンやドライバー機能を備える多機能ペンを肌身離さず持ち歩く。お母さんが、スウェーデン・ストックホルムのノーベル博物館で購入し、プレゼントしてくれたものだそうだ。「母は、僕にノーベル賞を獲ってほしいといまだに期待している」と笑う。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ホワイトハースト氏は、ボストンコンサルティンググループやデルタ航空などで活躍した経歴をもつ「企業経営のプロ」だ。そのため今回のインタビューでは、OSSのビジネスとしてのポテンシャルを深く掘り下げてみたいと考えていた。しかし、そんなこちらの勝手な思惑を吹き飛ばすように滔々と語ってくれたのは、テクノロジーへの熱い思いだった。とくに、OpenStackやOpenShiftの話には力が入った。新しいビジネスの核としての力の入れ具合がみて取れた。
「独自技術で囲い込みをしてきたベンダーとレッドハットは根本的に違う」という趣旨の発言を、インタビュー中に何度も聞いた。こちらの質問に答えるたびにジョークを交えるユーモアの持ち主だが、ここにOSSディストリビューションのリーディングカンパニーとしての矜恃を感じた。
ただし、Cloud Foundryの例に限らず、多くの既存ベンダーがOSSに傾注する姿勢を鮮明にしているのも確か。レッドハットが市場におけるプレゼンスをさらに高めることができるか、予断を許さない。(霞)
プロフィール
ジェームス・ホワイトハースト
ジェームス・ホワイトハースト(James Whitehurst)
米ジョージア州コロンバス出身。ボストンコンサルティンググループ(BCG)パートナーとして、シカゴ、香港、上海、アトランタの事務所で勤務した後、米デルタ航空に移籍。COOなどを務め、販売、顧客サービス、ネットワーク、収益管理、マーケティング、企業戦略など、さまざまな分野の施策を主導した。2008年1月、米レッドハットの社長兼CEOに就任。
会社紹介
世界35か国、85か所以上の拠点をもつオープンソースソフトウェア(OSS)のディストリビュータ最大手。1993年創業。Linuxでは、グローバルで65%のシェアを誇る。サブスクリプション型のビジネスモデルが特徴。近年、IaaS基盤のOpenStackや、PaaSのOpenShiftへの注力も目立つ。2014年会計年度の売上高は、前期比15%増の15億3000万ドル。日本法人は1999年に設立。