北九州市では、ICTを電気や水のようにいつでも使える社会づくりを目指して、2002年に「北九州e-PORT構想」を策定し、データセンター(DC)やコールセンターの集積を進めてきた。最近は、このDC基盤を活用して、地場の中小IT企業と協力しながら地域の課題を解決するために、北九州発のアプリケーションの創出に力を注いでいる。(取材・文/真鍋武)
もはやDC基盤だけではない

高橋孝司
理事長 北九州市は、「北九州市e-PORT構想」をもとに、DCの誘致を進めてきた。八幡東区東田地区を中心に、ソフトバンクテレコムが管理する「北九州e-PORTセンター」と「北九州e-PORT第二センター」、NTT西日本の「e-PORT小倉センター」、国内で初めて外気空調方式を採用したIDCフロンティアの「アジアン・フロンティア」の誘致に成功している。「北九州e-PORTセンター」では、北九州市に拠点を置く新日鉄住金ソリューションズや安川情報システムが施設の一区画を借りて、自社のホスティングなどのサービスを提供している。
2007年からは、集積したDCの活用法として、BCP(事業継続計画)対策のためのDR(災害復旧)の拠点としての利用を推進している。北九州市は、空港・新幹線・高速道路・フェリーなどの多様な交通基盤が整っており、震度6弱以上の地震発生率が今後30年間で0.3%未満とされているように災害リスクが小さく、DC立地としての優位性がある。とくに、2011年3月の東日本大震災以降は、BCP/DR対策の需要が高まってきて、首都圏などの県外の企業のDC活用が増えている。

北九州テレワークセンターがあるAIMビル。現在9社のITベンチャー企業が入居している しかし、DCの集積とBCP/DR対策としての活用だけが「北九州e-PORT構想」の意図するところではない。北九州e-PORT構想推進協議会の事務局である「九州ヒューマンメディア創造センター」の高橋孝司理事長は、「『e-PORT』は、DC基盤の整備だけを目的としたものではない。現在では、北九州市全体の情報化を進めるための大きな構想に変わっている。DC基盤の上に、地域の課題を解決するアプリケーションを構築していくことが新しい『e-PORT』の目標だ」と説明する。DCの誘致を進めて、県外のIT企業の活用を進めるだけでは、雇用の創出も限定的で、地域への貢献度は限られる。そこで、より地域に貢献するためのサービスを、DC基盤を活用して創出していこうというわけだ。具体的には、現在、北九州市が力を入れているスマートシティ化を実現するためのエネルギー効率化に関するアプリケーションや、北九州のIT産業や農業・介護などのICT化が遅れている産業を支えるためのアプリケーションを、DC基盤上に集積していく作業を進めている。
DCを中小IT企業に格安で提供

滝本豊樹
ベンチャー
支援部長 九州ヒューマンメディア創造センターがとくに力を注ぐのが、地域産業を支えるためのアプリケーションの創出だ。北九州市でITベンチャー企業を対象にインキュベーション施設「北九州テレワークセンター」を提供している北九州産業学術推進機構(FAIS)ベンチャー支援部の滝本豊樹ベンチャー支援部長は、「北九州市には、製造業などの大手企業の情報システム子会社がたくさんあって、親会社の基幹システムの保守・サポートをメインの事業にしているIT企業が多い。その一方で、自社サービスを展開しているIT企業は少ない」という。全国的に受託ソフト開発の単価が下がり、案件の数が今後減っていくことを考慮すれば、IT企業の自社サービスの創出は欠かせない。高橋理事長は、「地場のIT企業でも、規模が大きいベンダーは自力でクラウドサービスに着手することができるが、中小IT企業は資金が乏しくて、なかなか自社用のサービス基盤を整備できない面がある」と説明する。
そこで、九州ヒューマンメディア創造センターでは、中小のIT企業を支援するサービスとして、「サーバーインキュベーション」を実施している。北九州市にあるDCの一区画を九州ヒューマンメディア創造センターが借り上げて、それを格安の料金で地場の中小IT企業に貸し出すというサービスだ。これによって、資金力に乏しい中小IT企業でも、安価でDCを借りて新しいサービスの創出に従事できるというわけだ。
例えば、北九州市でウェブコンサルティングを手がけるヴィンテージでは、「サーバーインキュベーション」を活用して、成年後見業務支援システム「みると」の提供を開始。高橋理事長は、「法人が、記憶力などに障害がある高齢者の成年後見人になるケースが増えている。それには複雑な管理が必要になる。これを支援するのが『みると』だ。すでに、全国展開に成功している」と自信をみせる。また、ICT化が遅れている産業の支援にも「サーバーインキュベーション」を活用し、地場IT企業のエーエスエー・システムズや安川情報九州、インフォメックスと協力して、農業事業者や介護事業者を支援するサービスの創出に励んでいる。
高橋理事長は、「DCという箱があるだけでは十分ではない。地域には課題があるのだから、それを解決するためのサービスの創出にDC基盤を使うことが重要だ。全国に通用する北九州発のアプリケーションを育てていきたい」と、意欲をみせている。