本州から九州への入り口に位置している福岡県・北九州市は、福岡市に次ぐ規模の98万人余の人口を抱えており、県内で二つ目の政令指定都市となっている。近代以降、官営八幡製鉄所などの製造業の躍進によって、工業都市として発展してきたこの地域では、深刻な環境汚染を経験したこともあって、現在は環境への負荷を抑えるスマートシティの推進に積極的だ。(取材・文/真鍋武)
「CEMS」でエネルギー管理
北九州市は、過去に環境汚染を経験した反省に立って、市のスローガンに「環境」を盛り込み、環境保全の取り組みに力を入れている。特筆すべきは、地域全体で効率的にエネルギーを活用することで、電力の安定的な供給とCO2の削減を目的とする「北九州スマートコミュニティ創造事業」の存在だ。この事業は、経済産業省の「次世代エネルギー・社会システム実証事業」に選定されている。実証事業は2010年に開始したが、国からは14年までの5年間で163億円の予算が充てられており、エネルギーコストの25%削減、市内の標準的な街区との比較で、50%のCO2削減を目標としている。
現在、八幡東区東田地区で、太陽光や風力などの新エネルギーの導入や、ビル・マンションなど建築物への省エネシステムの導入、カーシェアリング・レンタルサイクルの導入、環境教育の強化など、約40の実証事業を実施中だ。全体で73の企業・団体が参加しており、IT系では日本IBMや新日鉄住金ソリューションズ、安川電機、富士電機などが参加している。

柴田泰平
スマート
コミュニティ
担当課長 実証事業のなかでも目玉となるのが、地域全体のエネルギーの効率化を目指したエネルギーマネジメントシステム(EMS)の導入だ。実証の対象地域である八幡東区東田地区では、オフィスビルだけでなく、マンションや工場にもEMSが導入されており、東田地区の家庭や企業には、エネルギー使用量を把握するための「スマートメーター」が配備されている。そして、各EMSと基幹電力を連携して、最適なエネルギーの利用を実現するための設備として、実証地域にある北九州ヒューマンメディア創造センターのなかには、地域節電所(CEMS:Cluster Energy Management System)を設置している。
北九州市環境未来都市推進室の柴田泰平スマートコミュニティ担当課長は、「CEMSによって、個別に働いている各EMSの全体最適化を図っている。地域全体のエネルギーを管理するCEMSを取り入れているのは、全国でも北九州市だけだ」と説明する。
電気料金の変動でCO2削減
「北九州スマートコミュニティ創造事業」では、市や参加企業、エネルギー供給側だけでなく、住民や事業所などの消費側が事業に参加することで、地域のエネルギー問題へ貢献できる仕組みが導入されている。それが、12年の夏に日本で初めてスタートした「ダイナミックプライシング」制度だ。電力の消費量が最も増える夏季の13~17時、冬季の8~10時、18~20時の電気料金を値上げし、ピーク時の電力消費を節約してもらう。太陽光発電や蓄電システムなどを導入している家庭・事業所では、ピーク時には蓄積したエネルギーを使用して節約を図り、それ以外の時間帯では通常の電力を消費する。
これによって、実証地域では、ピーク時の電力消費量を約20%、家庭部門でのCO2排出量を28%、業務部門でのCO2排出量を約50%削減することに成功した。柴田スマートコミュニティ担当課長は、「『ダイナミックプライシング』の成功と相まって、他県などから1年間に約5000人もの人たちに視察に来ていただくなど、注目を集めている」と、成果に自信をみせる。

地域節電所(CEMS)でエネルギーを集中管理 こうしたスマートシティの実現に向けた取り組みは着々と実を結びつつあるものの、課題がないわけではない。一つは、実証事業が終了した後の予算をどう捻出するのかという問題だ。今回の実証事業では、国から163億円という莫大な資金を得ることができたが、15年以降は北九州市が自力で捻出していく必要がある。スマートコミュニティの対象を他地域に広げるのであれば、予算の確保は欠かせないが、簡単なことではない。
二つ目が、実証事業に参加している企業が、首都圏の大手企業ばかりで、地元企業はさほど恩恵を被っていないことだ。IT企業に関しては、安川情報システムやゼンリンなど、地場の大手IT企業が実証事業に参加しているものの、地場の中小IT企業の経営者は「自分たちには関係のないことだ」と口を揃える。大手IT企業は、研究・開発(R&D)の位置づけで事業に参加しているので、通常の受託ソフト開発とはわけが違い、中小IT企業に案件の一部を委託することはない。柴田スマートコミュニティ担当課長は、「電力会社や住民に一部料金を負担してもらえるような仕組みを考えている。また、配布しているスマートメーターに商店街の安売りの情報を掲載するなど、ITサービスの構築を地場IT企業に委託することを検討している」と説明する。スマートシティが一過性のものでなく、持続性を保つためには、こうした課題を先送りにすることはできない。