米Autodesk(オートデスク)は、1982年に設立した老舗ベンダーであり、CADソフトウェア「AutoCAD」は、国内でも多くの企業で利用されている。現在は、建設業、製造業、メディア&エンターテインメントの三つの業界のDX推進を支援するために、製品の拡充やAI機能の実装、パートナー戦略の強化などさまざまな施策を展開している。2024年5月に日本法人の社長に就任した中西智行氏に、今後の成長に向けた戦略を聞いた。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
イノベーティブな会社
――24年5月に日本法人のトップに就任されました。就任の経緯と入社してからの印象を教えてください。
以前から、AutoCADが業界のデファクトスタンダードとして幅広い企業で利用されていることは知っていましたし、オートデスクが社会全体にインパクトを与えられる会社だということも理解していました。オファーをもらい、さらに調べてみると、AutoCAD以外にもさまざまな製品をそろえていることなども分かりましたし、機械や建物をはじめとするインフラの設計に関わる重要なツールに携われる点に魅力を感じました。
入社後に感じたのは、技術面、ビジネス面ともにイノベーティブな会社だということです。技術面では、研究開発に売り上げの25%を投資して、AIをはじめとした最新技術の活用、製造や建設といった分野のDXを推進するための製品設計などを進めています。ビジネス面においては、業界の中でも先駆けてクラウドへの取り組みを開始したり、サブスクリプション型のライセンスを取り入れたりしています。
――組織をどのように強化しているのでしょうか。
オートデスクは歴史があり、日本に根付いたビジネスをしています。その中でつくりあげてきた組織体制があるため、私がいきなりガラッと組織を変えるつもりはありません。会社の良さを理解して、さらに良くしていくためには何が必要なのかを見極めてやっていくことが大切だと思っています。現在、力を入れていきたいと考えているのがポストセールスです。製品購入後に、しっかりと導入効果を出していただくにはフォローが重要になりますので、技術サポートだけでなく、活用の支援までしていきたいですね。
全ての製品にAI機能を追加
――製品の強みを教えてください。
AutoCAD以外にも、建設、製造、メディア&エンターテインメント業界向けにさまざまなデスクトップおよびクラウド製品を提供しています。例えば、建築分野ならBIM(Building Information Modeling)ソフト「Revit」、土木分野なら土木インフラの設計とドキュメント作成に対応したソフト「Civil 3D」、製造業向けにはクラウドPLM(製品ライフサイクル管理)に3D CAD、CAM、CAE、PCB(回路基板設計)を統合したクラウドプラットフォーム「Fusion」、メディア&エンターテインメント業向けには3Dコンテンツ制作ツール「3ds Max」や「Maya」などがあります。また、複数の主要製品を建設、製造、メディア&エンターテインメント業界別にまとめた業界別コレクションというパッケージも展開しています。
CADソフトの販売からスタートした会社のため、設計やデザイン分野のプロダクトが多かったのですが、お客様のニーズとテクノロジーの進化に合わせて、設計デザイン以外の工程も支援できる製品も拡充してきました。さまざまな製品を用意することで、一気通貫でデータを管理できるようになりますし、データがきれいになることはDXの推進やAI活用につながります。こうした製品設計ができるのが当社の大きな強みです。
また、日本のインフラは老朽化しており、多くをリニューアルしなければなりませんので、そういった場面でも当社製品を活用してもらいたいです。新しいものをつくるだけではなく、以前からあったものを再利用するのも重要ですので、そういった部分での取り組みもしっかりと行っていきます。
――現在は、プラットフォーム戦略に注力されています。
各業界向けの機能やツールをクラウド上でつなぎ、プロジェクト全体のデータを集約・活用できる作業環境を「デザインと創造のプラットフォーム」として構築しています。このプラットフォームは、当社製品やサービスの機能を拡張したり、他社製品と連携させるためのAPIを提供したりする開発プラットフォーム「Autodesk Platform Services」を共通基盤として、建設業向けの「Forma」、製造業向けのFusion、メディア&エンターテインメント業向けの「Flow」の三つのインダストリークラウドで構成されています。特徴は、「ファイル」という概念がなく、ツールごとにファイルフォーマットが異なるような場合も情報を「粒状データ」として抽出し、データベースで管理できる点です。APIにより、当社製品同士はもちろんですが、他社製品との連携が可能になるため、お客様にはいろいろなソリューションをつなぐなどして独自の強みをつくっていただきたいです。
――AI活用にはどのように取り組んでいますか。
