事業者向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」などを提供するマネーフォワードは、2012年の会社設立から17年の東京証券取引所マザーズ市場に上場を経て、国内のFinTech市場を代表するITベンダーとしての地位を築いてきた。設立者の辻庸介・代表取締役社長CEOは「できることはどんどん広がっている」とこれまでの歩みを振り返る。得意とする中小企業や個人事業主向けの市場に加え、中堅企業向けの市場でも「戦える状態」になっているという。辻社長に、今後の成長戦略などを聞いた。
サービスラインアップと
事業領域を拡充
――前回、「KeyPerson」にご登場いただいたのは2015年4月でした。それから6年がたちましたが、これまでのビジネスの状況を教えてください。
15年の売上高が4億4100万円で、20年は113億1800万円となっており、強烈に成長しています。この6年でSaaSやFinTechの市場が急速に拡大し、ニーズの高まりに合わせてサービスの開発やM&Aを進めてきました。その結果として、サービスラインアップと事業領域の拡充を同時にしながら成長することができました。サービスは、当初は中小企業や個人事業主をターゲットにしていました。この領域は引き続き強くなっており、日本の会計事務所のトップ100のうち、66%が弊社のサービスを利用しています。今は中堅企業向けの市場にもどんどん出ています。ひたすらいいサービスを作り、ユーザーに届けるという方針は変わっていませんが、6年前に比べると随分、社会に受け入れていただだけるようになりました。
――サービスを導入している企業数や規模はどのような状況になっていますか。
「マネーフォワード クラウド」などのバックオフィス向けSaaSの課金ユーザー数は15万4000を突破し、約半数は法人ユーザーとなっています。法人の内訳では、中小企業や個人事業主に加え、中堅企業がだいぶ増えています。これまでに中堅企業向けのクラウド会計ソフト「マネーフォワード クラウド会計Plus」の提供を開始し、クラウドERP市場への参入も発表しました。既存の経費などのサービスに加え、今年の夏ごろをめどに債権請求と固定資産、人事管理の三つのサービスを開始します。会計・財務とHRのプロダクトは揃いつつあり、中堅企業向けのサービスで見た場合、国内では最高レベルのプロダクトラインアップになると思っています。
――新型コロナウイルスの感染拡大によって、貴社のサービスへのニーズが高まっているとのメッセージを出されていますが、こちらについて詳しくご説明いただけますか。
一つはリモートワークですね。コロナ禍で出社はリスクとの考えが生まれ、企業がリモートワークを実施する中でわれわれのサービスを選んでいただけました。それから、官民でデジタル化を推進し、ペーパーレスやハンコレスに向けて紙からクラウドへ、という流れになっていることも後押しになっています。さまざまなサービスの中から選ばれる理由については、プロダクトの完成度の高さやコストの安さ、知名度など、複数の要因があると思っています。APIやスクレイピングを用いてデータの取得を行うアカウントアグリゲーション技術を活用し、2600以上の金融関連サービスと連携し、データが取得できることも強みになっています。
引き続き会計事務所は
最重要のパートナー
――販路についてはどのような戦略を展開していますか。
個人事業主は、Webとアプリ経由の販売が多い状況です。中小企業は、引き続き会計事務所が最も大事なパートナーになっており、それに加えて量販店も販路になっています。一方、中堅企業については、われわれが直接訪問したり、パートナーにご紹介いただいたりする形で営業活動を展開しています。今年2月末時点で、会計・社労士事務所で弊社のサービスを利用する職員数を示す公認メンバー数は、1万6000超となっています。従来公表していた事務所単位だと、4400超の事務所が弊社のサービスを導入していることになります。会計事務所を中心としたパートナーシップは、創業以来、ずっと大事にしており、この姿勢を変えることは考えていません。
――士業の事務所に対して、どのような支援をしていますか。
士業の方々に対しては、デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現に向けた支援を実施しています。例えば人材の教育やマネジメントの方法といった事務所経営のサポートのようなことをしており、これがうまく回り出したと感じています。日本のクラウドマーケットはこれから盛り上がっていくと見ているので、われわれのサービスを広げていくために、サービス自体の説明はもちろん、顧問先への説明の仕方などについても共有しています。将来的には、データを基にAI(人工知能)が人に代わって仕訳や監査といったことをするような仕組みをつくり、ユーザーから「マネーフォワードと付き合ってよかった」と言われるような世界を作りたいと思っています。ですので、テクノロジーへの投資は、19年にMoney Forward Lab(マネーフォワード ラボ)を立ち上げるなどしてしっかり進めています。
