グローバルで事業を展開するITベンダーの中でも幅広い製品ポートフォリオを揃えているLenovo(レノボ)グループは、近年「One Lenovo」を掲げ、エンドユーザーのデバイスからITインフラ、サービスまで一貫して提供する体制を強化している。ただ出自が異なる多数のブランドを抱える日本市場においては、One Lenovo体制の構築は容易ではない。高難易度のミッションを成功に導くために旗振り役を託されたのは、PC事業のスペシャリストとして東芝や日本マイクロソフトで経歴を重ねてきた檜山太郎氏だ。それぞれのカルチャーを一つにまとめあげ、One Lenovo体制を確立することはできるのか。その手腕が試されている。
(取材・文/大蔵大輔 写真/大星直輝)
日本ならではの「One Lenovo」を模索
――東芝、日本マイクロソフトを経て、レノボ日本法人の社長に就任されました。どのような経緯で声がかかったのでしょうか。
就任後に聞いた話ですが、新しい社長を選定するにあたって「コンシューマー(個人向け)とコマーシャル(法人向け)の経験がある」「日本のハードウェアとソフトウェアが分かる」「国内とグローバルで勤務経験がある」という三つの軸で人を探していたそうです。こうした人材は自分以外にもいると思うのですが、なかなか見つからなかったようで、今回のご縁をいただきました。
私自身の理由としては、長く勤めるつもりで日本マイクロソフトに入社しましたが、少し限界を感じる部分が出てきていました。最新のコンピューティング技術を生かして市場を活性化させるためには、PCだけでなくユーザーインターフェースのあるさまざまな機器を押さえなくてはいけないことに気がついたんです。もともとハードウェアの会社からソフトウェアの会社に移ったわけですが、もう一度ハードウェアをやってみようと。できることなら影響力が大きく、市場に広いカバレッジが出せる場所で挑戦したいという考えもあり、オファーを受けることにしました。
――3月で就任から半年を迎えます。檜山社長に課せられているミッションとその進捗を教えてください。
グループ全体として目指している「One Lenovo」の体制を日本市場で構築するのが私に与えられているミッションです。これまではPCとサーバーを売っている部隊とコンシューマーとコマーシャルで動いている部隊は別でしたが、一つのチームに統合することで、ポケットからクラウドまで幅広い事業を展開している当社の強みを発揮していくのが狙いです。現在は4月からの新年度に向けて土台作りをしています。
ご存知の通り、レノボは巨大なグローバルの事業体ですが、日本には特に多様なカルチャーが存在しています。山形県米沢市にあるNECパーソナルコンピュータ(NECPC)の製造工場、群馬県太田市にある保守やサポートを担うサービスセンター、横浜市にあるThinkPadの開発拠点である大和研究所など、それぞれが異なるカルチャーを醸成しています。非常に強い個々のエネルギーをいかに“Lenovo”という大きなカルチャーとしてまとめあげ、同じ方向に進んでいくか。これは本ミッションにおける日本ならではの難しさかもしれません。
また以前在籍していたマイクロソフトでは「One Size Fits All」でグローバルから発信された方針に従ってそれぞれの現地法人が動いていましたが、レノボでは骨格は共通でも中身は現地法人の裁量に委ねられています。本社の楊元慶CEOからも「日本は独自の動きを持った市場なので、しっかりデザインしてほしい」と言われています。こうした考え方はグループだけでなく日本市場への貢献にもつながるものなので、私としても共感しています。
ソリューション会社への移行を加速
――現在、大きな枠組みで「デバイス」「ITインフラ」「サービス」の3軸に注力する方針を掲げています。それぞれの事業の状況を教えてください。
レノボはPCの会社としてスタートしていますが、グローバルの2022年第2四半期(7~9月)決算では非PC事業が売上高全体の約37%を占めています。ITインフラとサービスは前年比で二桁成長が続いているので、これからさらにソリューションの会社へと移行していくと思います。日本でもコロナ禍で他国と比べて遅れていたデジタル化が加速したこともあって、順調に移行が進んでいます。
それぞれの事業について説明すると、まずデバイス事業の主力であるPCはそのときどきの需要で大きく上下する市場ですが、それでも国内で毎年およそ1200万台は販売されており、持続的に安定した市場といえます。大きな需要が発生したときには短期的にシェアを取りに行きますが、継続的に当社の製品のポジショニングをしっかり訴求していくことが重要です。付加価値となるソリューションも含めてお客様の生産性向上に貢献したいという考えもあります。
――次の大きな需要として注目しているトピックは何ですか。
注目しているのは、GIGAスクール需要の第2ラウンドです。前回よりもさらに大きな山になるのではないかと予想しています。そのために備えておくべきポイントは3点あります。まずは、製品を安定的に供給することです。前回のGIGAスクール需要では業界全体で部品の確保が難しく、供給が十分ではありませんでした。どれくらいの台数が必要かといった指令は文部科学省主導から地域の教育委員会主導に変わりつつあるので、全国をカバーしている当社のネットワークをうまく使って、製品供給やサプライチェーンをしっかりと押さえていきたいと考えています。次に製品だけではなく教育コンテンツやサポートのシステムが不十分だったという反省もありました。ここについても教育関係者のニーズを再度認識し、しっかりと準備を進めていきます。最後にノウハウの共有です。新しく指導する立場になった先生もおられるかと思いますので、それを念頭に入れた準備が必要になってきます。
