AI(人工知能)の売り方は、業務システムの売り方とは少し違ったスキルセットが求められる──。こう話すのは、ITホールディングスグループのTISで、AI技術推進室長を務める油谷実紀・戦略技術センター長である。AIは、非構造化データを含む膨大なデータをもとに推論や何らかの判断を下す能力を備えているが、適用領域を間違えると「業務に役立たず、投資の無駄になりかねない」(油谷センター長)からだ。現時点でのAIそのものの能力的限界を踏まえたうえで、どういった領域にAIを適用すれば業務に役立つのかの「アセスメント(評価)を先行して行う必要がある」と指摘している。(取材・文/安藤章司)

TIS
油谷実紀
センター長 例えば、財務会計や人事給与など、すでに業務として確立されていた領域のシステム化は、その業務フローをシステムに置き換えていく作業に重点を置けばいいが、ERP(統合基幹業務システム)のように顧客の業務そのものを変えて、生産性を高めるアプローチをとる場合、従来のシステム化とは異なるアセスメントやコンサルティングが必要になるのと似ているというわけだ。
この点について、PwCコンサルティングの水上晃ディレクターは、「今でこそ、どのSIerもERPを導入できるスキルセットをもっているが、ERPが普及し始めた当初は、顧客の業務を再構築するだけのノウハウをもっているコンサルティング会社が主導してERPを実装することが多かった」とし、今のAIも、まさに普及し始めのERPと似たような状況に置かれていると話す。
そこで、TISではAI技術推進室でAIを活用したSIビジネスに求められるスキルセットを研究するとともに、今年2月、AI活用ビジネスを専門とする新会社「エルブズ」を設立。油谷センター長が自ら副社長を兼務し、TISも一部エルブズに出資することで、より深く専門的なAI活用ビジネスの知見を習得する枠組みをつくった。エルブズでは、まずは高齢者向けのコミュニケーションサービスの立ち上げを目指しており、自然言語処理技術の研究にも力を入れる。
また、TISでは、自然言語処理を強みの一つとする「IBM Watson」のテクノロジーパートナーにも選定されていることから、Watsonを活用したAIビジネスも推進している。AIによって円滑なコミュニケーションを実現するためには、使う領域によって同じ言葉でも背景にある概念が異なったりするため、領域ごとの専門用語や言い回しなどをAIに学ばせる必要がある。
日本IBMではこれを「コーパス(自然言語の集積)」と呼んでおり、「コーパスをいかに集積し、顧客の業務に役立つものにつくりあげていくか」(日本IBMの吉崎敏文・執行役員ワトソン事業部長)が、ビジネスパートナーの腕の見せどころだと話す。TISが重視するAI活用型のコミュニケーションを顧客の業務に役立たせるためには、まさにこの点のスキルセットの習得が成否のカギを握るといえそうだ。