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五つの価値共創領域で社会課題を解決
日本IBM 代表取締役社長
山口明夫
取材・文/岩田晃久 撮影/大星直輝
2023/01/30 09:00
週刊BCN 2023年01月30日vol.1955掲載
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
共創のモデルが広がる
──2021年9月にキンドリルジャパンを分社化し、22年は新しい体制が本格的に始動した年でしたが、どう振り返りますか。運用を手掛けていたキンドリルジャパンが分社化したことで、システム開発を含む「コンサルティング」、ハードウェアやソフトウェア、クラウドといった「テクノロジー」と「研究開発」の三つで、お客様から見た時に一番価値のある形でアプローチしていくことを目標にスタートしました。当初は、どうなるのかという雰囲気もありましたが、気候問題や国内の人口減、エネルギー高、グローバルサプライチェーンの再構築など社会課題が複雑化している中では、データ活用やテクノロジーの利用が重要だと認識されるようになりました。その中で社員の意識も、テクノロジーをただ売るのではなく、テクノロジーを利用してお客様の課題や社会課題を解決しなければならない、ということに腹落ちしてきたという状況です。
従来は、製品を売り、その次はシステム開発、そして、運用というビジネスモデルが大半でしたが、今は、これだけでは立ち行かなくなっています。企業のIT部門と仕事をするだけなら、これまで通りで問題ありませんが、業務変革を進めるために、お客様のあらゆる事業部でITの活用を進めています。その結果、さまざまな事業部の方と一緒に、どのようにビジネスモデルを変えたいのか、何を実現したいのかを話し合い、システムなどをつくっていく共創モデルが広がってきています。
――五つの価値共創領域を示していますが、詳細を教えてください。
現在は、(1)社会インフラであるITシステム安定稼働の実現(2)AIやクラウドなどのテクノロジーを活用したDXをお客様と共に推進(3)CO2やプラスチック削減などのサステナビリティー・ソリューションの共創(4)半導体、量子、AIなどの先端テクノロジーの研究開発(5)IT/AI人材の育成と活躍の場──の五つを価値共創領域として注力しています。
(1)では、サイバー攻撃の増加などにより、従来のやり方ではシステムの安定稼働が難しくなっていることから、AIやデータを駆使して、障害を自ら直すぐらいの自立型のシステムに変えていかなければなりません。現在は、さまざまな場所でコンピューターが使われており、例えば、病院のシステムなどは止まってはいけません。だからこそ、安定稼働を実現することが重要となります。(2)では、AIを活用するなどして、業務変革を進めていくことが大切になります。(3)では、テクノロジーを活用して気候変動や洪水に対応するプロジェクトを推進しています。サステナビリティーは企業にとって重要な経営課題となっています。難しい問題ですが、幅広く取り組んでいきたいですね。
(1)(2)(3)の実現を目指す中で、課題となるのがデータ処理です。すべての機器が衛星でつながったりすることで、私たちが考えているのとは比較にならないぐらいのデータ量を処理しなければならなくなります。そのためには、(4)を推進し、量子コンピューターやニューロコンピューターの開発、メインフレームの最新化に取り組みます。それだけでは終わらず、大規模にコンピューターを動かすには、消費電力が課題となるため、消費電力量の少ない半導体チップなども開発中です。
(5)の人材面では、AIや量子コンピューターを使いこなせる高度な技術を持つ人材はもちろんですが、今は、ITを使い業務変革を進められる人材を企業が必要としています。こうした人材を育成し活躍できる場を提供したいですね。
これら五つの価値共創領域はすべてつながっていると考えています。IBMが単独で創造するのではなく、お客様やパートナーなどと協力しながら創出します。

DXの意識が変化
――国内はDXの動きが加速しています。市場をどう捉えていますか。少し前までは、DXに早く取り組まなければならないという流れがあり、その解決策としてクラウドの利用が進み、DX=クラウドという雰囲気となりました。ただ、22年から、お客様はクラウドをはじめとしたITありきではなく、まず自分たちのビジネスや業務をどう変えていくのかをすごく話されるようになってきており、優先度を明確にしてDXに取り組みはじめたと見ています。そして、その目標を実現するために、ITをどう活用していくかが、次のフェーズとなります。セキュリティ要件や堅牢性、予算などを踏まえて、この部分はオンプレのメインフレームを使う、ここのシステムは「IBM Cloud」を採用するが、他のシステムは他社のクラウドサービスにしようといったこともできるようになっています。ハイブリッドクラウド環境が増加しているのも、こういった変化が要因だと考えます。
