ブロックチェーンの潜在力
──CDOについて、もう少し教えていただけますか。 例えば、「こんな新しい技術が開発されました」「IoTやAIを活用してこんなことをやっている事例があります」と、いくらもちかけても、その顧客の経営戦略や課題とリンクしなければ意味がありません。CDOは、自社のビジネスをどうデジタライゼーションし、マーケティング力を駆使して市場を探しあてる、あるいは創り出すといった役割を担うのですね。従来のIT戦略を担うCIO(最高情報責任者)とは、マーケティングや市場創出の要素が加わりますので、またちょっと違うカテゴリになります。
ユーザー企業にCDOがいればいいのですが、もしいなければ私たちITベンダーがCDO的な役割を担っていく必要があります。双方、CDOの機能をもたないのであれば、いくら実証実験や概念実証(PoC)をやったところで、事業化に向けての高い壁が立ちはだかったままになってしまいます。新しいサービスを開発して、そこにエンドユーザーはどれほどの対価を支払ってくれるのか、こちらはどれくらいの儲けが見込めるのかというマーケティング要素を端折ってしまうと、期待外れの結果になりかねない。
──前述のFinTechや、仮想通貨で話題になるブロックチェーンも、テクノロジードリブンではなく、ユーザー企業の課題解決や、市場とのかい離を埋めていくような取り組みが不可欠ということですね。 ブロックチェーンの潜在力は確かに大きい。ひょっとしたら金融のシステムやビジネスモデルそのものを変えてしまう可能性を秘めています。金融の基幹系システムは、どうしてもコストがかかってしまうのですね。IT予算に占める維持運用費の割合が7割とか8割とかいわれ、新しい領域への投資の割合が低い状況が続いています。もし、ブロックチェーンでコストを劇的に下げることができるのであれば、単純に考えて、浮いた予算でいろいろなことができる。
ただ、技術的に解決しなければならない課題もまだけっこうありますし、国際的な標準化の作業の詰めもこれからのところがある。金融の基幹系システムを全部置き換えるまでにはいかなくても、部分的に置き換えていくとして、従来の基幹系システムとのつなぎ込みの作業も必要になってくるでしょうね。
──ブロックチェーンで基幹系システムのIT予算が劇的に削減されてしまうと、売り上げが下がりますから現場の営業担当者が嫌がるのではないでしょうか。 むしろ、歓迎すると思います。ブロックチェーンが金融の基幹系システムに採り入れられていく流れは、グローバルに見てもまだ始まったばかりですし、私は逆に大きなチャンスだと考えています。
国内もそうですが、海外ビジネスに力を入れている当社としては、海外のユーザーにNRIを売り込んでいく絶好の機会になる。もちろん、CDO的な観点やマーケティング力も込みで、当社の強みを総合的に生かしていきますよ。
「磨く、変える、つくる」で成長へ
──よく、デジタルイノベーションを求めるユーザー企業は、従来のアナログ部分に課題をもっているからだという話を聞きますが、確かに既存システムの維持費が高すぎるというのも、立派な課題ですね。 やっかいなのは、既存のアナログな部分で、わりとしっかり稼いでいたりすると、ユーザー企業のなかで「既存勢力」対「デジタルイノベーション勢力」の対立構造になってしまいやすくなるのですね。こうなると、テクノロジーの話ではなく、組織的、構造的な改革も必要になってくる。
──そうした意味では、コンサルティングとITソリューションの両方をもつ御社は、有利なポジションにありませんか。 そうでありたいですね。コンサルティングとITソリューションを組み合わせて「コンソリューション」と呼んでおり、当社の強みであるコンソリューションをテコに、ユーザー企業の組織改革も含めたデジタルイノベーションを巻き起こしていきたい。
──御社に課題があるとすれば、どんなところでしょうか。 デジタルイノベーションは、技術論だけでなく、組織的、構造的な改革も必要だと話しましたが、実はユーザー企業だけのことではなく、当社自身もそうした課題を解決していかなければならないと考えています。
当社は、諸先輩方が築いてきた堅牢なビジネスモデルに収益を支えられています。端的にいえば「業界標準ビジネスプラットフォーム」を構築し、証券業界なら証券業界の共同利用型のシステムとして活用していただいています。こうした仕組みが当社の経営の安定に大きな役割を果たしているのですが、見方を変えれば、過去の成功体験が非常に強い組織風土になっているのではないかと心配する面もあります。
──顧客とともにデジタルイノベーションを起こすなら、自らも変わらなければならないということですね。 私は「磨く、変える、つくる」といっているのですが、従来の堅牢な業界標準ビジネスプラットフォームをはじめとする既存のビジネスを、これからも徹底的に“磨き”あげていくこと。そして、成功体験が強すぎる組織であるのならば、“変えて”いく必要があります。そのうえで、新しい商材やサービスを“つくり”あげていくことで、次の成長につなげていきます。
デジタルイノベーションを成功させるには、
自社の課題と市場創出のマーケティング力を発揮できる
チーフデジタルオフィサー(CDO)的な存在が求められている <“KEY PERSON”の愛用品>父親がくれたボールペン 「体が資本」だと、いつも健康を気遣ってくれた父親の形見のボールペン。起業家で苦労人だったという父親は、此本社長が駆け出しの頃に苦戦しているのを見て、「頭のいい連中ばかり集まってるんだろ。しっかり稼げ」と励ましてくれたそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
此本社長の視線の先には、常にグローバルの市場がある。1990年代、台湾拠点を立ち上げたときから、海外ビジネスの醍醐味を知ると同時に、その難しさも体験してきた。
ブロックチェーンの登場によって、金融業を支える基幹業務システムがグローバル規模で根本から変革するようなことになっても、「それは当社にとって大きなチャンスになる」と言い切る。
2016年4月に社長に就いてから、海外会社のM&Aにも積極的に乗り出している。6月には資産運用のコンサルティングを手がける米カッターアソシエイツ、12月にはクラウド移行で実績豊富のオーストラリアASGグループを迎え入れた。明確な知財や強みをもつ会社と組むことでグローバルでのビジネスを有利に進める。
NRIが22年度までの長期経営ビジョンで掲げる、海外売上高1000億円の達成に向けてアクセルを踏む。(寶)
プロフィール
此本臣吾
1960年、東京都生まれ。85年、東京大学大学院工学研究科産業機械工学修了。同年、野村総合研究所入社。94年、台湾・台北事務所長(のちに台北支店長)。2004年、執行役員コンサルティング第三事業本部長兼アジア・中国事業コンサルティング部長嘱託。10年、常務執行役員コンサルティング事業本部長。15年、専務執行役員ビジネス部門担当、コンサルティング事業担当。16年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
野村総合研究所(NRI)の今年度(2017年3月期)の連結売上高は、前年度比0.8%増の4250億円、営業利益は同1.2%増の590億円。19年3月期までの中期経営計画では売上高5000億円、営業利益700億円、海外売上高580億円を目指している。