米キンドリルは、米IBMのITインフラ領域の構築、運用を手がける事業部門が昨年9月に分社化した会社だ。昨年11月には株式上場を果たしている。IBMの子会社ではなく、ITインフラ領域に強い独立したSIer的な存在。事業規模は国内SIer最大手のNTTデータの売り上げに匹敵する約2兆2500億円で、AWSやAzureといったメガクラウドベンダーのサービスを積極的に活用したITインフラの運用や刷新をビジネスの柱に据える。クラウド全盛の時代において、少なくともITインフラの領域では、IBMから独立して、マルチクラウドを前面に押し出したほうがビジネスをより伸ばせるとキンドリルはみている。日本法人キンドリルジャパンの初代社長に就いた上坂貴志氏に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
運用効率化やクラウド移行を柱に
――昨年9月に米IBMは、ITインフラ領域の構築、運用を手がけるキンドリルを分社化し、国内においても同じタイミングで日本法人のキンドリルジャパンが立ち上がりました。まずはキンドリル分社化の狙いについてお話ください。
ITインフラのクラウド移行が急速に進んでいることが分社化の背景にあります。AWSやAzure、Google Cloud Platform(GCP)の存在感が大きく、国内でもデジタル庁が昨年10月に中央省庁で使うクラウド基盤にAWSとGCPを選定しました。IBMは自前で「IBM Cloud」を手がけていますが、複数のクラウドサービスを用途に応じて使い分けるユーザーの意向を踏まえると、IBMのクラウドサービスだけではユーザーの要望を満たせないと判断したことが、ITインフラ領域の事業をキンドリルとして分社化した大きな理由です。
――つまり、キンドリルが取り扱うクラウドサービスは、IBMのものだけではないということですか。
そうです。すでに「グローバル・エコパートナー」という名目で、AWS、Azure、GCPの取り扱いを始めていますし、サーバーやストレージ、AI、セキュリティなど主要ベンダーと積極的に協業を進めています。もちろんその中の一つとしてIBMのクラウドサービスやサーバー製品、IBMグループのRed Hatのオープンソースソフトも含まれています。
――キンドリル全体の事業規模は196億ドル(約2兆2500億円)と大きく、米IBMの20年12月期連結売上高の4分の1ほどを占めます。国内SIerと比較すると最大手のNTTデータに匹敵する規模です。
キンドリル全体で見ると世界60カ国余りに約9万人の従業員を配置し、うち国内では約4000人の人員体制となります。IBMが手がけていたITインフラ領域はそれだけ巨大だったというだけでなく、ユーザー企業も多額のお金をITインフラにつぎ込んでいたとみることもできます。
少し規模が大きいユーザーでは、業務システムごとに発注しているベンダーが違ったり、構築した時期に開きがあったりして、ITインフラの運用にまとまりがなくなるケースがよく見られます。Aシステムの運用はAベンダーに委託、Bシステムは社内で運用、Cシステムは情報システム子会社に……といった具合です。いわゆる運用体制が孤立、分断する“サイロ化”現象で、運用効率を悪化させ、費用がかさむ原因となっています。
そこで、当社ではサイロ化している運用を請け負い、統合運用に向けた提案を行うとともに、クラウド環境へ移行する支援をビジネスの柱に位置づけています。
ITインフラ市場は年率7%で成長
――ユーザー企業は運用を一本化することで運用にかかる費用を圧縮でき、クラウド移行によって自前でITインフラを持つよりも運用まわりの自由度を高められると。実際、日本の大手SIerを見渡しても、クラウド移行やマルチクラウド運用を前面に押し出すことで業績を伸ばしています。
世界のITインフラ市場は、21年から24年までの4年間の年平均成長率は7%と当社では見ています。コロナ禍期間を経てユーザー企業を取り巻く事業環境は大きく変化しており、ITを活用した新しいサービスや、それに伴うシステム更改が盛んに行われています。いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ばれる動きです。DXではとかくアプリケーション領域に目が行きがちですが、ITインフラが旧世代のまま、運用もサイロ化したままでは、思うようにアプリをつくれないし、運用の負荷も増える一方です。文字通り“砂上の楼閣”になりかねません。
企業経営にとってITの重要性は年を追うごとに増していて、運用するシステム規模も大きくなっています。運用を担う人手を際限なく増やして、人海戦術で当たれば回せるかもしれませんが、近年の慢性的にITエンジニアが足りない国内の状況を考えると、その道を選ぶのは得策でないことは明らかです。
――国内のユーザー企業は「既存システムの運用にIT予算の7割を投じている」とよく言われますが、ここをなんとかしないと、ユーザー企業は売り上げや利益に直結する“攻めのIT”に十分な予算を回せませんし、DXを進めることも難しい。ここの課題をキンドリルは解決するということですね。
