内田洋行の業績が好調だ。2023年7月期の連結売上高は前期比11.1%増の2465億4900万円で、GIGAスクール構想特需で過去最高となった21年7月期の2910億3500万円に次ぐ結果となった。10年にわたって同社のかじ取りをしてきた大久保昇社長は「構造変革を進めたことで変化に柔軟に対応できる組織となり、成長ラインのベースアップができている」と手応えを語る。今後は社内に蓄積されたノウハウの共有やグループ会社との連携を深めるとともに、顧客のデータ活用を推進することで社会に貢献できる企業を目指す。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
変化に適応する組織を構築
――14年7月に社長に就任され、今期で10年目になります。この間をどのように振り返りますか。
内田洋行グループの構造改革に力を入れた10年でした。私が就任する前の25年間は、俯瞰すると業績は大きく変わりませんが、主力事業の売上高が約3分の1となる代わりに、グループ会社と新しい事業部を中心とした売上高が約3分の2を占めるようになるなど、構造は変化していました。また、リーマンショック後の日本経済の回復に対し、当社が後れを取る中での社長就任でした。
就任の際に感じていたのは、「これまでの当社の変化は意図したものではなく、結果論として少しずつ変わっていただけだ。意図的に構造を変えれば、もっと成長できるのではないか」ということでした。そのため、この10年間で構造改革を可視化し、リソースの集中や新たな事業の組み合わせを模索することで、将来の変化にも柔軟に対応できる組織づくりを進めました。
具体的には、情報、オフィス、公共の3本部制を解体し、各部に内在していたスモールビジネスユニットを市場・事業別の観点でマトリックス化し可視化することで、埋もれていた技術やノウハウ、リソースを共有できる組織体制としました。また、各事業部に分散していたSE機能や、ICT関連の研究開発機能、企画機能を統合しました。こうした構造改革が奏功し、20年の首都圏のビル建設ラッシュで生まれたオフィス構築関連の需要や、「Windows 10」の更新需要などに対し、幅広く、かつ需要が生まれた直後だけではなく、長く案件を取り続けることができました。21年のGIGAスクール構想による特需の際には、前年から売上高が約900億円増加しましたが、これもそれだけの突発的な需要に応えられる柔軟な組織体制が可能にしました。
――直近では、どのような構造改革を進めていますか。
セグメントを越えたノウハウの共有をさらに進め、提供できる価値を最大化しています。23年8月には、大手企業向けネットワークサービス事業と首都圏オフィスプロジェクト事業の組織を合体させてエンタープライズエンジニアリング事業部とし、強みとするITと環境構築技術を一体化することで競争力を強化しました。
また、公共・学校施設分野が持つ自治体などの施主や、設計事務所やゼネコンなどへアプローチするノウハウと、地方オフィス分野が持つ地域に広がるリソース、販売網を掛け合わせた組織として広域施設事業部を設置し、地方での直需営業力を強化しました。加えて民間の環境構築分野でも、東名阪の戦力強化と集中化を目的に、直販系の組織を合体させたオフィスエンタープライズ事業部とすることで、営業力の強化を図っています。
教育分野のデータ連携をリードする
――教育ICT事業では、GIGAスクール構想以降の需要としては何が成長ドライバーになるとお考えですか。
GIGAスクール構想は単に端末を児童・生徒1人に1台整備するだけではなく、その端末を活用できる環境整備が肝要です。特にネットワークの強化やクラウド化、それに伴うセキュリティの強化に課題を抱える自治体は多いです。当社では、埼玉県鴻巣市に導入したICT基盤のフルクラウド化やゼロトラストセキュリティの導入が全国の自治体でモデルケースとなり、横展開が進んでいます。現在、東京都三鷹市、東京都世田谷区、大阪府吹田市など、多くの自治体で採用されています。
教育分野でのデータ活用も今後の成長領域です。子どもを見守ることができる社会の仕組みづくりとして、自治体が保有するデータと学校が保有するデータを連携し、家庭が抱えるリスクを判定・分析することで課題を早期に発見する取り組みを千葉県柏市などで展開しており、先進的な事例を生み出せています。
