2020年に開催される東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムが撤回され、新しいデザインが公募されることになった。ここに至る著作権問題には、一般企業にも通じる教訓が含まれていたように思う。
この問題の発端は、エンブレムがベルギーにある劇場のマークと似ていると指摘されたことだった。しかし、それだけでただちに劇場やマークのデザイナーがもつ著作権を侵害したとはいえない。日本の著作権法では、アルファベットと単純な図形を組み合わせた劇場マークが保護対象(著作物)にあたらないおそれもあるし、著作権が侵害されたと主張するためには、類似性とともに、エンブレムのデザイナーが参考にして作成した(もしくは少なくとも事前にみて知っていた)という依拠性も必要となる。
撤回の決定打となったのは、エンブレム問題に関する記者会見で、使用例として空港などの写真を提示したことだった。この空港部分の写真が個人のブログからコピーしたものだと指摘されたのだ。許諾なくコピーしたのであれば、明白な著作権侵害である。これをデザイナー自身が認めて、エンブレム自体を撤回することになった。
著作物の利用を検討する場合、クローズドな会議の場でその著作物をコピーするなどして利用することは、2013年の著作権法改正で認められるようになった。例えば企業があるキャラクターを広告で利用する場合、実際に利用する際に著作権者の許諾を得ることを前提としていれば、企画書等に許諾なく複製などして利用できる。しかし今回のケースでは、エンブレムの使用例画像を検討していたわけではないうえ、そもそも許諾を得ることを前提にしていたかどうかも判然としない。
今回は、著作権者本人やネットユーザーによる画像検索で著作権に関する疑念が露見している。著作権はその権利発生に登録などの手続を必要としないから、他人の著作物を調査することは容易ではないが、著作権について意識しておかないと、一般企業も、同じような事態になりかねない。著作物のデジタル化によって、世界中のさまざまな著作物に触れることが容易になり、文化的、産業的な広がり・深まりが増している。それゆえ、著作権については攻める場合も守る場合も今まで以上に意識を高めなければならない。
一般社団法人 コンピュータソフトウェア 著作権協会 専務理事 久保田 裕

久保田 裕(くぼた ゆたか)
1956年生まれ。山口大学特命教授。文化審議会著作権分科会臨時委員、同分科会国際小委員会専門委員、特定非営利活動法人全国視覚障害者情報提供施設協会理事、(株)サーティファイ著作権検定委員会委員長、特定非営利活動法人ブロードバンドスクール協会情報モラル担当理事などを務める。主な著書に「情報モラル宣言」(ダイヤモンド社)、「人生を棒に振る スマホ・ネットトラブル」(共著、双葉社)がある。