AIの共同研究開発やソリューション提供を手掛けるPKSHA Technologyは、急激な成長を遂げている。2022年9月期の営業利益は前年度比約1.4倍の15億6500万円を達成。テレワーク普及の中で生まれた従業員同士や顧客とのコミュニケーションの円滑化を求める需要をつかみ、AI SaaSによって課題解決につなげている。上野山勝也代表取締役は、AIアルゴリズムを用いて人と対話しながら成長するソフトウェアは、新しいテクノロジーの象徴になってきていると力を込め、今後は販売パートナーの獲得などを進めて販路を拡大し、AIのさらなる社会実装を進めていく構えだ。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
AI SaaS事業が好調に推移
──22年9月期は大幅に業績を伸ばしました。その要因をどのように考えますか。
M&Aによる上振れ要因もありましたが、もともと持っていたプロダクトの領域が成長をけん引した点が大きいです。特にチャットボットなどでコミュニケーションを円滑化するAI SaaSの領域が成長を引っ張っています。
──AI SaaS事業は、「従業員接点」と「顧客接点」の二つの領域で展開しています。どの点が評価を受けているのでしょうか。
コロナによってテレワークが普及しましたが、それによって従業員同士の気軽なやり取りが難しくなりました。Web会議アプリによるコミュニケーションでは目すら合わせられず、組織の一体感をつくり出しにくい。それが原因で、社内のナレッジが属人化してしまう問題が起きています。例えば、職場に集まっていれば、分からないことをすぐ誰かに聞くことができましたが、テレワークでそれはできません。AIエージェントを用いると、分からないことがあればいったんAIに聞いてみて、AIだけでは解決できない問題であれば、解決策を持つ人につなげることができます。最初に聞く相手がAIならば心理的なハードルが下がり、テレワークでも気軽に聞ける環境をつくれます。また、AIは使うほど解決策が蓄積されていくので、ナレッジの属人化を避けることもできます。こうした離れたところで働く従業員を滑らかにつなぐソフトウェアは、大きな市場として存在していると考えています。
つきつめれば、全ての社会活動はコミュニケーションです。これまでこの領域はデータになっていませんでしたが、リモートでのやりとりが浸透したことで、データ化できるようになりました。ここを科学することは大きなパラダイムシフトになるでしょう。
顧客向けには、企業が顧客との対話を資産に変えていくソフトウェアを提供しています。現在、コンタクトセンターや店舗など、顧客接点が多様化し複雑になっています。そこを媒介するAIエージェントを提供し、企業が自社のファンを獲得できるよう支援しています。この領域のレガシーのソフトウェアをクラウド化し、AI化していくというのは、あらがえないトレンドだと思うので、今後も市場は拡大すると見ています。
──地方銀行間でFAQのフレームワークおよびデータを相互に共有する「地銀FAQプラットフォーム」など、業界内を横断したサービスの提供も活発化しています。どういった狙いがありますか。
顧客満足度は当然重要ですが、顧客最適化だけではあまりインパクトが出せないので、業界自体をよりよい形に変えていく動きはできないかと考えています。AI技術は立ち位置的には業界全体に対して触媒的に関わることができます。地銀の場合は、全国どこでも、顧客が銀行に対して抱える悩みごとは同じようなものです。そうしたものに対するFAQの仕組みを共有財産としてSaaS化すると、社会的なインフラになります。AIは学習するソフトウェアなので、より多くのデータを学習させたほうがより良いサービスを提供できます。知識の共有空間としてAI SaaSを提供することで業界全体をよくできると考えています。
パートナーとの連携強化で社会実装を促進
──日本におけるAI導入は遅れているとも言われていますが、市場環境をどのように捉えていますか。
導入が遅れているというより、AI技術がまだ進化の途上にあるため、市場はまだまだ黎明期ととらえています。ただ、22年はAI技術が大きく加速した一年だったので、新たな社会実装も進んでいます。今後はコストも下がり、大企業だけではなく、中小企業の導入も進んでいくでしょう。
──市場における自社の優位性をどのように考えていますか。
われわれの大きな特徴は、AIの開発研究と社会実装のどちらも展開していることです。そうした業態をとっている競合はほとんどいません。AI Research&Solution事業では日本をリードする大手企業とタッグを組み、デバイスやオペレーションの裏にわれわれの開発したアルゴリズムを入れることでレバレッジをかけて、社会にインパクトを与えることを目指しています。実践型の共同研究という位置づけです。企業との対話の中で業界の課題が見えてきて、それをプロダクトにフィードバックしていくというサイクルが、変化の激しいIT業界では重要になります。これまではクライアントからの相談ベースでやってきましたが、最近は各業界がどのような構造で動いているかが、ある程度分かるようになってきたので、課題解決に向けてこちらから提案することも増えています。
