豆蔵ホールディングスは今年6月、MBOにより株式上場を廃止した。 意図しない買収を防ぎ、主要10社の事業会社の経営の自由度を高めるねらいだ。一方、荻原紀男会長兼社長は、事業会社の経営から少し距離を置きつつ、業界団体を通じて国や政治家への政策提言により力を入れる。折しも「デジタル庁」構想が具体化に向けて動き出すなど、社会のデジタル変革の機運が高まっている。「日本のデジタル人材を増やし、官民が連携してデジタル変革を推し進める絶好のチャンス」と意気込む。
スピード感をもって変化に適応
――今年6月に豆蔵ホールディングスの株式の上場を廃止するなど、グループの経営方針が大きく変わった印象です。
事業会社ごとの強みとする技術を極めていくという経営方針は大きくは変わっていません。ただ、このまま上場を続けているとTOB(株式の公開買付け)で、意図せず買収される可能性があったため、株式の上場を取りやめました。
株主価値を最大化できるTOBならまだしも、持ち株会社の下にさまざな事業会社を配置している形態ですと、往々にしてコングロマリット・ディスカウントが起こる危険性が高い。つまり、事業会社の価値を足し合わせた合計額よりも割安な価格で、グループ丸ごと買収されてしまっては不本意な結果となりかねません。
――コロナ禍で市場環境が大きく変化するなか、一旦上場を廃止して経営の自由度を高めたほうが有利に働くというお考えもあったのでしょうか。
MBO(経営陣による株式買い取り)による非上場化は、昨年秋頃には決めていましたので、コロナ禍とは関係ありません。ただ、上場を廃止することで動きやすくなったのは確かです。まったくの偶然とはいえ、市場環境の変化に合わせて、スピード感をもって経営の舵取りができるようになりました。
――スピード感のある経営とは、具体的にはどのようなものでしょうか。
従来の上場会社である豆蔵ホールディングスではなく、投資ファンドのような役割を果たしていこうと思っています。もっと言えば、事業会社の株式を上場させたり、グループ以外の会社への出資やM&A(企業の合併と買収)、国への政策提言を行う活動など、IT企業の枠を超えた動きをすることが、結果的なスピード感をもって変化に適応することにつながります。
――投資ファンドのような役割になると、荻原さんご自身は事業会社の経営に助言こそすれ、事業運営そのものには積極的に関与しないということでしょうか。
基本的にはそういう考えです。いま、主要な事業会社が計10社あり、うち一部の会社の役員は兼務していますが、経営の主体はあくまでも各事業会社の社長に任せる体制にしました。事業会社の企業努力で収益力が高まり、事業会社単体でも株式上場の道を用意しておくことで、事業会社の経営陣のモチベーションの向上につながります。役員や従業員がストックオプションなどの制度を使って株価に応じた報酬を得るのもよいでしょう。
デジタル人材を官民で育てる
――では、国への政策提言は、業界団体のコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の会長や、日本IT団体連盟の幹事長としての仕事のことでしょうか。
ご指摘の通り、今、主にパッケージソフトを開発するベンダーからなるCSAJの会長、IT系の政策提言を行う日本IT団体連盟の幹事長、デジタル社会推進政治連盟の会長などを仰せつかっています。日本IT団体連盟が主に中央省庁に向けて政策提言を行うのに対して、デジタル社会推進政治連盟は政治家個人に向けて提言活動を行う団体です。
折しも、今年9月に菅義偉内閣が発足し、その看板政策の一つとして「デジタル庁」を新設する準備が進んでいます。中央省庁内部の業務や、各種の行政サービスのデジタル化が推進されることが見込まれており、デジタル改革担当や行政改革担当といった担当大臣が具体化を進めている最中です。
まだ構想段階の部分が多いデジタル庁ですが、いろいろ話を聞いてみると中央省庁のデジタル改革を本気でやろうとしたら、延べ1万人規模のプロジェクトになると私は見ています。コロナ禍で旅行関連や飲食業が大きな打撃を受けており、この分野の雇用の吸収力が失われています。このままでは90年代の就職氷河期の二の舞になりかねません。そこで、1万人規模のデジタル人材、IT人材を官民を挙げて育ててはどうかというのが私のアイデアです。IT産業は人材に依存する部分が非常に大きく、日本のIT分野での遅れを少しでも取り戻すための人材育成になら税金を投入する価値は十分にあります。
――この半年余りを振り返ると、コロナ禍で半ば強制的にオンライン化、デジタル化が進んだ部分はあります。リモートワークは言うに及ばず、教育面でもオンライン授業が盛んに行われ、さまざまな業種・業態における業務のデジタル化が進みました。
社会が大きく変わろうとしているときこそ、自らのビジネスの範囲から一歩前へ出て、視野を広げていくことが大切です。教育に関して言えば、いま、1人1台端末とクラウドの活用、高速通信ネットワーク環境の実現を目指す「GIGAスクール構想」がようやく動き始めました。日本の公教育のIT化は遅れていて、過去を振り返れば文部科学省の予算の取り方も決して上手いとは言えなかったと感じています。
省庁によってITやデジタルの認識に温度差があり、デジタル関連でうまく予算を確保する省庁もあれば、そうでない省庁もある。それぞれの分野で官民がうまく連携していくことで、省庁の格差を縮めていくことが重要です。中央省庁のみならず、自治体、民間企業、個人の情報のやりとりを「サプライチェーン」のように捉えられると分かりやすいと思うのですか、どこか一つでも紙やハンコといったアナログ業務が残っていると、サプライチェーン全体の効率がガクッと落ちてしまう。
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