今年4月での社長交代を決めた野村総合研究所(NRI)の嶋本正代表取締役会長兼社長は、その6年の任期中、売り上げ利益ともに大きく伸ばしている。長期経営計画「ビジョン2015」で示した「売上高年率7%増」「営業利益率13%」を安定して叩き出せる収益モデルの確立に尽力。大きな成果を出した嶋本社長だが、就任直後はリーマン・ショックの後遺症と東日本大震災のダブルパンチで、どん底からのスタートだった。崖っぷちのところで踏みとどまり、どのような手を打って反転攻勢を成し遂げたのか──。嶋本社長にじっくりと話を聞いた。
“社長1年生”は減収減益
──今期(2016年3月期)業績見通しが達成されれば、嶋本さんの任期中の6年間、連結売上高の実数で860億円あまり、パーセンテージにして25%強。営業利益は180億円近く、約45%も伸ばしたことになります。これは十分に誇れる数字ではないでしょうか。 私の任期は今年3月末までの6年となりますが、会社として決めた長期経営計画「ビジョン2015」(09年3月期~16年3月期)の8か年で考えると最初の数年は、リーマン・ショックの影響もあってバタバタでしたよ。ただ、少なくとも足下の状況をみる限り、「売上高を年率7%で伸ばす力量」「営業利益率13%以上」という「ビジョン2015」で掲げた指標は、ほぼ達成できたと自負しています。
──個人的な印象で大変恐縮なのですが、10年の社長就任会見のときにみせた誇らしい嶋本さんの笑顔と、その年末、新年に向けた抱負をうかがったときの、なんとも渋く強ばった表情が今でも脳裏に焼きついています。まるで同じ人物とは思えないほどに……。 えっ? そうでしたっけ。確かに「ビジョン2015」はスタートから躓(つまず)いて、業績は下降する一方。私が社長に就いたときも決して順風満帆ではなかったですね。
──トップ就任前の「専務」として経営に携わるのと、いざ社長になられてからでは、みえる風景が違ったということでしょうか。 それはありますね。私が“社長1年生”だった11年3月期は売上高、営業利益とも減収減益で、しかも東日本大震災が起こり、経済情勢は大混乱に陥っていました。今から思えば、あのとき、なんとか転落せずに踏みとどまれたことが、私自身と当社NRIグループ全社員の自信となって、その後の増収増益路線への転換につながった。
──嶋本さんにとっても、会社にとっても、まさに“試練の11年”だったのですね。あのとき、どんな手を打たれたのでしょうか。 当社は証券、保険、銀行をはじめとする金融業に強いのは周知の通りかと思いますが、「金融一本足打法」と揶揄されるほど金融比率が高かった。もう一つ、野村ホールディングスとセブン&アイ・ホールディングスの「2大顧客」への依存度も高く、ここが不調になると、一気に会社の屋台骨が傾く構造的な問題があったのですね。「ビジョン2015」では、収益構造のバランスを改善することを主眼の一つと位置づけて、全社を挙げて取り組みました。
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