昨年10月、SASや日本ヒューレット・パッカード(HPE)の社長を歴任した吉田仁志氏が、日本マイクロソフトの新社長に就任した。社外出身の人物が入社と同時に社長の座に着くのは、同社初となる。ソフトウェア企業として世界最大の規模を誇り、多数の強力な製品やサービスを擁する同社だが、外から来た吉田社長が最大の強みと捉えているのは、ここ数年で見事にビジネスの変革に成功した、デジタルトランスフォーメーション(DX)の経験であるという。
自主改革に成功した
数少ない企業
――日本マイクロソフトに来られた理由をお話しいただけますか。
業界のため、社会のために貢献したいと、ずっと思っているんです。前職のHPEに入ったのも、グローバルで影響力の大きい会社だったからです。今でも、HPEはハードウェアの世界で生き残っていける唯一の会社だと思っていますよ。ただ、お客様や社会に対して、イノベーションをより直接的に提供するのは、ソフトウェアだと考えています。それとやはり、今の日本はDXをしなければいけない。「失われた10年」が20年、30年になり、日本の経済は衰退している。マイクロソフトは、これだけ大きな規模でありながら、ここまでの自主改革ができた数少ない企業です。そこで得た教訓や痛みも含め、当社が経験してきたことを日本のお客様と共有できたら、日本を本当に変えられるのではないかと考えました。
――マイクロソフトとはパートナーとして長年のお付き合いがあったと思いますが、実際に入ってみていかがですか。
外側から見ていたよりも、さらに大きな存在感や影響力があると感じています。昔と違って、マイクロソフトはエンタープライズの会社になっていますよね。もちろん今もコンシューマーの方々にご愛顧いただいていますが、本当に企業のお客様の役に立っているという会社になった。就任早々に多くの企業のトップの方にお会いしましたし、寄せられる注目度や期待を見ると、この会社がお客様に与えるインパクトは、以前と比べてもずっと大きくなったんだなと。
――先ほど、日本の経済が衰退しているというお話がありましたが、日本企業のどこに課題があるとお考えですか。
痛みを伴う決断をなかなかしてこなかった、そして、ゆでガエルになってしまっているということだと思います。時代がどれだけ移り変わっても、「世の中は変わる」ということは変わりません。マイクロソフトは、ソフトウェアライセンスを売るというビジネスを極めた企業ですが、40年以上の歴史の中で、そのビジネスモデルが廃れてきたわけです。そこで自らの改革をした。改革しなくてもすぐ倒産するわけではないのに。HPEもそうでしたが、海外の企業は時代の変化に合わせて事業の再編成を積極的に行っています。
――日本企業は、決断しないまま今に至った。
昔は日本全体に勢いがあったので、みんなと同じことをやっていても伸びることができましたが、一旦停滞し始めると、そうはいかなくなる。ただ、私は前々職で北アジアの統括もやりましたが、ビジネスの課題はどの国でもだいたい似たようなもので、日本企業の課題もほかの国と大して変わらないわけです。よく「日本は特殊だから」と言われますが、自分たちが思っているほど日本はユニークじゃないんです。
問題は、日本の市場全体が伸びていないのに、「日本は違う」といって古いやり方を変えずにいること。みんなと違うことをやらなければいけないのに、会社全体のマインドが付いてこられない。ですので当社では、お客様に寄り添いながら「マイクロソフトの場合はこうしました、お客様のところではどうなるでしょうか」という姿勢で、変革を促していきたいと考えています。
変革において
ITの話は最後でいい
――マイクロソフトは、どのようにして大きな自社改革に成功したのでしょうか。
当社は世界一のテクノロジーカンパニーであると自負していますが、私たちの改革のポイントは、テクノロジーの重要度は最後だったというところです。改革の最初は、われわれのミッション、存在意義を考え直すということでした。ビジョンなき改革は絶対に成功しません。改革が進まないケースとして、「変えなくちゃいけない」と言いつつも、個々の単位でしか考えられておらず、会社全体をトータルでどうするんだという話がなか中できていないことが多い。
――DXでは個別のテクノロジーの導入ではなく、IT環境全体の最適化を考えていかなければいけないということですか。
いいえ、ITをベースに考える必要はないということです。労働人口が減っていく日本の状況を考えれば、ITが強力なツールになるのは間違いありません。しかし、変革の最初にITが来ることはない。ITの話は後でいいんです。例えば、私のところには毎週、自分のチームが週に何時間お客様に時間を費やしたか、何時間社内ミーティングをしたか、それぞれ前の週に比べてどれだけ増減したかのレポートが上がってきます。これは、テクノロジーとは本来関係ない話ですよね。データの取得や分析には当社のクラウドを使っていますが、クラウドというツールがあるからレポートをしているわけではなく、いかにお客様との時間を増やすかという議論が先にあり、それに必要なツールを作ったのです。
――ミッションをまず定めて、最後にテクノロジーやツールが来る。決して逆になってはいけないと。
マイクロソフトのビジネスに何か起きていたかというと、ライセンス販売のビジネスモデルが陰りを見せてきて、変わらざるを得なくなっていた。そこでクラウドのビジネスに行ったわけですが、「売る」という従来のモデルとは違って、クラウドの場合はお客様に契約いただいても、使ってもらわないとお金が入らないわけです。使い続けていただくためにどうしなければいけないかというと、お客様のビジネスに貢献しなければいけない。
そうなると、何年かに一度の更新時期だけ営業に行くのではなく、「お客様はうちのクラウドをうまく使ってくれているかな、当社はお客様のために役立っているのかな」と、毎日考え続けなければいけない。これは大きな変革ですよ。従来の「売る」モデルでは、製品を理解していればよかった。「こんなことができます、あんなこともできます」と言っていればよかったわけですよ、幸いなことに競合はほぼいなかったから(笑)。しかし今は、貢献しなければお金がもらえない。貢献するためには、お客様を理解しなければいけない。だから、もっともっとお客様との時間を増やさなければいけない。そのために、先ほどお話ししたように毎週のレポートが来るんです。マイクロソフトに入ってみて一番感銘を受けたのは、こういう発想ですべてのものを作り、DXを実践しているところです。
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