アジア三大市場は揺るぎない
──マイナンバー特需の誕生ですね! 嶋本 ユーザー企業の売り上げや利益の増加に貢献できるなら当社もうれしいのですが、マイナンバーというのは純粋な制度対応ですので、“特需”という表現には語弊がありますね。企業の場合、従業員本人と、場合によっては扶養家族のマイナンバーも必要になりますので、その番号と本人が一致しているかどうかの確認や、番号の保管、利用は適正に行わなければなりません。
となれば、当社グループとしてなすべきことは、できるだけ多くのユーザーのマイナンバー管理を代行し、その規模のメリットで管理コストを下げることです。当社グループのだいこう証券ビジネスは、事務処理BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)に強く、当社のマイナンバー管理BPOサービスでも活躍してもらいます。だいこう証券ビジネスは、昨年始まった少額投資非課税制度(NISA)の口座開設の受付代行業務で、その力量をいかんなく発揮し、大量の事務書類の発送や審査などで実績を築いています。
──冒頭に海外への投資拡大に触れておられますが、御社の海外ビジネスはどんな状況ですか。 嶋本 海外への投資拡大となれば、お声をかけていただく機会も増えるというものです。アジア市場だけに限れば、中国とインド、ASEANが三大市場であることに揺るぎはなく、日系企業の多くもそういう認識であると捉えています。
──中国との政治摩擦で、ASEANへのシフトが加速しているという話も聞きますが……。 嶋本 アジアにおける市場の大きさでみれば、中国が圧倒的です。ここに異論を挟む余地はなく、将来的に来るのはインド。ASEANは国によってまだバラツキが大きく、近年、注目を集めているベトナムやミャンマーは、まだこれからの成長に期待といったところでしょう。中国とインド、ASEAN主要国という軸を間違わなければ、アジアビジネスは今後も大きな伸びが見込めます。
NRIの価値を追求していく
──中国の消費市場が拡大するということは、ほぼイコールで人件費の高騰や人民元高による従来型の中国オフショアソフト開発が難しくなることを意味します。 嶋本 中国では13地域21社、約5000人のビジネスパートナーといっしょにソフト開発を行っていますが、沿岸部ではご指摘のようにコスト高で厳しいのは事実です。スキルに見合った報酬を支払うと同時に、パートナー企業には比較的コスト安の内陸部での開発体制の拡充をお願いしています。それでもコストに合わない場合はベトナムでのオフショア開発も選択肢に入りますが、すべて代替できるかといえば、それは難しいでしょうね。
──2015年は御社の創立50周年であり、長期経営ビジョン「Vision2015」の最終年でもあります。次の50年に向けた方向性はどうですか。 嶋本 「Vision2015」では年率7%の売上高成長、営業利益率13%、力強い事業ポートフォリオを掲げて取り組んできました。利益率を維持しながら、どうトップラインを伸ばすかが大きな挑戦だったわけですが、上期(2014年4~9月期)売上高は前年同期比8.1%増を達成。通期ではそこまでは行かない見込みですが、それでも売上高は過去最高の4000億円に届きそうです。
次の経営ビジョンのポイントの一つに「マルチナショナル」が挙げられます。「Amazon Web Services(AWS)」しかり、SAPしかり、グローバルスタンダードをつくっていくのは欧米企業が強みとするところ。パブリッククラウド一つを挙げても、じゃあNRIがこの領域で勝てるかといえば無理です。体力やコストで負けてしまう。
そうではなくて、当社が強みとする金融系システムであれば、国や地域ごとに制度が異なるわけで、この違いを丁寧に埋めていくシステムづくりを得意としています。同じ海外ビジネスでも、グローバルスタンダードとマルチナショナルとはレイヤが異なり、当社はもう一つ上のレイヤの後者の道を行く。次の長期ビジョンを2020年とするのか、2030年とするのか、まだ決めかねていますが、ユーザー企業が抱える課題を、それぞれの国や地域に最適化したかたちで解決していくことに価値を見出していく。
──企業価値をとことん高める御社の姿勢が業界平均の2倍余りともいわれる営業利益率13%を叩き出しているということですね。 嶋本 大きな価値を生み出すということは、ユーザー企業の価値を高めることにほかなりません。その結果が当社の利益率として出ているだけです。情報サービス業界はそのときどきの大きな潮流があります。しかし、先のグローバルスタンダードの喩えではありませんが、この潮流に乗れば必ず価値を生み出せるというわけではないところがポイントです。NRIという会社が、顧客にとってどういう価値を出せるのかこそが重要であり、次の長期ビジョンでもこうしたNRIの価値を追求していきたいと考えています。

‘グローバルスタンダードをつくっていくのは欧米企業が強みとするところ。同じ海外ビジネスでも、グローバルスタンダードとマルチナショナルではレイヤが異なる。当社はもう一つ上のレイヤの後者の道を行く。’<“KEY PERSON”の愛用品>何度でも起き上がる縁起物 今年の干支「未」をかたどった“おきあがりこぼし”と“開運カレンダー”。デザインは奈良県の「せんとくん」で有名な籔内佐斗司氏で、実は嶋本正社長とは「高校の同級生」だという。「何度でも起き上がって、縁起がいい」と、たいそうお気に入りのようだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「Vision2015」に続く長期経営ビジョンを策定するにあたり、嶋本正社長が重視するのは「環境経営」や「健康経営」といった考え方だ。例えば、情報サービス業で大きなエネルギーを消費するデータセンター(DC)の省電力化によって環境への負荷軽減に貢献する。健康経営ではいわゆる「3K」や「ブラック企業」を改め、競争力のある人材や女性幹部を育てるなどだ。
かつての高度成長期のように売り上げや利益を伸ばすだけで満足していては、本当に成熟した社会に適合せず、品位に欠けるというわけだ。「日本の情報サービス業の品位のようなものを育てていく時期にきているのではないか」と、自社だけでなく業界を挙げて取り組むべきとも言及した。
日本の産業界をリードする情報サービス業になるためには、環境や健康などの要素も盛り込んで、ステークホルダーにしっかりと還元していくことが求められる。
NRIの次の長期経営ビジョンにおいて、環境や健康といったキーワードも踏まえて策定していく方針なのは、そのためだ。(寶)
プロフィール
嶋本 正
嶋本 正(しまもと ただし)
1954年、和歌山県生まれ。76年、京都大学工学部卒業。同年、野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)入社。01年、取締役情報技術本部長兼システム技術一部長。02年、執行役員情報技術本部長。04年、常務執行役員情報技術本部長。08年、専務執行役員事業部門統括。同年、代表取締役兼専務執行役員事業部門統括。10年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
野村総合研究所(NRI)の今年度(2015年3月期)連結売上高は前年度比3.6%増の4000億円、営業利益は同6.4%増の530億円の見込み。達成すれば過去最高の売上高となる。営業利益率の見通しも13.3%と業界トップクラスを誇る。