「EDI(電子データ交換)市場で国内ではダントツのシェアを誇る」。4月にデータ・アプリケーション(DAL)の社長に就任した武田好修社長は、この実績に対する矜持を隠さない。ディジタルコンピュータ(現在のワイ・ディ・シー)グループのシステムインテグレータ(SIer)として発足した同社は、EDIのパッケージベンダーに転じて大きな成長を遂げた。武田社長は、そのプロセスをけん引してきた功労者だ。しかし現在、EDIそのものの市場は横ばいとなり、新たな成長が求められる時期にさしかかっている。舵取り役を託された「DALを知り尽くす男」が打つ、次なる一手とは──。
EDIで日本一、さらに広い世界に出る
──武田社長は30年前にDALに出向された当初から取締役に就いておられたわけですが、社長業にはすんなり移行できましたか。 慣れませんね。もうちょっと普通にやれるかなと思っていたんですけど、これまでとの立場の違いは思ったより大きいですよ。この年齢になってから社長になるとは思っていなかったこともあって、就任の話をいただいた時は、驚いたというのが率直なところですが、まだ少しフワフワしているというか(笑)。
──社長に就任されて、社内にはどんなメッセージを発信されたのでしょうか。 EDIで日本一になりましたので、さらに広い世界を目指そうという話をしました。EDIはよくも悪くも安定している市場ですので、その周辺に出て行ったり、培った技術を生かして新分野に進出するなどして、新しいビジネスでも一番を目指すということです。
──まずは、武田社長が就任前から長年リードしてきたEDI市場でのDALの歩みを振り返りたいのですが、もともと武田社長は親会社だったディジタルコンピュータのご所属だったとか。 そう、DALがディジタルコンピュータから分離する時に移った人間の一人です。ディジタルコンピュータには当時、フォールトトレラントコンピュータ(無停止型コンピュータ)のSI的業務をやっていた通信事業部という部署があり、私はそこに属していました。そのメンバーが独立するようなかたちで発足したのが、DALです。
DALは、社名に「アプリケーション」という言葉が入っていますが、これは初代の山田社長が、通信インフラだけでなく、その上に業務アプリケーションを構築して、システム開発を手がけたいと考えていたからなんです。ただ、そう簡単にうまくはいかなかった。結局、新しいことをやると言っても、それまでの蓄積がなければなかなか難しいわけです。結局、フォールトトレラントコンピュータをベースに、通信まわりから徐々にビジネスを拡張していこうということになりました。データを変換したり、あるいはファイルを分割したり、マージしたりというような、半ばパッケージ化したような周辺のアプリケーションをインテグレートしてお客様に納めるというパターンなどがありましたね。
──順調に業績は伸びましたか。 いいえ、フォールトトレラントコンピュータは非常に高価なので、導入できるお客様はそれほど多くなく、案件が一巡すると受注が一気に減りました。これをどうリカバーするのか、真剣に考えなければならなくなったんです。
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