──ユーザーがAIに寄せる期待は変わってきていると感じますか。
クライアントの雰囲気も変わってきていると思います。実験でやってみようという話はなくなってきていて、実際にどれだけのインパクトが出るかをベースに考えるようになってきています。クライアントの抱える課題に対し、できることと、できないこと、どっちか分からないものに分類し、どっちか分からないものは一緒に考えつつも、ボトムをできることに合わせた話し合いを進めています。
──今後の販売戦略はどう進めますか。
AI Research&Solution事業では、今後も話し合いを重ねながら直販をメインで進めていきます。ただし、それだけでは広く多くの企業に届けることができないので、AI SaaSなどのプロダクトについては積極的に販売パートナーの獲得を目指し、中小企業にも届くように拡販していきます。特に従業員接点と顧客接点は現在、急速に拡大している領域なので、パートナーとの連携が重要になってくるでしょう。例えば、チャット応答によるヘルプデスクを推進するパートナーなど、今後いろいろなパートナーとの協業は進めたいです。われわれのソフトウェアはよくある商材ではなくユニークなものが多いので、パートナーに対するイネーブルメントも手厚く行っています。
アジアでのポジション確立目指す
──社内マネジメントの面ではどういった取り組みをしていますか。
あまりトップダウン的な組織ではなく、新規プロダクトが事業部側から上がってくるケースが重なっています。こうしたカルチャーを継続していくことが重要だと考えています。M&Aも行っていますが、社内カルチャーのすり合わせなどは密に行うようにしています。とはいえソフトウェア企業なので、そんなに大きく違うということはありません。AIを使って高機能化を図るなど、いろいろなプラスのシナジーを生み出せています。
──今後の目標をお教えください。
12年にディープランニング革命と言われAIがはやり始めましたが、コンピューターインフラやアルゴリズムの作り方、データの量が進化し、かつ投資も増えたことが要因で、22年が本格的なAIの社会実装が始まった年だと思っています。現在、米国の企業がAIの基盤モデルを作っており、それが世界を覆っていく可能性があります。そうした中で、日本の会社として、AIファーストのプロダクトを社会実装できる存在になりたいという思いが強くあります。
──海外進出についてはどのようにお考えですか。
すでにパートナー企業の海外支社のプロジェクトや、ベンチャー企業の海外投資に乗り出しています。今後はアジアでどういったポジションがとれるかが重要になると考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「共進化モデル」。取材中に何度も口にした言葉だ。関係性の中で相互に影響し合い、進化を果たすという考え。自社のプロダクトでも、社内マネジメントでも、この「共進化」を中心に据えているという。近い未来でさえ、誰にもわからなくなっている時代である。先に未来像を設計し、実現に向けた道筋をたどる手法では劇的な変化に対応できない。「変化を前提とし、顧客や市場とともに進化するモデルでなければ成長できない」。
ただ、10年前の創業時に思い描いた「すべてのソフトウェアがクラウド化する」といった「仮説」は間違っていなかった。そしてこの先、すべてのソフトウェアはAI化していくと見据える。そうなれば、あらゆるソフトウェアが人間との「対話」によって性能が高まり、人間の生産性も増す。これもまた「共進化」である。人ともに進化するソフトウェアの実装へ、挑戦は続く。
プロフィール
上野山勝也
(うえのやま かつや)
1982年生まれ。新卒でボストンコンサルティンググループの東京/ソウルオフィスで主にネット業界、ソフトウェア業界向けの仕事に携わった後、米国でグリー・インターナショナルのシリコンバレーオフィスの立ち上げに参画し、ウェブプロダクトの大規模ログ解析業務に従事。その後、2013年に東京大学松尾研究室で工学博士号を取得し、14年に研究室助教に就任。並行して12年、PKSHA Technologyを創業。
会社紹介
【PKSHA Technology】パートナー企業のニーズに合わせたAIの共同研究開発からソリューション提供までを一気通貫で手掛けるAI Research&Solution事業におけるアルゴリズムの開発成果をもとに、汎用的なニーズに対応するプロダクトを販売するAI SaaS事業を展開する。