感動体験を提供する
――今後の開発の方向性についてはどのようなお考えでしょうか。
これからはつながる世界になると見ています。そうなった場合、会計や給与などがぶつ切りになっていた今までのコンセプトが変わり、バックオフィスのプラットフォーム化という動きが出てくる可能性があります。
先ほど少し触れましたが、債権請求と固定資産、人事管理の三つのサービスをリリースすることで、バックオフィスのサービスは一通り揃うことになりますので、今後は機能をしっかり拡充していくことに焦点を当てていきます。一方で、ITを使いこなせない方がいることも事実なので、テクノロジーだけに力を入れるのではなく、そういった方に寄り添い、どうすれば本当にオペレーションを変えていけるのかという視点も大切にして、ユーザーの心が動くような感動体験を提供できるようにしていきたいです。
――競合他社もクラウドに注力する動きが目立っています。他社の動向についてはどのようにご覧になっていますか。
あまり競合他社を意識しすぎると、おかしくなってしまうと考えています。競合他社のプロダクトを研究し、いいところを勉強することは大事ですが、意識しすぎる必要はないと思っています。ですので、われわれはやるべきことをきちんとやるだけだと考えています。他社が常に正しいというわけではないので、ユーザーのニーズをきちんととらまえてプロダクトを開発することが最も大切だと思っています。
――今後の目標を教えてください。
今期の目標としては、売上高で20年度比30.3%~39.2%増の147億5000万円~157億5000万円、EBITDAで黒字化を目指しています。しかし、数字的な目標は最後の結果なので、これまでと変わらず、いいサービスをつくっていくことを意識しています。ただ、いいサービスを提供することはとても大事ですが、それを届けて終わりという話では、企業の活動は変わりません。企業が成功して前向きに活動できるようになったり、それぞれの企業の中で働く社員が前向きな気持ちになったりすることを少しでも実現したいと思っています。他社ができることは他社がやればいいので、マネーフォワードだからこそできることをやっていきたいですね。
Favorite Goods
A4判のノートとパイロットのペン。仕事のアイデアなどを書き出して頭の中を整理している。同じノートを長年愛用しており、自宅には使用済みのノートが数十冊あるという。これまでにデジタル化にトライしたことはあるが、「紙に書く方がストレス発散になるし、発想が広がる気がする」と語る。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ポジティブな姿勢で、上のステージを目指す
取材当日、マネーフォワードの辻庸介社長は、オフィス内を走り回っていた。来年で同社の設立10周年。会社は成長を続けており、変わらず忙しい日々が続いている。
6年前のインタビュー時には、競合他社を明確に意識していた。今回も同様の質問をしたが、前回とはやや異なり、あくまでユーザーにフォーカスし、マネーフォワードらしさを追求する考えを示した。
これまでにサービスラインアップと事業領域を拡充し、昨年はガバナンスの強化を目的に取締役会の体制を変更した。社内取締役は7人から4人となり、社外取締役が5人と過半数を占めるようになった。辻社長は「一番楽しいのが取締役会で、一番緊張感があるのも取締役会」とし、「きちんと結果を出すことにコミットする体制ができた」と語る。
好きな言葉は、タレントの明石家さんま氏の座右の銘「生きてるだけで丸儲け」で、「アップサイドしかないというとても素敵な考え方」が気に入っている。ポジティブな姿勢で会社の成長を目指しつつ、「なるべく早く」としている上のステージに行くための準備も同時に進めていく考えだ。
プロフィール
辻 庸介
(つじ ようすけ)
1976年大阪府生まれ。2001年、京都大学農学部を卒業後、ソニーに入社。04年、マネックス証券に参画。11年、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。12年、マネーフォワードを設立。18年2月、「第4回日本ベンチャー大賞」で審査委員会特別賞受賞。新経済連盟幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー、経済同友会第1期ノミネートメンバー。
会社紹介
2012年5月に設立。「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッションを掲げ、全てのお金の課題解決を目指すFinTech企業。個人向けお金の見える化サービス「マネーフォワード ME」や事業者向けバックオフィスSaaS「マネーフォワード クラウド」など、約30のサービスを提供。15年の「マネーフォワード Fintech 研究所」設立を機に、産業の振興や政策提言の働きかけにも貢献している。17年9月に東京証券取引所マザーズ市場に上場。