当社はITインフラの構築や運用にほぼ特化していますので、サイロ化したシステム運用をできる限り解消し、マルチクラウドに対応した最新の技術を駆使して運用を徹底して自動化、標準化に力を入れていきます。そうすることで、既存システムに貴重なIT予算や人材リソースを割り当てすぎている国内ユーザーの課題解決につなげていく考えです。
非IBMの技術領域では“挑戦者”
――初代キンドリルジャパンのトップに就いた上坂社長のこれまでのご経歴についてもお話ください。
私は新卒で94年に日本IBMに入社したのですが、文系でしたので普通に営業職に配属かと思っていたところ、結果はSE職でした。当時の日本IBMはハードウェアの販売を主体とするビジネスからシステム構築(SI)やITサービスの領域への進出を加速させていた時期で、同期はもれなくSEとしての素養を身につける研修を受けましたね。私はそのままSEとなり、2000年代には金融系の大きなプロジェクトのプロジェクトマネージャー(PM)も経験しています。
メンバーと意思疎通して、計画を立てて、プロジェクトを成功させるPMは、私の性分に合っていたようで“天職”なんじゃないかと思えるほどでした。外から見ると華々しい営業に比べて、SEやPMはやや地味なイメージがあるかも知れませんが、私はSEやPMこそ顧客と同じ現場に入り、長く深く一緒の仕事に取り組むという点で、常に会社を背負っている立ち位置だと感じています。
――当時の金融系大型プロジェクトはウォーターフォール方式で厳格に要件定義を行い、何万人も動員して開発する大規模なものだったと聞いています。
当時から労働集約的な手法はIT人材の枯渇に拍車をかけると問題視されており、それは今でも変わりません。ただ、当時と大きく違うのはメガクラウドの登場でアプリの開発やITインフラの在り方が劇的に変わったことです。並行してアジャイル開発やローコード開発、開発と運用を一体的に行うDevOpsといったクラウド時代に見合った技術や手法も確立されていますので、以前のように24時間態勢で張りついて、世間が休みの盆暮れにシステム更新の作業をする負担を少なくすることも可能になりました。
――技術の進歩はすさまじいものがありますからね。上坂社長はIBMの技術を軸にシステム構築や運用を手がけてきたわけですが、少なくともAWSなど非IBMの技術領域で他の大手SIerより優位に立つめどはあるのでしょうか。
非IBMの技術領域では、当社は“挑戦者”です。ただ、キンドリルの立ち上げに先だってAWSやAzureなどの技術者の育成に取り組んできましたし、何と言っても大規模な基幹システムを構築、運用してきた実績と信頼は、他のSIerに比べて優れていることはあっても劣っていることはありません。IBMのなかにいたときと同様、高品質、高信頼の運用をキンドリルとして提供していくことでビジネスを伸ばしていきます。また、当社にとって不慣れな技術領域は、その分野の専門的な知見やノウハウを持つSIerやITベンダーと組むことも想定しています。品質をより高めていくためのコンソーシアムのような経済圏もつくっていきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
上坂社長は、技術起点で運用するITインフラと、人海戦術で運用するITインフラの違いを「『体制』と『態勢』の違いになぞらえることが多い」と話す。「体制」は秩序だった仕組み、すなわち自動化や標準化といった技術重視の手法。「態勢」は「24時間態勢」「航空機が着陸態勢に入る」など場面ごとに対応するニュアンスだ。
アプリケーションの領域であれば、アジャイル方式で試行錯誤をしながら、臨機応変に「態勢」を変えていくほうがビジネスを有利に進められる可能性が高い。しかし、システムの基盤であるITインフラは、「しっかりした仕組みを構築して運用していく『体制』のほうが、断然有利だ」と見る。
IT技術者が慢性的に不足するなか、「サイロ化されたシステムを人海戦術で運用する『態勢』では、早晩行き詰まる」との危機感をもって、ユーザー企業のITインフラの刷新、運用を支えていく。
プロフィール
上坂貴志
(うえさか たかし)
1970年、大阪府生まれ。94年、同志社大学法学部卒業。同年、日本IBM入社。2006年、金融戦略プロジェクトプロジェクトマネージャー兼部長。11年、理事。13年、理事グローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業本部保険サービス事業部長。17年、執行役員GBS事業本部金融サービス事業部長。20年、執行役員グローバル・テクノロジー・サービス事業本部インフラストラクチャー・サービス事業部長。21年9月1日付でキンドリルジャパンの事業開始に伴い同社社長に就任。
会社紹介
【キンドリルジャパン】2021年9月に米IBMから分社した米キンドリルの日本法人で、ITインフラの構築、運用を専門に手がける。従業員数は約4000人。日本IBMの従業員約2万人のうち、ITインフラ領域を担う人員を中心にキンドリルジャパンへ移籍した。国内拠点は主要都市29カ所に展開している。