大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第91話 反面教師

2003/07/21 16:18

週刊BCN 2003年07月21日vol.999掲載

水野博之  大阪電気通信大学副理事長

 閑話休題。歌劇オセロを見た。見た、というより聞いた、と言うべきか。歌劇というのはドラマがあり音楽があり歌がありいたれりつくせりのもので、見た、といい聞いた、といい、どんな鑑賞の仕方もできる点はまことに好都合である。隣りの我が家人は幕があくや否やたちまち音楽を子守唄に居眠りにつき、幕が終わるとイソイソと飛び出してロビーで大あくびをし、「よかったねえ」とため息をつくという鑑賞の仕方であったが、こういうのだってあるであろう。

 御承知のようにオセロはシェークスピア(1564-1616)の秀作になる。シェークスピアという親爺は文学史上最大の人物であることは論をまたないが、大変な意地悪爺さんで、人間の虚しさ、悲しさ、醜さをとことん見据えてこれでもか、これでもか、と迫ってくるところがある。どうも読後感はさわやかなものではない。オセロはそのなかでも最も暗い。話の筋書きは、勇将オセロは部下イアーゴの奸計にかかり貞淑な美しい妻デスデモーナの貞操を疑いこれを殺すが、真相を知って自らも果てる、というものだ。

 なんでまあこんなに簡単に部下の策略に乗ってしまうんだろう、という疑念は残るが、どうも、人間の深層心理のなかにはそんなところがあるのであろう。これをヴェルデイが1887年に歌劇とした。初演は言葉では言い表せないほどの熱狂的な歓迎をうけた、と伝えられる。見終わってゾロゾロと劇場を後にする紳士淑女を横目で見ながら我が家人曰く。「天下太平だわねえ」左様、天下太平でないと物事は前に進まない。疑心暗鬼で自らの人生をつぶす、というのはシェークスピアの世界で楽しめばいいのであって、要は自らの人生を信じるところから始まる。シェークスピアはその点美事な反面教師といってよいであろう。(国立劇場にて)
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