「大手のように、ダメだったら他の地域に行って、また新しい案件にチャレンジするというわけにはいかない。私たちには逃げ場はどこにもないし、ここで信頼を勝ち取って頑張るしかない」。山形県酒田市という人口10万人規模の地方都市に拠点を置くキューブワン情報の芳賀吉徳社長は、地元市場と徹底的に向き合う覚悟こそが、首都圏一極集中型のIT市場にあって、地方で持続的な成長を実現するために不可欠だと考えている。受託開発も、SEの派遣もしない。ただ地域の生活・経済に役立つソリューションを愚直に追求する。(取材・文/本多和幸)
Company Data会社名 キューブワン情報
所在地 山形県酒田市
資本金 2000万円
設立 1961年6月
社員数 39名
事業概要 業務アプリケーションの開発、販売、ハードウェアやネットワーク周辺機器の販売、メンテナンスなど
URL:http://cube-one.com/ JA向けシステムを独自開発

芳賀吉徳
代表取締役社長 1961年に家電商品の卸会社として創業したキューブワン情報は、「荘内NEC商品販売」や「NECパーソナルシステム荘内」といった社名で営業していた時期もあり、文字通り、NEC製品の販売店としてのビジネスを中心に成長してきた。しかし、2008年4月、物販中心のビジネスだけでは先行きが厳しいという当時の経営陣の判断もあり、隣接する鶴岡市のSIerと合併すると同時に現在の社名に変更。システム開発のリソースを増強し、ソリューションベンダーとしての事業展開に重きを置くようになった。同年11月、この新しい経営方針を加速させるミッションが、営業の現場で長年活躍した「たたき上げ」の人材である芳賀社長に託された。地元の景気は下向き、ハードウェアの単価も下がる一方という状況のなかで、売上高こそ横ばいではあるものの、利益は微増と健闘している。
最も得意とするのは、地域の基幹産業といえる農業分野のソリューション、とくにJA(全国農業協同組合連合会)向けの業務システムだ。PCやサーバー、ネットワーク周辺機器、基幹系のパッケージソフトなどの販売を含め、常に全売上高に占める割合がトップの最重要顧客といっていい。酒田市が位置する山形県庄内地方には五つのJAがあるが、平均して数百人、最大規模のJAは約800人の職員を抱える。芳賀社長は、「庄内地方では群を抜く大企業で、地域経済の核となるのがJA。ここが元気にならないと地元が活性化しない。米穀地帯である庄内地方向けのソリューションとして、ライスセンター(籾の乾燥から出荷までを行う共同施設)の管理システムや庄内名産の柿の生産管理システムなど、地元のニーズに密着した、かゆいところに手が届くシステムを独自に開発・提供し、実績を積み重ねてきたことが市場の信頼につながっている」と、手応えを語る。
芳賀社長は、県の情報産業協会の理事や、NECの販売店会会長も務めていて、庄内地方だけでなく、県内全域にトップ営業のネットワークを広げている。JAの県本部であるJA全農山形ともパイプをもち、独自開発したJA向けソリューションは、県内他地域でもユーザーを獲得しており、パッケージとしての水平展開が加速している。「農業は地域性の違いもあるが、共通したソリューションのニーズもある。庄内のJAでしっかりとした実績があるシステムであれば、隣の地域でも安心して使ってもらえるということもある。人脈、地脈を生かした、地方ならではの営業も大事だ」と芳賀社長は力を込める。
SDNを新たな武器に
さらに近年、好調なのが地方自治体向けの案件だ。2013年には、庄内地方の中核自治体の内部情報システムをNECと共同で提案し、初受注にこぎ着けた。そして昨年、その勢いのまま、これもNECとの共同提案で、同じ自治体からSDNを活用したネットワークシステムを受注した。SDNの市場を地方にも広げる取り組みを、地域密着型で事業展開するパートナーと一緒に推進できるという意味で、この案件はNECにとっても一つのマイルストーンだといえよう。芳賀社長は、「JA向けソリューションもそうだが、とにかく地域に必要とされるソリューションを地道につくって展開してきたことが、ユーザーにも、NECにも評価してもらえたのだと思っている。だから新しいビジネスが開けたということだろう」と振り返る。この実績を武器に、近隣自治体や地元地銀にもSDNを積極的に提案していく方針だ。公共や金融は、NECを含む大手ベンダーが既存顧客をガッチリと抱え込んでいる市場ともいえるが、ライバルからの顧客奪取に芳賀社長は自信をみせる。「ネットワーク分野の先進技術のキャッチアップに先行投資して得たSDNという大きな武器は、これから生きてくる。マイナンバー制度もきっかけになって、ネットワークのセキュリティをより強固にしたいというニーズが高まっている」。
キューブワン情報は、自社の営業力で得た案件のみで事業を構成しているという点も特徴的だ。芳賀社長は、「人月いくらの派遣で仕事を取ってくるほうが目先は楽かもしれない。しかし、お客様の顔がみえない仕事をしていても、顧客の信頼、市場の信頼といった長期で効いてくる資産は得られない」と話す。ITのプロとして、「投資に見合うだけでなく、お客様が想像していなかったプラスアルファのちょっとした価値まで提供して喜んでもらう」(芳賀社長)ことが、成長のカギだと考えているのだ。