――好調なITインフラ、サービスについてはいかがでしょうか。
今後はさまざまなパートナーを組み合わせてシステムを最適化する、いわゆるオーケストレーションの時代になってくると考えているのですが、その中でITインフラはPCと並んで非常に重要な役割を担ってきます。これまではデータセンターやローカルサーバーについての議論が中心でしたが、現在はOne Lenovoのもとでいかにオーケストレーションしていくかという議論を行っています。具体的には、カスタムメイドで提供する高額のものではなく、既製のソリューションを組み合わせたローコストな提案などを強化しようとしています。
サービスに関しては、これまでハードウェア管理が中心で保証期間の延長や緊急時のサポートなどが売り上げの大半を占めていましたが、今後は業界・業種に合わせた提案を伸ばしていこうと考えています。例えば、小売業界であれば「顧客情報をもっとうまく管理したい」、金融業界であれば「セキュリティを重視したい」といった特有の要望があるはずです。こうした声に応えていきます。
「Lenovo 360」でOne Lenovoを加速
――新たなパートナー施策として、22年4月にPCとサーバーの販売支援プログラムを統合した「Lenovo 360」を開始しました。進捗はいかがですか。
すでにお使いいただいているパートナーの方にお話を聞いている限りは非常に好評を得ています。導入企業の数も昨年比170%増と急速に広がっています。当社の製品ポートフォリオは他社と比べても非常に幅広いため、一気通貫して管理できるメリットは大きいかと思います。またパートナープラットフォームの活用も伸びていて、使い勝手の部分でも評価していただいています。高頻度で改善を加えているのも特徴で、常に変化に対応して最適なかたちで提供できるよう努めています。これはOne Lenovoを実現する上でも核となる施策になってくるでしょう。
――最後に今後の戦略と檜山社長の意気込みをお聞かせください。
ユーザー、そしてパートナーの生産性向上をサポートし、ビジネスの伴走者として寄り添っていくという姿勢は変わりません。コロナ禍が一段落してIT関連の需要は落ち着くという見方もありますが、日本のデジタル化はまだ発展途中です。しっかりと追いかけ続け、お客様の成長に貢献していきます。私自身は当社の成長が先にくるのではなく、市場が活性化した結果として当社の成長につなげるという意識を持って取り組みたいと考えています。23年は今までカバーできていなかった事業へのアプローチというのもあるかと思います。マーケットのニーズを見極めながら、貪欲かつ真摯に挑戦していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
東芝ではDynaBook(現dynabook)の誕生に立ち会い、日本のPC市場における黄金期に大きく貢献した。しかし2000年代に入り、中国や台湾のメーカーが台頭。その後の国内勢の苦戦は説明するまでもないだろう。檜山氏の中でもさまざまな葛藤があった。独自技術を開発して差別化を図るが、その差もすぐに埋められてしまう。もがき苦しんだ末に決断したのが、日本マイクロソフトへの転職だった。苦楽を共にした仲間からは「黒船に乗るのか」という厳しい声もあったが、「黒船に乗らないと分からないこともある」と意を決した。
原点にあるのは幼少期を過ごしたハワイでの経験だ。当時はまだ真珠湾の記憶が残っており、日本人として肩身の狭い思いをすることもあったという。檜山氏は「日本を大切に思い、成長させたいという気持ちはそのときからずっと続いている」と話す。レノボ・ジャパンの社長に就任しても、自身のコアにあるものは変わらない。「外資だからできることで、日本の産業界を強くする」。「真のグローバル企業」と言われることもある同社で、檜山氏の思いがどのように結実するのか見届けたい。
プロフィール
檜山太郎
(ひやま たろう)
1963年、東京都生まれ。87年に筑波大学を卒業後、東芝に入社。情報通信システム国際事業部に配属され、英国や米国で経験を積む。同社のPCブランド「DynaBook」の創生期メンバーとして、グローバル市場におけるトップシェア獲得に貢献。同社パーソナル&クライアントソリューション社の事業部長、旧東芝クライアントソリューション(現Dynabook)の取締役を歴任。2017年に日本マイクロソフトの執行役員常務に就任。コンシューマー&デバイス事業と法人向けパートナー事業で本部長を務める。22年10月から現職およびNECパーソナルコンピュータの代表取締役執行役員社長を務める。
会社紹介
【レノボ・ジャパン】2005年に中国のLenovo(レノボ)が米IBMのPC事業を買収。それに伴い、日本法人としてレノボ・ジャパンが設立。11年にレノボとNECが立ち上げた合弁会社の子会社となり、NECパーソナルコンピュータと事業統合。14年にレノボがIBMからx86サーバー事業を買収し、エンタープライズ領域に進出。「ポケットからクラウドまで」をキーワードに、PCだけでなくスマートフォンからITインフラまで幅広いハードウェアを提供する。