大関の豪栄道が秋場所に全勝で初優勝した。日本人力士の全勝優勝は1996年の横綱貴乃花以来20年ぶりである。モンゴル力士全盛のなかで異例な出来事である。
この豪栄道、大関在位12場所で2ケタ白星1回、負け越し4回と名ばかりのどうしようもないダメ大関であった。今回はまさに人が変わったかのような活躍ぶりである。
もともと豪栄道は、稽古場横綱といわれるほど稽古場で強かった。本場所では苦しくなると勝ちを急ぎ、引き技や首投げを打つため相撲の型がないといわれてきた。秋場所はこれを封印し前に出たのが勝因である。
実はこのケースは日本経済や企業の再生、地方の創生にも使えそうである。これらの共通点の第一は、もう駄目だと本人があきらめていることである。日本経済だと少子高齢化、アジア企業の追い上げ、創業率の低下などで企業や国民が半ばあきらめていることである。地方創生でいえば、少子高齢化、若者の流出、雇用機会の減少などでその地方の人がもう駄目ということであきらめている。
第二は、豪栄道でいえば引き技や首投げで楽に勝とう、勝ちたいという姿勢である。秋場所13日目横綱日馬富士戦で始めて首投げで勝った。「本来やってはいけないのだが、今日だけはゆるしてください」と本人の弁である。
日本経済も金融緩和、財政出動で20年続いたゼロ成長社会を楽に成長軌道に乗せようとしていないか。膨大な額のタンス預金と銀行で処理し切れない睡眠資金をどうするのか、抜本的な政策が求められる。所得における二極化の進行は実物経済からどんどん睡眠資金へと流れる。この資金の流れを止めない限り国民所得の収縮の流れは止まらない。
地方創生も韓国でやっているように、上場企業1社に人口1万人以下の町、村を支援させる「フレンドシップ制」など真に実効性のあるものを手がけていかねば、なかなか中央官庁と地方の力だけでは今の時代は難しい。現在の政策の限界、まずこの現実を知ることが大事である。
第三は、自分の潜在力、能力の把握である。豪栄道も自分の力を把握していなかった節が多分にある。まず、日本経済の潜在力、能力の把握が出発点である。そして、その長所は生かし、弱点を点検する。こうみると今回の豪栄道の初優勝はいろいろな意味で大変参考になる。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴
増田 辰弘(ますだ たつひろ)

1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。01年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。