NRIデジタルは、DX支援専業会社ならではの組織づくりで、顧客企業のデジタルビジネスの創出に貢献している。ビジネス設計やアプリケーション開発、IT基盤技術といったスキル領域の壁をできる限り低くして、複数のスキルを持つハイブリッド人材を育成しやすいマトリックス型の組織を構築。大手工作機械メーカーや航空会社、化粧品会社など有力顧客のDXプロジェクトに深く関わってきた。DXプロジェクトの数が増えるに従って人員も増加させ、今年度は前年度比で約3倍という規模になった。来年度もさらに倍増させる勢いだという。DXプロジェクトに最適化した組織づくり、人材づくりを追求しようとしている。今年8月に5周年を迎えるNRIデジタルの雨宮正和社長に話を聞いた。
異なるスキルを一つのチームに
――野村総合研究所グループのDX専業子会社としてNRIデジタルが発足してから今年8月で5周年を迎えます。NRIデジタルの創設からずっと陣頭指揮を執ってきた雨宮社長の率直な感想をお聞かせください。
私は野村総合研究所(NRI)のコンサルタントの一人として顧客のビジネス変革を支援してきたのですが、先進的なデジタル技術を駆使してビジネスを変革する「DX」を本当に成し遂げようとしたとき、既存の組織体制では限界があると感じていました。NRIデジタルの発足からこれまでを振り返ってみると、以前までは個々人がそれぞれの力量で取り組んできたDX支援を、NRIデジタルという会社組織で実践できるようになったことが大きな成果だと感じています。
まず、DXと言ったとき、既存の古いシステムを刷新して、今どきのオンラインサービスに対応できるようにするレベル感のものと、デジタルネイティブなビジネスを新規で立ち上げるレベルのものと大きく二つに分かれます。当社では前者を「DX1.0」、後者を「DX2.0」と呼んでいます。例えばERPを最新バージョンのもにアップデートするといったレベルのものであれば、正直、ITベンダー側も従来型の組織で十分に顧客の要望に応えられます。しかし、先進的なデジタル技術を取り入れて新しいビジネスを立ち上げるDX2.0タイプを実践したいと考える顧客に向けては、これまでの組織では十分に応えられない。NRIデジタルでは会社の発足当時からDX2.0により焦点を当てられる組織づくりに力を注いできました。
――顧客の「新しいビジネスを立ち上げたい」という需要に応え得る最適な組織とは、どのような組織ですか。
先進的なデジタル技術を駆使して新しいビジネスを立ち上げるには、まず「ビジネス」と「IT」を表裏一体にしなければなりません。つまり、我々ITベンダーの側も、「ビジネスとITの両方が分かる人材」が必要となります。そこで、当社ではいわゆる「マトリックス型の組織」を採用しビジネスとITの組織の垣根を限りなく低くしました。
例えば、収益モデルを考案する「ビジネス設計」、ビジネスを実行する「アプリケーションソフトの開発」、そしてアプリを動かす「IT基盤」の大きく三つのスキルセットがあったとします。これを顧客のプロジェクト状況に合わせて柔軟に人材を割り当てていきます。ビジネス設計を専門としている人とアプリ技術者、基盤技術者が一つのチームとしてプロジェクトに参加してゴールに向かって邁進していく仕組みです。
「分業」ではなく「相互乗り入れ」
――従来のピラミッド型の組織、あるいは縦割り型の組織とはどのような違いがあるのでしょうか。
ITベンダーにありがちな組織を例に挙げれば、コンサルティング部門などからビジネスが分かる人材が来て、収益モデルの設計や要件を定義。そのあと、開発部門が引き継いで開発に当たり、システム運用部門に移管する役割別組織となっています。基幹業務システムをはじめ、過去に何度も構築してきた経験がある業務システムの分野であれば、こうした組織のほうがむしろ分業がしっかりできて効率がいいのですが、変化の激しいデジタルビジネスや、どう転ぶか予測が難しい新規ビジネスの迅速な立ち上げには十分に対応できません。
DX専業会社であるNRIデジタルでは、まずこの「分業」ありきの組織を変えなければならないと考えて、実践してきました。ここ5年近くのあいだでビジネス設計とアプリ/IT基盤が一体となった組織運営が定着し、ビジネス設計とITを一体のものとして捉えることができる会社に育ったと自負しています。
コンサル出身者でも、IT基盤の人と同じチームで仕事をしていれば、メガクラウドベンダーのサービスメニューを嫌でも覚えるでしょうし、アプリ開発の技術者も横でコンサル担当者が四六時中、収益の話をしていれば、どうやって稼げるアプリになるのかが体験的に理解できるようになります。
近年ではコンサルと基盤の両方が分かる人、あるいはアプリとビジネスの両方が分かる人が増えてきて、取得する資格やスキルの「相互乗り入れ」みたいな現象も起きています。ITとビジネスが一体化する中で、ベンダー側のスキルセットも変わらなければならない。今後もビジネスとアプリなど最低二つ以上の領域の知見、欲をいえば三つ以上の領域の知見を持つハイブリッド人材になってもらうよう、今後も社内に向けて強く働きかけていきます。
人員を3倍増、来年度も増員続ける
――DXの文脈では、従来の「発注者と受注者」の関係を超越して、ともにビジネスを創る「共創」パートナーとしての関係が求められています。そうした共創パートナーとしてのビジネスの進捗はどうでしょうか。