――22年1月から「IBM地域DXセンター」の設立にも取り組んでいます。
これまでも地方に営業部はありましたが、製品を売るだけではなく、共創を進めていくにはエンジニアが必要だと思い、営業、コンサル、開発を提供できる形にしました。現在は、札幌市、那覇市、仙台市、北九州市の4拠点に設立し、広島市でも設立の準備を進めています。
地方の公共機関や金融機関、大学、高等専門学校などと連携することで、地方創生や雇用機会の創出、その地域のDXなどさまざまな貢献ができ
ます。加えて、バーチャル関連の技術を駆使することで、地方にいながら全国の開発案件に携わるといったことも可能になります。
――ハイブリッド環境やマルチクラウド環境の構築では、自社のクラウド基盤であるIBM Cloudがあります。他社のサービスとの違いはどこにありますか。
IBM Cloudは、金融をはじめインダストリーに特化したミッションクリティカルな業務で使えるクラウドとして提唱しています。コンプライアンス(法令順守)やセキュリティに対応したものを、時間をかけて作ってきました。また、障害などが発生した際、どういった事象が起こっているのかを明確に説明できる体制を構築してきたことで、お客様から信頼を得ています。
ハイブリッドクラウド環境の拡大に伴い、事例も増加しています。業界に特化したAPIの提供も行っているため、今後も、利用が進むはずです。
量子コンピューターの開発が進む
――近年は、量子コンピューターに注力していますね。化学分野における材料の発見、医療での遺伝子解析、新しい電池素材の開発といった領域でユースケースを定義しており、今後はリアリティーを持ったさまざまな発表がされていくと見ています。量子コンピューターの開発においては、25年に4000量子ビット以上のプロセッサーの実現を目指していますが、予定より早くなるくらいの開発スピードで進んでいる状況です。
ただ、量子コンピューターの開発だけに取り組むことはありません。あるトランザクションは従来のコンピューターで処理し、違うものは量子コンピューターやニューロコンピューターで処理するなど、コンビネーションでいろいろと解決するようになってきているため、従来のコンピューターやニューロコンピューターの開発も強化しています。
――顧客の量子コンピューターへの関心は高まっているのでしょうか。
金融や製造業、商社などでは、自社で量子コンピューターに関わる組織を設けて、研究開発を行い、その成果をどう活用していくのかに取り組んでいます。また、21年、かわさき新産業創造センターに設置したゲート型商用量子コンピューター「IBM Quantum System One」の使用率は世界トップですし、私たちが想像している以上に、国内企業や学生の量子コンピューターへの関心は高いです。
――パートナービジネスの方針を教えてください。
製品の販売やSI、当社のテクノロジーをベースとしたソリューション、サービスの提供などパートナーのビジネスも多岐にわたります。米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス)や米Microsoft(マイクロソフト)といった競合とされる企業も、当社のコンサルティング部隊から見ればパートナーです。このように、パートナーと一言で言っても複雑な環境になっています。その中で、重要なことは、本当にお客様の役に立つのかということです。その考えを大切にし、パートナーとの共創を推進していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
米IBMの事業領域は多岐にわたる。加えて、19年の米Red Hat(レッドハット)の買収、21年の米Kyndryl(キンドリル)の分社化など、組織体制も常に変化している。87年に日本IBMに入社し、その歴史を見てきた山口社長に改めて、今のIBMをどういった会社と表せばいいのか聞いたところ、言葉を選びながら「お客様とともに、テクノロジーで社会や企業の問題を解決し、成長や夢の実現に注力する会社」と返ってきた。
続けて五つの価値共創領域を挙げ、「このすべてに取り組める企業はそこまでない。テクノロジーの進化やデータ量の変化、社会課題など全部を見ながら、優先順位を付けてやらなければならないことを考えて実行できるのが楽しい」と話す。
現在は、共創モデルへの転換を図っているが、大組織であるがゆえに簡単にできることではない。だが、取材の中で、共創モデルの重要性を語る姿には、実現を目指す強い意志を感じた。共創モデルの実現の暁には、よりよい社会が待っている。そんな期待が高まる取材だった。