全ての製品にAI機能を追加する計画になっており、すでに多くのソフトウェアにはAI機能が追加されています。また、研究開発機関「Autodesk Research」は、デザインと製造業界向けの生成AI開発を目的とした研究活動「Project Bernini(プロジェクトベルニーニ)」に取り組んでおり、2D画像、テキスト、ボクセル、点群データなどを使った指示や、簡単なスケッチから実用的な3D形状を迅速に生成できるようにしています。
人材不足が叫ばれていますが、私は、脳の部分をAIが、肉体の部分はロボットが補完すると考えています。デザイナーがAIに手伝ってもらうことで、従来に比べて短時間でデザインができるようになるなど、AI活用はお客様にとって大きなアドバンテージになると思っています。
パートナーが付加価値を提供
――パートナー戦略はどう考えていますか。
パートナーには、当社製品と自社製品やサービスを組み合わせてソリューションとして提供するなど、付加価値を重視したビジネスを展開していただきたいです。
24年11月から、パートナー販売におけるサブスクリプション製品の新規購入と契約更新のプロセスを変更しました。エージェンシーモデルと呼んでおり、お客様が認定パートナーに製品購入を相談し、パートナーによる製品・サービス選定支援などのサポートを受けていただく点は従来から変わりませんが、実際に購入する際は、お客様の要望に合わせてパートナーが当社に見積もりの発行依頼をかけ、当社から見積書をお客様に提供します。そして、お客様と当社が直接契約を結び、パートナーには、インセンティブを支払う仕組みです。直販指向になっていると思われる方もいるかもしれませんが、そうではなく、ライセンスに関する煩わしい部分を当社が担うことで、パートナーはより付加価値にフォーカスすることができますし、ライセンスの購入状況や稼働状況を当社とパートナーが共有することで、最適なソリューションを展開できるようになるなど大きなメリットがあります。
製造業や建設業は、全国に多くのお客様がいるため、地場のリセラーとの協業に注力していきます。当社製品を扱ったことのないリセラーに対しては、ディストリビューターと協力してトレーニングなどの支援を充実させていきます。
――2月、片柳学園が運営する日本工学院八王子専門学校に「オートデスクイノベーションセンター」を開設しました。どういった狙いがあるのでしょうか。
当社は、社会的および環境的インパクトを創出することを重視しており、環境課題、社会課題、自社のガバナンスの三つに取り組んでいます。オートデスクイノベーションセンターは、教育を通じて社会に貢献するために設立したもので、無償でソフトやトレーニングを提供し、学生が実践的に設計デザインを学べるようになっています。
環境問題、サステナビリティーに対しては、当社製品を用いて温室効果ガス排出削減を前提とした設計が可能になるなど、当社が貢献できる場面が多々あり、私はこういった部分にもやりがいを感じています。
――今後の展望をお願いします。
グローバルでは、売上高100億ドル規模の企業に成長するという目標を掲げています。そのため、日本法人のビジネス規模を数年以内に倍近くまで成長させたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
前職では英Sophos(ソフォス)日本法人の代表を務めるなど、キャリアの中で複数のITベンダーの要職を歴任し、さまざまなビジネスに携わってきた。そうした経験から、オートデスクに入社してからも「お客様の話を聞くと、どのような部分に困っているのか、どういった取り組みをしていきたいのかなどが肌感覚で分かる。これは私の大きなアドバンテージだ」と語る。
近年はDX推進に取り組む企業が増えている。「日本のITリテラシーは低いと言われ続けてきたが、DXという言葉が浸透したことで、経営層がDXのためには何が必要かを考え真剣に勉強されている」と変化を感じており、こうした環境を追い風にビジネスの拡大を目指す。
自身のキャリアについては、「オートデスクで経験を積んで次にという気持ちはない。オートデスクでやりきりたい」とし、集大成として強い気持ちで挑む構えだ。
プロフィール
中西智行
(なかにし ともゆき)
1971年大阪府生まれ。愛知県立美和高校卒業後、渡米。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で経済学学士号を取得。米国公認会計士の資格をもつ。およそ20年にわたり日本マイクロソフトに勤務。同社ではSMB部門を統括し、「Office 365」や「Azure」などクラウドビジネスの展開をリード。その後、Apple Japanで、法人向けチャネルビジネスを統括。2015年9月、米NetSuite(現米Oracle)日本法人の代表執行役社長、17年3月、英Sophos(ソフォス)日本法人の代表取締役。24年5月から現職。
会社紹介
【オートデスク】米Autodesk (オートデスク)の日本法人。CADソフトウェア「AutoCAD」を中心に、建設、製造、メディア&エンターテインメント業界向けにさまざまな製品を販売。米本社は1982年設立。世界約40カ国に拠点を設置。