最大の競争相手はグーグル
──HUEを着想したきっかけは? 牧野 エンタープライズITは、いつの間にかコンシューマアプリよりも不便になってしまいました。大企業は今と同じシステムを30年前にはもっていましたが、根本的には進化していない。一方でグーグルなどが出現したコンシューマ向けのITは、最近になって恐ろしい勢いで進化してきました。しかしエンタープライズITのベンダーは、彼らと直接は競合しないこともあって、テクノロジーの先進性でとうの昔に逆転されているのに、別世界の出来事だと思い込んできたんです。自分たちで、壁をつくってERPの進化を止めてきたとみられても仕方がない。
結果として、ものすごく巨大なシステムを使って、スマートフォン以下の機能しか実現できないようなことが実際に起こっているわけです。でも、そんなのおかしいでしょう。私自身、エンジニアですから、こういう状況が許せなかった。
──グローバルでみても、ERPのイノベーションの先頭に立ったと思いますか。 牧野 はい、間違いなく。
──売上規模の面でもトップベンダーを狙うわけですよね。 牧野 当然です。R&D(研究開発)にもっと投資したいんですよ。申し上げたように、ERPは全然コモディティ化していないし、もっと改良しなければならないことが山ほどある。当社は現在、300億円超の売り上げに対して年間100億円近くをR&Dに投資していますが、それでもものすごい数の課題が残ってしまうんです。今の10倍まで投資額を引き上げれば、これをすべて解決できると考えています。パッケージソフトですから、規模が大きくなるほど利益は跳ね上がります。その跳ね上がった分を全部R&Dに投入したい。
──そこまでR&Dにこだわるのはなぜですか。 牧野 日本から、もっと新しいものを世界に出したいからです。ソフトウェアでも、25年くらい前は日本もトップの位置にいたはずですが、その後の凋落ぶりが激しすぎます。今やエンタープライズITは、ほとんどのソフトウェアを海外からもってくるしかないような状況です。これが本当に悔しい。
ビジネス上はまったく競合しませんが、私のなかでは最大の競争相手はグーグルだと思っています。エンジニアリングという意味で、グーグルに勝てるような技術をもつ会社でなければ、エンタープライズITでもトップには立てない。しかし、実現できれば、ソフトウェアの領域で技術トレンドをけん引していくことができるようになります。
年商3000億円で世界のトップベンダーに
──どれくらいの規模の売り上げを目指しますか。まずは1000億円くらいですか。 牧野 1000億円は最低ラインですよ。数年内に突破したい数字です。R&Dに1000億円以上使いたいわけですから、年商3000億円規模になる必要があります。世界トップのエンジニアが働いていて楽しいと思えるような会社にしたいですしね。
──3000億円となると、ソフトウェアの専業ベンダーとしては正真正銘のトップクラスです。 牧野 HUEにはエンタープライズITの世界の技術トレンドそのものを変える本物の革新だという手応えが十分にありますので、無理な数字だとは思っていません。
──国内のERP市場は、中堅向けなどを合わせても1000億円超くらいの規模に過ぎないといわれますが、グローバル重視になるのですか。 牧野 日本のGDPの大きさからすると、ERPの市場は今の3~4倍はないとおかしいので、3000億円くらいは国内市場だけでも達成できるはずです。ただ、現実的にはグローバルの売り上げが3割以上になるとみています。
──2011年に上場廃止したことで、R&D投資を加速させることができたという側面もありそうですが、再上場は考えますか。 牧野 いずれはします。成長を加速するためには、数年以内に資金は間違いなく調達しなければならないでしょう。ただ、それが日本の株式市場なのかどうかはわかりません。
エンタープライズITの領域にも、セールスフォース・ドットコムやワークデイなどイノベーション型の企業が出てきていて、実質赤字でも、3割以上の成長を達成しているため、株式市場の評価も高い。われわれはそれ以上の成長をこれから目指すわけですが、最大のボトルネックは、人材確保・育成のコストが非常に大きいということです。規模を30%増やそうと思ったら、少なくとも1年半以上前から人員を3割ほど増やしておく必要があります。コストを前もって負担しなければなりませんから、当然、利益は上げ難い。そうなった場合に、日本の株式市場で評価されるのかどうかを真剣に考えないといけない。シリコンバレーを擁する米国のほうが、そういう経営に理解が深い投資家が多いですから。
──本気で世界を狙うとすると、人材の質と量、両方が重要になりますね。 牧野 幸い、IT業界のなかでは当社は人気のあるほうなので、人は集めやすいでしょう(笑)。とはいえ、イノベーションを起こすようなクリエイティビティが強いタイプの人材は、日本には少ない。残念ですが、シリコンバレーがうらやましいです。見合った報酬を払うことさえできれば、人材を確保できます。日本では、中途採用でも、イノベータ型のエンジニアは腰が重く、そう簡単に動かないですからね。それでも、世界と戦いたいと思っている人は、ぜひうちに来てほしい。心からそう思っています。

‘巨大なシステムを使ってスマートフォン以下の機能しか実現できないなんておかしいでしょう。’<“KEY PERSON”の愛用品>いいものを長く使う 古い友人から贈られた鞄を、15年近く愛用している。「ものすごく高いものだと思う。一つの鞄を長く使うほうだが、いいものはずっと使い続けられる」と、愛着は増すばかりだ。収納力も抜群で、出張の相棒でもある。
眼光紙背 ~取材を終えて~
すでに国内のERP市場では大手ベンダーとして確固たる地位を築いているワークスアプリケーションズだが、牧野CEOが見据えるのは、現在の約10倍規模の売り上げだというから、驚きだ。しかも、その7割は国内のビジネスで占める見込み。とんでもなく野心的な目標ではあるものの、絵空事とはいい切れないほど、HUEは従来のERPとは異質であり、未知のポテンシャルを秘めている。
ただし、現実をいえば解決しなければならない課題も少なくないだろう。「直販、ノーカスタマイズ」を基本方針として、日本の企業向けIT市場では独自路線をひた走ってきた同社だが、この姿勢はHUEの販売でも不変。しかし、規模の拡大を本気で目指すなら、中堅以下の企業も対象にした製品展開や、SIerなどを巻き込んだエコシステムの構築が必要ではないか。牧野CEOは、引き合いの状況からみて「少なくとも来期は既存ユーザーへの対応で手一杯だろう」と見込むが、新規ユーザー獲得のフェーズに入ったときにどんな施策を打ち出すのか。ここに目標達成の成否がかかっているといえよう。(霞)
プロフィール
牧野 正幸
牧野 正幸(まきの まさゆき)
1963年、兵庫県生まれ。83年、大手建設会社に入社し、システム開発に従事。85年、ソフト開発会社の取締役に就任。94年、システムコンサルタントとして独立。96年、ワークスアプリケーションズを設立。
会社紹介
1996年設立。主力のERPパッケージ「COMPANY」のユーザー数は1100社以上。国内の大企業向けERPパッケージ市場では、3割超のシェア(富士キメラ総研調べ)を誇る。とくに人事給与システムのシェアは高く、6割に迫る。ビジネスモデルが日本のIT市場のなかでは異色で、「ノーカスタマイズで直販」が基本。2001年にJASDAQに上場したが、11年にMBOで上場を廃止した。14年6月期の売上高は約330億円。連結の社員数は2014年6月末時点で2861人。