IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第31回 狭まる「派遣」包囲網

2007/11/12 16:04

週刊BCN 2007年11月12日vol.1211掲載

 地方で発生したシステム開発案件を東京の会社が受注し、その子会社を通じて地方のソフト会社に再発注される。原発注者であるユーザー企業、その情報子会社を含めると、実際のシステム開発を担う地方の会社は4次請けということになる。契約のあいまいさが生じ、ユーザーの要求が正確に伝わらない素地が存在する。そればかりか偽装請負、多重派遣の温床にもなっている。このぬるま湯的な状況を打破する動きが表面化しそうだ。「下請けは3次まで」を条件にする大手SIerが出始めた。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

三次請けまでの制限も

きっかけは産構審報告書


 今年1月、産業構造審議会が発表した「情報システム信頼性向上のための取引慣行・契約に関する報告書」。そこには旧来の受託契約のほか、ライセンスモデルやサービスモデルなど5つの形態が示されている。ASPやSaaSの市場拡大を視野に入れた今後の展望として、よく整理されているのだが、報告書を読む限りでは「べき論」優先の感は否めない。

 ただし、インターネットで公開されている研究会の議事録には、そこそこに踏み込んだ議論が行われたことが記されている。報告書に反映されなかったにせよ、委員として研究会に参加した人々が情報システムの企画から開発、運用・保守にわたるシステムライフサイクルのプロセスで、契約をより明確化することが重要という共通認識を持って意見を交換したことは、間違いなさそうだ。

 なかでもソフト業界における多重構造については、情報システムの信頼性を劣化させる大きな要因と考えられている。労働者派遣事業法に抵触する多重派遣ばかりでなく、契約は受託だが実務では技術者が発注者のもとに出向いて業務指示を受けるSES(システム・エンジニアリング・サービス)は、偽装請負と指摘されても仕方がない。

 厚生労働省がソフト業に照準を定めてIT技術の派遣実態の把握に乗り出したのは、ここ数年の話だ。労働者派遣事業法の規制が緩和された結果、日雇い派遣や携帯派遣と呼ばれる就労形態が広まったことが背景にある。首都圏のソフト会社に労働局から呼び出しが入り、契約書と労務実態の乖離を指摘して改善を求めるケースも少なくない。

 一次請け的な立場にある大手・有力ソフト会社は一昨年から一斉に協力会社(下請け)の絞込みに着手したが、それがまた多重化に拍車をかけてしまった。それまで取引があった中小ソフト会社との契約を打ち切り、別の会社の下請けになるよう勧めたためだ。「一人親方」と総称されるフリーランスのIT技術者が実質的に締め出され、腕に覚えがある人は登録型人材派遣会社に活躍の場を移していった。

できるだけ自社の社員で


 こうした動きのなかで、受託案件に関与するものはできるだけ自社の社員で、という動きが出始めた。ユーザー企業が発注する際に、プロジェクトチームの構成員の所属企業をチェックするようになっているのだ。ここにきて多発している個人情報や機密情報の漏えいを防止すること、万が一のシステムトラブルに際して責任の所在を明確にすることなどがねらいだ。時勢からいって、発注者が受注者に順法性を求めるのは無理もない。

 あるインターネット・サービス会社のシステム構築を受託している中堅ソフト会社は言う。

 「発注者が求める以上、対応せざるを得ない。自社の社員だけでこなすことが条件になると、とてもこれまでのように複数の案件をこなすことができなくなる。ソフト会社の売り上げが下がるだけでなく、結局はユーザーも困ることになる」

 このため、この会社は外注で使っていた「一人親方」を正社員に採用したり、協力会社の買収を真剣に検討し始めた。多重構造の階層を圧縮するという意味では、健全化に向けた動きだが、景気動向に左右されやすくなる危険性も膨らんでいく。

 真偽は定かでないが、コンピュータメーカーでは、日本IBMがいち早く「外注は3次請けまで」という内部規定を定めた、という情報が流れている。これまでの契約が残っているため、実務に反映されるのは来年以後となる。

 「それが本当なら、国産メーカーやNTTグループもゆくゆくは追随するだろう。ソフト業の生き残り競争が始まる」と東京・新宿に本社を置く独立系ソフト会社の経営者は表情を引き締めた。

 国産メーカーは子会社、孫会社を通じてシステム開発案件を発注する。本社が1次請けとすると、再発注は直系の孫会社止まり。独立系に仕事が流れてこなくなる。

ユーザー子会社も見直し


 そればかりではない。ソフトウェア維新と命名したほどの覚悟で産構審の「取引慣行・契約に関する報告書」に経済産業省が本気で取り組むなら、ユーザーの直系情報子会社も見直しということになる。

 新日鉄ソリューションズや野村総合研究所のように、親会社への依存度が低いケースは別として、「ユーザー系」の多くのSIerは、親会社の情報システム部門が独立したに過ぎない。

 独立がすすんだ要因には、ITの専門技術者を採用し、育成していかなければならないという事情もあり、また本業の従業員と異なる勤務形態、給与・資格手当を用意しなければならなかったためでもある。

 実際、都市銀行の情報子会社には、「自分は銀行に入ったつもりなのに、気がついたらプログラムを作っていた」と処遇への不満を漏らす社員がいないわけでもない。鉄鋼、自動車、石油化学など、「ユーザー系」と称されるSIerは一様にそのような内部事情を抱えているのだ。

 加えてインターネット時代に入ったここ10年、システム開発案件は現場主導で推進されることが多くなった。情報子会社を経由せずに外部に発注される案件が増加したため、そのウエイトは大きく低下している。

 「親会社にとって情報子会社は、コンピュータメーカーやソフト会社の代理人、外部のSIerからは隔靴掻痒(かっかそうよう)の元凶といわれることがある。たしかに、そのような部分がないわけではない」と日本情報システム・ユーザー協会の細川泰秀専務理事は言う。

 だが情報子会社がユーザーの要求仕様をしっかりまとめ、システム構築のプロジェクト管理を担うなど、本来の役割を果たせば、契約の多重化云々による見直し論は排除され、むしろ必要不可欠な存在と評価される。

 「まともに要求仕様書を書けないユーザー、要求仕様書を正しく読み取れないSIer。それでもシステムを構築できるのだから、たいしたもの」という揶揄がいつまで皮肉で通用するのか。

 多重構造の解消に向け、派遣包囲網はじわじわと狭まっている。

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