当社は、大手工作機械メーカーや航空会社、化粧品会社、不動産開発会社、通信会社など多くの顧客企業のDX案件を手がけています。顧客企業とNRIグループが深く協業して合弁事業を立ち上げたり、DX領域のみ当社が支援するといった部分的なパートナーシップであったりと、個々の顧客によって取り組み方は違います。ですが、ビジネスとITを一体的に構築するDXの特性から、プロジェクトの運営に当たっては基本的に顧客と一体となって進めていくスタイルが主流です。
例えば、工場の生産設備をソフトウェアやサービスによって高度化する事業を手掛けるテクニウムは、大手工作機械メーカーのDMG森精機とNRIとの合弁事業です。設立3年目には黒字化し、ビジネスを軌道に乗せることができました。これからさらに事業規模を拡大させていきます。また、2019年には日本航空とNRIの合弁会社JALデジタルエクスペリエンスを設立しました。コロナ禍で大きく落ち込んだ旅行需要をいち早く呼び戻すために、顧客が潜在的に興味を持ちそうな「体験」を、NRIのデータ分析やAIの技術を駆使して探り出すサービス開発に取り組んでいます。両社ともNRIとの合弁となっていますが、実態としてはNRIデジタルが顧客と二人三脚で新しいビジネスの創出に力を注いでいます。
――顧客企業と強固な協業関係を結んで新規事業の創出に取り組むのはポジティブな面も多いでしょうが、顧客数が増えれば増えるほどより多くの人的リソースが必要になりませんか。
DXプロジェクトが続く限り、さまざまなスキルを持った人員が客先に張りついて仕事をしますので、ご指摘の通り人的リソースの増強は避けて通れません。実際、今年度(21年3月期)は昨年度比で3倍に相当する約210人体制に増やしました。コロナ禍によって人々の行動が変わり、オンラインの比重が一段と拡大しています。そうした市場の変化に適応するためにビジネスをデジタル領域へと移行させるDX需要が一層高まっています。こうした需要に応えるため、来年度(22年3月期)からはさらに人員を倍増させる計画を立てています。
――NRIデジタルの特色でもあるマトリックス型の組織は、比較的少人数のほうが機能しやすいと言われますが、どうお考えですか。
確かにプロジェクトが無尽蔵に増えてくると、まとまりがつかなくなる恐れはあります。今はプロジェクトを大きく四つに分類し、その中でビジネス設計やアプリ開発、IT基盤といった人材を融通していますが、この分類が何十と増えていったときに、うまく機能するとは思えません。相乗効果や関連度が高いプロジェクトをいくつかのグループに集約して、グループ内で人材を回していく方法もあり得ます。顧客とともに新しいデジタルビジネスを伸ばすために智恵や技術を集結させていくという当社の存在意義を見失わずに、会社や顧客の成長に合わせて最適な組織を試行錯誤していく方針です。
Favorite
Goods
“消せるボールペン”を愛用している。色を複数揃えたり、異なるメーカーのものをコレクションして、書き味の違いを楽しんでいるとか。思いついたアイデアを、紙に書いては消してを繰り返しながら考えをまとめあげている。
眼光紙背 ~取材を終えて~
リスクとリターンを共有する関係へ
デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組み成果を出しつつある企業は、デジタル施策のパートナーであるITベンダーと二人三脚でプロジェクトを進めていることが多い。この図式では、ITベンダー側にも高度な要求に応えることが求められる。顧客のビジネスをよく理解するとともに、より先進的なデジタル技術に明るくなければ、「ビジネスとデジタルの一体的な運営は難しい」と、雨宮正和社長は話す。
NRIデジタルでは、デジタルビジネスに対する深い知見を持ち、新しいデジタル技術にも精通したハイブリッドな人材を重視している。「ITは詳しいけれど、ビジネスは分かりません。あるいはその逆でもDXでは通用しない」(雨宮社長)とし、NRIデジタル発足以来、ビジネスとITの両方に明るい人材の育成と組織づくりに、とりわけ力を入れてきた。
DXの特色であるビジネスとデジタルの一体化は、従来のようにITの部分だけ切り出して、ベンダーにアウトソーシングすることを一層難しくさせる。顧客とベンダーが一体となり、「新規ビジネスの創出」という少なからぬリスクと将来のリターンを共有する関係へとシフトしていく必要があるのかもしれない。NRIデジタルはDX専業会社として、顧客とベンダーの新しい関係づくりや収益モデルを追求していく。
プロフィール
雨宮正和
(あまみや まさかず)
1967年、東京都生まれ。90年、早稲田大学理工学部卒業。同年、野村総合研究所入社。技術産業コンサルティング部長などを経て、13年、コンサルティング本部パートナー。野村総合研究所の「パートナー」制度が発足して第1号のパートナーに任命される。16年、NRIデジタル代表取締役社長に就任。
会社紹介
野村総合研究所のDX専業会社として2016年8月に発足。ライバル他社に先駆けてDX専業会社を発足させ、多くのDXプロジェクトを顧客とともに立ち上げてきた。今年1月には、消費者直接取引(D2C)分野のデジタルビジネス立ち上げをパッケージ化したサービス「D2C OnBoard」を始めるなど、独自サービスの開発にも力を入れている。