富士通は、1月19日、6月22日付で行うトップ交代人事を発表したことに伴い、記者会見を開いた。現社長の山本正已氏と次期社長の田中達也氏が出席した会見の内容を詳細に報告する。(木村剛士)

 富士通は、6月22日に開催する定時株主総会と臨時取締役会で、田中達也執行役員常務が代表取締役社長に就任し、山本正已社長が代表取締役会長に就く人事を正式決定する。それに先立って、田中氏は1月19日付で執行役員副社長に昇格した。

 田中氏は、1956年9月生まれの58歳。80年に富士通に入社し、2000年に産業営業本部産業第二統括営業部プロセス産業第二営業部長。03年に富士通(上海)に移籍した。中国ビジネスを担当後、富士通に戻り、09年に産業ビジネス本部長代理(グローバルビジネス担当)、12年に執行役員兼産業ビジネス本部長。14年4月から、執行役員常務兼Asiaリージョン長を務めている。

山本氏(左)と田中氏が握手してフォトセッション

 記者会見は、山本氏の挨拶から始まった。「2010年の社長就任以来、真のグローバルICTカンパニーを目指して成長戦略を推進し、構造改革も進めてきた。成長に向けたある程度の道筋ができた。企業価値をより高めるためには、会長と社長が役割分担することが重要だと感じている。社長交代は6月だが、4月から新執行体制をスタートさせる」と説明した。

 続いて、田中氏は、「コンピュータ業界に憧れて富士通に入社し、03年までは主に大手の鉄鋼会社や石油化学会社を担当する国内営業の前線にいた。その後、志願して中国に6年8か月赴任し、急激に成長する大国でグローバルビジネスの醍醐味を味わった。帰国後は製造業向けビジネス担当を経て、14年からはアジアビジネスを担当。シンガポールに常駐していた」と、まず自身のプロフィールを紹介。「入社以来、一貫してお客様の現場にいた。最前線で培った経験を生かして、富士通の成長に向けて全力を注ぐ」と意気込みを語った。

 会見は、その後40分間、記者との質疑応答に終始した。主な内容は次の通り。山本氏と田中氏に向けられた質問とその回答に分けて報告する。

山本氏との質疑応答



――田中氏を選んだ理由を教えてほしい。

山本 変革に対する意欲と行動力、グローバル志向の考え方、そして決断力をもちあわせていること。最強の軍団といえる富士通の国内営業の前線でビッグビジネスを担当した実績や、自ら志願して中国に赴任したことなどが、それをもっていることを証明している。

――会長と社長の具体的な役割分担はどうするのか。

山本 極端にいうと、内政は田中、外政は私。田中には、実質的な業務実行をお願いする。私は社外活動に率先して取り組む。

――日立製作所はCEOとCOO職を設けた。富士通はどうするのか。

山本 富士通はCEOとCOOを置かない。全体の業績は社長が担い、会長はそれを徹底的にサポートする役割。対外活動は会長のほうが動きやすい部分があるので、私が積極的に行う。あうんの呼吸で役割を分担していく。

――なぜこのタイミングなのか。

山本 いろんな要素がある。グローバルカンパニーとして成長するために、社長だけで社内と社外の活動をすべて担当できるほど、富士通は簡単な会社ではない。会長と社長が役割分担することが大事だと思っていた。

 後継者選びは重要な仕事だと、社長に就任した直後からずっと思っていた。変わるタイミングはいつかをいつも自問自答していた。社長就任後から5年。節目だと思っていたし、後任を任せる人材が育ってきたことが理由だ。

――2014年に発表した中期経営計画は変更するのか。

山本 企業というものは、継続性が重要。一回約束した内容を社長が交代したからといって変えてはいけない。ただ、上積みするという意気込みがないと社長は務まらない。田中には、計画で示した目標の上積みを期待したい。

――約5年の社長経験を振り返ってほしい。

山本 私が社長に就任した2010年は、リーマン・ショック後で、経済のボトムだった。富士通はしっかりした会社だと思って社長に就任したが、リーマン・ショックのダメージは予想以上に大きく、厳しかった。私が社長に就いていた期間は、今後大きく成長するための礎をつくる時期。構造改革は道半ばだが、ベースはできたと感じている。

――中期経営計画もまだ終わっていないし、退任時期が早い印象がある。やり残したことはあるか。また、この5年を自己採点すると何点か。

山本 やり残したことはたくさんある(笑)。それは、私個人としてというよりも、会社として。それは田中がきっとやってくれる。経営の点数をつけるのは、私ではないから採点のしようがない。常に100点を目指してやってきた。

山本正已社長。会長と社長の役割分担の重要性を説いた


田中氏との質疑応答



――社長の要請を受けたのはいつか。そのとき、どう思ったか。

田中 打診を受けた時期の公表は控える。シンガポールの現場にいたときで、予想していなかっただけに驚いた。

――どのような会社にしたいか。

田中 富士通は大きな組織。私一人がどうするかというよりも、社員の力を融合して、チーム力を強めることが大事。チーム一丸となって、常に全員がお客様起点で考える会社にしたい。

――富士通の強みは?

田中 いろいろあるが、優秀な人材が多いことと自由闊達な社風。

――富士通の最大のライバルはどこか。

田中 ここが競合という企業はいない。どの企業がライバルになってもおかしくない時代。大切なことは、常に企業や市場を分析して備えること。

――富士通にとって最大の経営課題は何か。

田中 昨年に構築したグローバルマトリクス体制をどう進化させるかが最大の課題だ。海外ビジネスの現場で得たノウハウと経験を生かして、よりいっそう海外ビジネスを伸ばしたい。

――海外ビジネスで得た経験とノウハウを具体的に教えてほしい。

田中 アジアは社会インフラの整備が課題で、ICTがお手伝いできる範囲が広く、富士通の技術力を生かすことができる。私は今、アジア10か国のビジネスを担当し、各国を訪問してそれを実感している。日本の提案力や技術力を現地に合わせて提供すれば、大きなビジネスがあると思っている。

 グローバルビジネスは、各国の事情をしっかりと把握して、それぞれ個別に考えていくことが大切。グローバルとひとことで片づけてはいけない。各国の事情に合わせて戦略を練る。

――海外事業の売上高比率や利益率はまだ低い。

田中 確かに国内のほうが勝っている。製品・サービスをもっとグローバル化しないといけない。それと、専門力を追求していく。それがそのまま付加価値として競争力の強化につながる。

――パソコンと携帯電話を取り巻く環境が厳しい。山本氏はビジネスを続けてきたが、今後も継続するのか。

田中 まだ白紙。これからしっかりと考えたい。

――座右の銘、愛読書、尊敬する人物は?

田中 「諦めない」が信条。「継続は力なり」も大切にしている言葉だ。愛読書は、マイケル・A・ロベルトの『決断の本質』は名著だと思っている。尊敬する人物は父親。私が富士通に入社した直後、56歳で他界したが、社会人になってからは、生前の父親の言葉や行動を思い出している。

――趣味、ストレス発散方法は?

田中 中学時代に陸上部にいたので、走ることが好き。40歳くらいのときには、フルマラソンにチャレンジしたこともある。今でも「少し太ったかな」と思うとジョギングをする。それと、音楽。クラシックやジャズなど、ジャンルは問わず何でも聞く。演奏することも好きで、最近はウクレレを弾いてリフレッシュしている。時間がないときでも気軽に演奏できるし、指を動かすことはボケ防止にもつながりそうだし(笑)。

次期社長の田中達也氏。趣味の話では笑顔を見せる場面もあったが、それ以外は真剣な表情で記者の質問に答えた