ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>日本の国際競争力強化策とは

2007/12/17 16:04

週刊BCN 2007年12月17日vol.1216掲載

スポーツ界の先例に学べ

戦いのルールを変える

 スキー競技にバレーボール、柔道。国際ルールの変更で日本選手の得意種目から日の丸が追い出されることを、歯がゆく思っている向きは少なくあるまい。今度はフィギアスケートも野球も、となると、ファンの苛立ちはますます煽り立てられる。それはそれとして、ここで立ち止まって考えると、それを逆手に取れば日本の国際競争力強化につながるのではないか。折から2008年6月、地球温暖化をメインテーマに洞爺湖サミットが開かれる。産業界が環境対策の国際ルールを提唱できるかどうか。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■表彰台から遠のく日の丸

 バレーボール。オリンピックでは東京(1964年)で女子が金、男子が銅。メキシコシティ(68年)で男女とも銀、ミュンヘン(72年)では男子が金、女子が銀、モントリオール(76年)では女子が金と、日本の“お家芸”だった。ここ10年、ルールの改正もありオリンピック出場権すら逃す低迷が続いている。鉄腕アトム世代は悔し紛れに「東洋の魔女は強かった」などとうそぶいている。

 スキー競技も同様だ。

 札幌オリンピック(72年)の70メートル級ジャンプで金・銀・銅を日本人選手が独占して「日の丸飛行隊」の異名が生まれた。その後しばらく低迷期があったが、92年のアルベールビルオリンピックでジャンプとクロスカントリーを併せたノルディック複合団体で金を獲得してお家芸の仲間入りを果たした。

 翌93年から3シーズン連続でワールドカップで金、リレハンメルオリンピック(94年)では個人で銀、団体で金、さらに長野オリンピック(98年)でラージヒル団体が金、同個人で金と銅、ノーマルヒルで銀を獲得した。ところが欧州の伝統的なスポーツであるノルディックを日本人が制することに業を煮やした国際スキー連盟がルールを変更して、日の丸は表彰台から遠のいた。

 本家本元の柔道は、いまや「JUDO」という名の別のスポーツになっている。「柔能制剛」(柔よく剛を制す)のはずが、JUDOは体重と力まかせ、鉄腕アトム世代ならずとも「レスリングとどう違うんだ」と言いたくなる。

■メイド・イン・ジャパン

 “日の丸”の国際競争力低下が指摘されるのは、スポーツの世界ばかりではない。ITもご多分に洩れず、「このままではアジア地域でもリーダーシップを維持できない」と懸念されている。コンピュータのプロセッサ、OSばかりでなく、ミドルウェア、アプリケーションまで外国製が幅をきかせ、インターネット技術はもともと米国、国際標準規格を競うのは米国勢vs欧州勢と相場が決まっている。

 日本のIT産業がこうも凋落したのは、OSの開発を放棄したからだ、と見る向きがある。つまり90年代以後、ITの領域で日本の凋落が始まったというわけだ。

 なるほど80年代までは「IBMに追いつけ追い越せ」と国産メインフレームの開発に血道をあげ、日本製のスーパーコンピュータが世界最高性能を塗り替えた。運用管理系のパッケージが米国で年間ベストセラーの賞を受けたこともある。日の丸OS、日の丸プロセッサの研究開発に加え、ネットワークを利用した分散ソフトウェア開発環境プロジェクトがスタートし、メモリ半導体は世界を席巻した。さらに日本製のゲーム機やゲームソフトが米国市場で大きなシェアを握り、誇らしく感じたものだった。

 それにひきかえ、今はマイクロソフトにオラクルにSAPにオラクルにグーグルにセールスフォースに……と嘆くのは分からないでもない。だが、ちょっと考えてみよう。日本の面積はカリフォルニア州ほどしかないが、世界第2位の経済力を持つ。産業の集積度はおそらく世界一で、例えば新幹線や山手線の精密なダイヤ、金融機関の即時決済システムなどは、すべて日本人が開発したITシステムに支えられている。

 こうした社会システムを、ハードウェアごと輸出しようと経済産業省が構想したのは無理もない。鉄道システム、自動車交通システム、金融オンラインシステム、物流システム、技術教育システムなど、日本が世界に誇るものはいくらでもある。そのすべてに日本人IT技術者のスキルとノウハウが凝縮されている。名づけて「メイド・イン・ジャパン」。この構想は実現しなかったが、個々の取り組みは徐々に成果をあげている。

■洞爺湖サミットに注目

 国際競争力を回復・強化するためには、基礎技術の開発に力を入れなければならない──というのは、選手の基礎体力を強化しようというのと同じ意味を持つ。英才教育で若い目を伸ばし、新しい練習方法を取り入れて国際舞台の経験を積ませる。だが、それだけでは国際競争には勝てない。誰がルールを作るか、変えるのかだ。

 例えば環境保護技術と省エネ技術。日本は60年代の公害と70年代のオイルショックを技術開発で乗り切った。工場や自動車が排出する有害ガスを吸収する触媒を開発し、大気中の窒素化合物や二酸化炭素を瞬時に解析する装置を作り上げた。化学技術とセンシング技術を結びつけ、その積み重ねがハイブリッド・カーを実現した。最新型の新幹線車両は、時速を50キロ向上しながら、消費電力を30%抑制している。

 この技術をITシステムに応用してはどうだろう。応用するだけでなく、それを国際ルールとして提唱してみたらどうだろう。省エネと3R(リデュース、リユース、リサイクル)に対応した国際エネルギースター規格、グリーンPC、グリーン調達のルールに日本の環境保護技術、省エネ技術が組み込まれれば、おのずから日本製のITが優位に立つ──かもしれない。

 パッケージ販売で知られるアシストのビル・トッテン社長は、かねてから「ソフトウェアこそ、最大の省エネ」と主張している。最近は「無農薬農業とオープンソース・ソフトウェアこそ、環境保護の特効薬」と繰り返し説く。

 70年に平松守彦氏(通産省電子政策課長を経て大分県知事)が描いたポスト・インダストリ(脱工業社会)は、無公害の知識集約社会だった。そのような認識でITをとらえているのは、日本をおいてほかにないともいえる。

 生産性、省力化、効率化をお題目に、コスト削減の代償に失業を生み、生活にひずみを生む米欧型ITのコンセプトから、そろそろ日本は抜け出していい。新しい立ち位置から眺めた時、新しい景色が広がるのではないか。08年6月の洞爺湖サミットで、日本が何を提唱するか、大いに注目しよう。

ズームアップ
日本主導の環境保護
 
 ITの利活用による環境保護の効果が最も見込まれるのは、中国とロシアだ。日本が公害と交通戦争に悩んでいた1960年代と状況が酷似している。工場や自動車が吐き出す煙や汚水から有害物質を除去する装置、省電力消費型のITシステムばかりでなく、ITによる無駄のない物資輸送は交通量の抑制に効果がある。まさにメイド・イン・ジャパンのシステムが活躍する。
 ODAで植林する傍ら、ITで公害を抑制する。それが21世紀に果たす日本の役割であり、結果として国際的地位の向上、日本の国際競争力につながっていく。小学生の学力の順位ぐらいで一喜一憂することはない。
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