経営層に価値を理解してもらう
──セールスフォース・ドットコムやオラクル、IBMなど、大手ベンダーもデジタルマーケティングツールを相次いで日本市場に投入しています。 佐分利 最近、フォレスターリサーチの調査結果が出ましたが、統合型のマーケティングソリューション市場で、「リーダー」という評価をいただきました。Marketing Cloudを構成する個々のソリューションは、買収によってラインアップに加えてきたんですが、アドビはマーケッターの業務フローに沿ったロジックにもとづいて、必要な機能を戦略的に揃えてきました。だから、スイート製品として個々の機能を組み合わせて使う場合の評価が高いんです。もちろん、個々の機能を取り出してみても、顧客基盤が強固なものを選んで買収してきたので、市場の評価は高いですよ。
──製品としてすぐれていることは重要でしょうが、とくに日本では、デジタルマーケティングはまだ市場ができていませんよね。アドビにしても、グローバルでは売り上げの4割をデジタルマーケティング関連が占めるとのことでしたが、日本ではそこまでビジネスが育ちますか。 佐分利 簡単ではないですが、ポテンシャルは非常に大きいです。肌感覚として、大手企業のマーケティング予算は、平均してIT予算の2倍以上はあると思います。それに、マーケティング部門として必要になる人材、スキル、予算組みのあり方は、10年前、20年前と比べて大きく変わりました。欧米では、マーケッターの3人に2人は、全マーケティング予算の3割をITにつぎ込んでいるという調査結果もあります。ちなみにアドビは、7割をデジタルマーケティングに投資しています。
日本は欧米と比べてデジタルマーケティングを採用する動きが遅れていますが、ビジネスはどんどんグローバルになっているわけで、マーケティングのデジタル化がどんどん進んでいくのは間違いない。
──どう売りますか。 佐分利 売り先はIT部門ではありません。マーケッター、そして経営層です。彼らがオーディエンスであるということを意識して、しっかりデジタルマーケティングの効果をプレゼンしていく必要があると思っています。デジタルマーケティングはあくまでも手段ですので、これがどう売り上げに貢献するのか、業種別や企業規模別に、具体的に見せていかなければなりません。アドビには、グローバルの先進事例のデータベースもあり、こうした資産をどんどん活用していきます。
ITベンダーとクリエイティブ系企業の協業も
──アドビのパートナーでもあるアクセンチュアの調査では、日本のCMOはIT投資への関心が薄いという結果も出ています。彼らを振り向かせる秘策はありますか。 佐分利 例えば、インターネットサービスの企業と老舗の製造業企業ではITとマーケティングの距離に差があるのは当然で、これといった必勝パターンはありません。企業ごとにマーケティング投資に関する意思決定の仕組みは違いますから。
ただ、いろいろな指標を駆使して、アドビ独自のロジックで確度の高い案件を選び、優先的に手がけるという戦略は採っています。これはすでに成果を挙げていますね。
また、マーケッターに求められるスキルセットも変わっていると申し上げましたが、マーケティングのサイエンス化が進んでいて、データアナリスト、データサイエンティストの需要が高まっています。当社は、こうした人材の育成も、コンサルティングサービスを通じて支援できますので、大きな差異化要因になると思います。
──パートナーのエコシステムも、従来のIT商材とは違いますね。 佐分利 すでにほとんどの案件にはパートナーが何らかのかたちで関わっていますが、クリエイティブ系の企業とITベンダー、両方がエコシステムに加わっています。ITベンダーにとっては、ビッグデータというトレンドを具体的なソリューションに落とし込んで訴求できる商材です。ただし、ITを語るだけではユーザーに響かないので、マーケティングの業務ノウハウの蓄積に精力的に取り組んでいます。
一方で、企業のマーケティングをサポートしてきたクリエイティブ系の企業も変化を迫られています。広告効果の測定やシミュレーションに要する時間もデジタルマーケティングソリューションを導入すれば劇的に短くなります。彼らはその効果を実感していて、自分たちの存在意義を明確にするためにも、デジタルマーケティングソリューションを顧客にきちんと提案できるようになるべきだと考えていて、データ解析やシステム構築のスキルを磨いています。
──クリエイティブ系の企業も必死ですね。ITベンダーにとっては、新たな手強い競合相手が出現したということになりませんか。 佐分利 一社のパートナーがすべてのポートフォリオをカバーできるとは限らないので、両者が連携することで、お客様に有効なソリューションを提供できるというケースもかなりあると考えています。むしろ、そういうことができるエコシステムを構築しようとしているといったほうがいいかもしれません。
ITベンダーにしろ、クリエイティブ系企業にしろ、勝者敗者は必ず出てくるでしょう。しかし、アドビが選んだパートナー企業は、これから先、伸びていくと確信していますし、そのための支援を労を惜しまずにやっていくつもりです。

‘売り先はIT部門ではありません。マーケッター、そして経営層に、デジタルマーケティングの効果をプレゼンしていく必要がある。’<“KEY PERSON”の愛用品>Fitbitで健康を維持 歩数や歩行距離、消費カロリーなどを計測し、アプリでその情報を共有できるソーシャル型の活動量計「Fitbit」を愛用している。「仲間と競って歩くようになってタクシーの使用頻度が減ったが、靴底の消耗も激しい」と苦笑い。
眼光紙背 ~取材を終えて~
デジタルマーケティングの導入は、攻めのIT投資だ。「コスト削減のプレッシャーではなく、事業を成長させるための投資領域でIT商材を提案できるのは本当に魅力的。おこがましい言い方かもしれないが、日本企業のマーケティングを変革し、ビジネス拡大に貢献できると自負している」と、佐分利社長は目を輝かせる。マーケティングのプロ中のプロであり、エンタープライズITの世界を知り尽くしているという意味では、デジタルマーケティングの市場を創出するのにこれほどうってつけの人材はいないだろう。
まずは大企業を中心に確実にニーズを掘り起こし、新しい事業の柱を打ち立てたいと考えている。目標は、デジタルマーケティング関連事業の売上比率をグローバルと同水準の40%にまで引き上げること。しかし佐分利社長は、「長期戦になる」ことを覚悟している。長期戦とはどのくらいのスパンをイメージしているのかという記者の問いには明確に答えてくれなかった。だが、「少なくとも10年なんていうレベルではない。ダラダラやるつもりはありませんよ」と不敵に笑った。(霞)
プロフィール
佐分利 ユージン
佐分利 ユージン(さぶり ゆーじん)
1972年、米オレゴン州生まれの42歳。ワシントン大学国際学部日本国文学学科を修了し、1991年に徳間書店米シアトル支社に入社。95年、東京本社に異動。同年、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)入社。2006年には、マーケティング/オペレーション担当執行役常務・ゼネラルマネージャーに就任し、CMOとしてマーケティングの責任者を務めた。今年7月より現職。
会社紹介
世界最大級のソフトウェア専業ベンダーである米アドビ システムズの日本法人。1992年設立。ウェブや印刷、出版、映像、電子ドキュメントなどのソフトウェア製品で圧倒的なシェアを誇る。近年、企業買収を積極的に行い、デジタルマーケティング分野でもトップベンダーとして君臨。グローバルでは、デジタルマーケティング関連のビジネスが売り上げの4割を占める規模に成長している。