グローバルで標準化に取り組む1EdTech Consortiumの国内団体が16年に発足しました。当社はそこに深く関わり、同団体が定める国際技術標準の普及に協力し、自社ソリューションに適用させています。これにより校務支援システムのほか、児童・生徒にデジタル教材やコミュニケーションツールを提供する「学習eポータル」などのシステム・アプリケーション間で、データ連携が可能になっています。その結果、データを活用して個別の児童・生徒に最適な学びを支援するとともに、教員の業務負担の軽減につなげています。教育データを標準化して他社のシステムとの互換性を高めるための、こうした取り組みはまだまだ知られていませんので、対外的にも見えるようにします。先行する米国では、各ベンダーが標準化の枠組みに沿って市場に参入することで、無駄な囲い込みが起きず、ベンダーにとっても得になったと聞いています。教育データ連携を当社がリードし、さまざまなベンダーと協業しながら学校への支援を進めます。
――教育分野で先進的な事例を生み出せているのはなぜでしょうか。
1998年に、教育に特化したシンクタンクの内田洋行教育総合研究所の前身を設置し、文部科学省や総務省の先進的な事業に参画してきました。そうした事業を投げ出さずに継続してきたことが要因でしょう。教育分野では大型補正予算が組まれた時に、一時的に市場全体が盛り上がるものの、予算がなくなると参入していたベンダーがいなくなってしまうケースがあります。その結果、残された他社システムの保守を当社が引き受けるようなこともありました。当社は教育事業で長い歴史を持つので、一過性の流れに左右されて途中で投げ出す、という選択肢はありません。その積み重ねが生きています。
こうした背景から、教育委員会の方からは「現場を知っているのは内田洋行だけ」と言っていただけることもあります。教育現場に近い場所で支援しつつ、教育委員会の技術的な助言相手というポジションを確立できているため、各省庁や教育現場からいろいろな要望をいただけています。
少子化社会に貢献できる会社に
――民間向け事業の今後の成長領域を教えてください。
まずはネットワークビジネスの強化に取り組みます。GIGAスクール構想の案件で得たノウハウをベースに、SE組織内のネットワーク構築、運用、サポートの機能を統合するとともに、22年8月に完全子会社化したキッティングやネットワークエンジニアリング、フィールドサポートを提供するウチダエスコとの連携を強化し、人材交流やスキルの共有を推進します。これまでの学校を中心とした案件からターゲットを拡大し、民間の大手から中堅・中小企業への拡販をさらに進めます。
また、データ事業はやはり重要です。23年7月に、ビッグデータ分析ソリューションを提供するスマートインサイトを吸収合併しました。多様な形式のデータを仮想的に統合し、さまざまなグラフィックで可視化するテクノロジーを有しており、これまでトヨタ自動車や本田技研工業、ヤマハ発動機といった大手製造業を中心に活用されてきました。今後は、ほかの業種への拡大をサポートするとともに、全社でノウハウを共有します。
――今後の目標を教えてください。
営業利益をコンスタントに100億円以上にします。また、社会課題の解決に向けて、投資を続けられる会社でありたいと考えています。日本は今後、厳しい少子化の中で、社会変革を迫られるでしょう。その時に、お役に立てる会社になることを目指します。
着目しているのは労働人口の減少に備え、生産性を向上させるために顧客の「データ」と「人」への投資が拡大するということです。データについては先述しましたが、「人」についても児童・生徒や従業員が活躍できる環境の構築や、ウチダ人材開発センタで提供するDX人材の育成サービスなどに力を入れることで社会に貢献していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
内田洋行は教育ICT市場で確固たる地位を築いている。学校へのネットワーク導入プロジェクトや、文部科学省が運用するオンラインで試験を受けるためのシステム「MEXCBT」の開発事業など、現在の学校では当たり前に稼働する設備やシステムの構築に関わってきた。
教育分野は、投資に対して成果が出るのが10年、20年先になるのが当たり前の世界。「そうした中で市場にとどまって、新しい技術や環境の導入だけに終始せず、本当に使いやすくするところまで取り組みを継続してきたことが今につながる」と話す。成長の要因を「先見の明があったわけではなく、誰かがやらなくてはならないことをやってきただけ」と謙遜するが、教育ICT市場の未来を切り開くトップベンダーとしての強い自負が感じられた。
プロフィール
大久保 昇
(おおくぼ のぼる)
1954年7月、大阪府藤井寺市生まれ。79年に京都大学工学部を卒業し、内田洋行に入社。2005年に取締役常務執行役員、08年に取締役専務執行役員に就任。14年7月から現職。
会社紹介
【内田洋行】1910年に創業。教育ICT事業を含む公共関連事業、民間向けの情報関連事業、オフィス関連事業を展開する。連結従業員数は3241人(2023年7月時点)。