大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第78話 サウジ・カルノー

2003/04/14 16:18

週刊BCN 2003年04月14日vol.986掲載

水野博之 メガチップス 取締役

 すでに何度もふれたように、ワットは職人であった。学問や知識があったわけではない。彼の試みはすべて彼の直感と経験に裏打ちされたものであった。したがって、ワットの試みのなかには後になって全く学問的には意味のないものも含まれていた。例えば、ワットは蒸気に使う物質をエーテルなどいろいろ取り替えて実験をしたが、このことは骨折り損のくたびれ儲けであることが後に学問的に証明される。

 蒸気機関の効率、機能について学問的に天才的な仕事をしたのがサウジ・カルノー(1796-1832)である。彼はまことにユニークな孤独の天才であった。彼は理想的な熱機関なるものを思考し、それがいかなる効率をもちうるか、ということを考えたのである。これは実在する機関ではない。純粋に空想の産物である。このような空想上の実験を「デンケン・イクスペリメント」と呼ぶ。「デンケン」とはドイツ語で「思考する」という意味である。思考実験とでも訳すべきか。カルノーは思考実験によって1つの論文を書きあげ、『火の動力に関する機械についての考察』という名前をつけて発表した。

 ここでは、全くロスのない理想的熱機関が考察される。後にこれはカルノー機関(またはカルノー・サイクル)と呼ばれて、熱力学の基本をつくることになる。しかし、そうなるにはさらなる日時を必要とした。実に1824年にカルノーが論文を発表し、それが認められるまで約20年の歳月を必要としたのであった。その間、この孤独な天才は誰にも認められることなく、コレラによって35歳の短い人生を終わっていたのである。天才というのは悲しいものだ。いや、天才だけではなく、何か新しいことをやろうとする人間は、多かれ少なかれ、俗世間の無理解に遭遇するものである。ま、ガマンをすることだな。(奈良・平城京にて)
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