AIやIoTの巡り合わせが原点
──NTTの研究所がそれほどすごいのなら、どうしてこれまで世界で大ヒットを飛ばせるような商材があまり出ていないのでしょうか。
一つは通信業界のビジネスが大きく様変わりしたことが大きいですね。通信キャリアのインフラ上でさまざまなサービスが展開される「オーバーザトップ」が大きな流れです。今やメッセージアプリでチャットのみならず、音声通話やビデオ通話を楽しむなんてあたりまえになっていますよね。通信キャリアだけのサービスで完結していた時代ではなくなっていますので、研究所の成果をベースに事業化、商品化を取り組む当社のような事業会社が必要になってきたわけです。
──ずばり、世界をアッといわせるような商材はつくれそうですか。
身の丈というものがありますので、まずは手堅くといいたいところですが、NTT研究所の技術力は依然として世界水準にあることは間違いありません。過去を振り返っても、電話線が銅線だった時代から通話品質と安定性は群を抜いて高かったし、1999年のNTTドコモのiモードは研究所の技術的裏付けがあったからこそ実現しました。当時、私は研究所にいましたので、世界各地に呼ばれてiモードの話をせがまれたときは、本当に誇らしかった。
ビジネスは勝ち負けがありますので、その後のスマートフォンの流れにのまれてしまいましたが、卑下することはまったくありません。技術開発に努めて、挑戦し続ければ、間違いなく再び勝機が巡ってくるはずです。将来はきっと明るいものになります。
──串間社長は、NTTグループ内の複数の研究所に勤めてこられたわけですが、どういった仕事をされていたのですか。
今でも印象に残っているプロジェクトは、NTT(当時は日本電子電話公社)に入社してまもない80年代の「エキスパートシステム」でしょうか。今でいうAIですが、現代のものと比較すればルールベースの単純なものです。それでも、私が参加したプロジェクトではデータセンターなどで使う非常用発電機にセンサを取り付け、「ここのセンサが異常値を示したときは、ここの故障が疑われる」といった仕組みをつくったのです。まだ私も若かったですし、先輩研究者に認めてもらいたい思いもあって、文字通り寝食を忘れて研究開発に没頭しました。今から振り返れば、AIとIoTを組み合わせた原型みたいなものをつくっていました。
折しもNTTがAIのcorevoを打ち出し、当社もcorevoを活用した商材開発を進めており、何かの巡り合わせを感じますね。
組織全体で立ち向かうのが真の強さ
──ビジネス的な目標を教えてください。
新体制での初年度となる18年3月期の売上高は425億円を見込んでいます。研究所などからの仕事も請け負っていますので、NTTグループの外に向けた売上比率は44%程度の見通しですが、これを20年度には売上高500億円、外販比率を50%にもっていきたいし、営業利益率も今期見込みの2.8%から4.4%へ高めていく計画を立てています。
──目標達成に向けて、「ここはこだわっていきたい」というところはありますか。
当社のような研究所で生まれた技術の原石を磨いて商品やサービスに仕上げていく会社は、個々の社員が伸び伸びと自分のスキルやアイデアを生かしていくことが大切です。働き方改革を踏まえていえば、社員それぞれのワークスタイルを尊重したいし、そうすることで斬新な商品やサービスが生まれ、ビジネスの拡大につながります。
ただ、私の経験上、それだけでは少し足りない。隣の部署や、隣接するプロジェクトが何か問題を抱えていたら一声かけて、もしできるなら助言したり、場合によっては時間を割いて手伝ってあげてほしいのです。ここにはこだわっていきたいですね。
──「経験上」とのことですが、どういう経緯や狙いがあるのでしょうか。
90年代前半の一時期、グループの社内システム刷新のプロジェクトを担当していました。メインフレームで基幹系の処理をさせつつ、フロント系はUNIXサーバーとパソコンの組み合わせだったのですが、これがどうしてか想定していた処理速度を出せなくて、安定性にも欠ける。時間をかければ解決できたのでしょうけれど、いかんせん本稼働の期限が迫っている状況でした。
私を含めてプロジェクトチームが一丸となって、数か月間、ときに心が折れそうになりながらも連日のように残業して作業を進めていました。そんな姿をみて、たまたま隣にいた課長が、「そんなに大変なら、作業の一部をうちでやるよ」と言ってくれたのです。自分たちの仕事を一部先送りしての申し出が、正直、とてもうれしかった。このとき、会社は個々人やチームの力だけでは、どうしようもないときが往々にしてあることを理解しました。
もちろん、プロジェクトで問題が発生せず、残業もしないのが一番ですが、もし、そうでない状況に直面したとき、会社としての本当の実力が試されると思うのです。私は、個々人の能力ももちろん大切ですが、困難に直面したとき会社全体、組織全体で立ち向かえることこそが、本当の意味での強い会社であると考えています。
技術開発に努めて、挑戦し続ければ、
間違いなく勝機が巡ってくる。
<“KEY PERSON”の愛用品>使い勝手のよいA4対応の肩掛け鞄
肩掛け鞄を探していたところ、みつけたのが「デュモンクス」のビジネスバッグだった。リュックほどカジュアルでなく、アタッシュケースほど重くなく、A4サイズの書類やタブレット端末も入る「使い勝手のよさが気に入っている」と話す。

眼光紙背 ~取材を終えて~
iモード全盛期を実際に体験した若者が減り、NTTの祖業である電話のニーズすら頭打ちになっている。海外のネット系サービスが注目され、日本のNTTがいかに先進的な研究をしているのかを知ってもらう機会が減っている。
だからこそ「もっと多様なサービスをNTTテクノクロスが開発して、より多くの人に体験してもらいたい」と串間和彦社長は話す。NTTグループでは、若い人たちに最新の技術を知ってもらう一環として、ネット系の人気定例イベント「ニコニコ超会議」に“超特別協賛”として出展。研究所の技術を生かした“超臨場感”などによる最新のマルチメディアをユーザーにアピールした。
技術の話題になると串間社長は、目を輝かせながら話してくれる。それだけ多くの技術が研究所にあることの裏返しなのかもしれない。過去の成功体験を“超えて”世界をアッといわせる新商材の開発につなげてほしいものだ。(寶)
プロフィール
串間和彦
(くしま かずひこ)
1957年、宮崎県生まれ。80年、京都大学工学部電子工学科卒業。同年、日本電信電話公社(現NTT)入社。2003年、NTTドコモでネットワーク開発部長、ソリューションビジネス部長などを担当。09年、NTTでサイバーコミュニケーション総合研究所所長、サービスイノベーション総合研究所所長などを務める。14年、NTTテクノクロスの前身にあたるNTTソフトウェア取締役、常務取締役を歴任。17年4月1日、NTTテクノクロスの発足に伴い代表取締役社長に就任。
会社紹介
NTTテクノクロスは、旧NTTソフトウェアと旧NTTアイティが合併して4月1日付で発足した。NTTアドバンステクノロジの音響・映像に関する事業を吸収・統合している。NTTの研究所の技術成果なども活用しながら、音声・映像のメディア処理、AIによる知的処理の分野での商品/サービスを開発し、事業拡大を目指す。発足初年度の売り上げ見通しは425億円、直近の従業員数は1700人余り。