プロフィール
山口明夫
(やまぐち あきお)
1964年、和歌山県生まれ。87年、大阪工業大学工学部を卒業。同年、日本IBMに入社。エンジニアとしてシステム開発・保守に携わった後、2000年問題対策のアジア太平洋地域担当、ソフトウェア製品のテクニカルセールス本部長、米IBMでの役員補佐などを歴任。07年以降はグローバル・ビジネス・サービス事業を担当し、理事、執行役員、常務を務めた。17年、取締役専務執行役員グローバル・ビジネス・サービス事業本部長に就任。併せて米IBM本社の経営執行委員にも就いた。19年5月より現職。
会社紹介
【日本IBM】米IBMの日本法人として1937年に設立。2021年12月期の業績は、売上高が7837億円、営業利益が922億円。情報システムに関わる製品やサービス、コンサルティングなどを提供。米本社は1911年設立。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
共創のモデルが広がる
──2021年9月にキンドリルジャパンを分社化し、22年は新しい体制が本格的に始動した年でしたが、どう振り返りますか。運用を手掛けていたキンドリルジャパンが分社化したことで、システム開発を含む「コンサルティング」、ハードウェアやソフトウェア、クラウドといった「テクノロジー」と「研究開発」の三つで、お客様から見た時に一番価値のある形でアプローチしていくことを目標にスタートしました。当初は、どうなるのかという雰囲気もありましたが、気候問題や国内の人口減、エネルギー高、グローバルサプライチェーンの再構築など社会課題が複雑化している中では、データ活用やテクノロジーの利用が重要だと認識されるようになりました。その中で社員の意識も、テクノロジーをただ売るのではなく、テクノロジーを利用してお客様の課題や社会課題を解決しなければならない、ということに腹落ちしてきたという状況です。
従来は、製品を売り、その次はシステム開発、そして、運用というビジネスモデルが大半でしたが、今は、これだけでは立ち行かなくなっています。企業のIT部門と仕事をするだけなら、これまで通りで問題ありませんが、業務変革を進めるために、お客様のあらゆる事業部でITの活用を進めています。その結果、さまざまな事業部の方と一緒に、どのようにビジネスモデルを変えたいのか、何を実現したいのかを話し合い、システムなどをつくっていく共創モデルが広がってきています。
――五つの価値共創領域を示していますが、詳細を教えてください。
現在は、(1)社会インフラであるITシステム安定稼働の実現(2)AIやクラウドなどのテクノロジーを活用したDXをお客様と共に推進(3)CO2やプラスチック削減などのサステナビリティー・ソリューションの共創(4)半導体、量子、AIなどの先端テクノロジーの研究開発(5)IT/AI人材の育成と活躍の場──の五つを価値共創領域として注力しています。
(1)では、サイバー攻撃の増加などにより、従来のやり方ではシステムの安定稼働が難しくなっていることから、AIやデータを駆使して、障害を自ら直すぐらいの自立型のシステムに変えていかなければなりません。現在は、さまざまな場所でコンピューターが使われており、例えば、病院のシステムなどは止まってはいけません。だからこそ、安定稼働を実現することが重要となります。(2)では、AIを活用するなどして、業務変革を進めていくことが大切になります。(3)では、テクノロジーを活用して気候変動や洪水に対応するプロジェクトを推進しています。サステナビリティーは企業にとって重要な経営課題となっています。難しい問題ですが、幅広く取り組んでいきたいですね。
(1)(2)(3)の実現を目指す中で、課題となるのがデータ処理です。すべての機器が衛星でつながったりすることで、私たちが考えているのとは比較にならないぐらいのデータ量を処理しなければならなくなります。そのためには、(4)を推進し、量子コンピューターやニューロコンピューターの開発、メインフレームの最新化に取り組みます。それだけでは終わらず、大規模にコンピューターを動かすには、消費電力が課題となるため、消費電力量の少ない半導体チップなども開発中です。
(5)の人材面では、AIや量子コンピューターを使いこなせる高度な技術を持つ人材はもちろんですが、今は、ITを使い業務変革を進められる人材を企業が必要としています。こうした人材を育成し活躍できる場を提供したいですね。
これら五つの価値共創領域はすべてつながっていると考えています。IBMが単独で創造するのではなく、お客様やパートナーなどと協力しながら創出します。
- DXの意識が変化
- 量子コンピューターの開発が進む
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